β18 修羅☆闘いは飽きることなく・後

   5


「玲君、どうしてここに」


 いつも突然なのは美舞にとって恐怖だ。

 美舞が気配を察せられないと言う事がどれだけ恐ろしい事か分かっていたからだ。


「大丈夫ですか?」


 玲は真摯に気遣った。

 彼女を大切に思っての事か。


「まあね。このざまだけど」


 美舞は腕を挙げて笑った。


「彼はボクサーを続ければ間違いなくチャンプです。何故うちに入る事にしたのかは分かりませんが」


 玲は、まさかと思っていたが、神・聖・魔の刺客でなくてほっとしていた節がある。


「そうだね。彼のパンチは利いたから」


 美舞は玲の心配をよそに上辺の話を続けた。


「まあ、とりあえず勝利おめでとう」


 そう言われて、美舞は、はにかんだ。

 日菜子は二人の様子にくすりとする。


「ありがとう」


 玲といると心地がいい。

 お世辞じゃない言葉だって分かっていた。

 何か自分を心配してくれる、そんな所が気持ちがいい。

 日菜子とは又違った安心感があった。


「次は俺の番ですね」


 玲は好戦的な目で物静かに言った。


「勝って、僕と――」


 美舞がそう言うと。


「勿論。貴女ともう一度闘う為に」


 玲はそう言った。

 そして闘技場に歩いて行く。


   6


『第二闘技場 土方玲 対 木田洋次』


 玲が闘技場に現れるとほぼ同時に洋次が姿を見せた。

 名前の読みは、同じく父の“ようじ”だが、落ち着きのある葉慈とは全く異なる。

 玲は空手の道着をきちんと纏っている。

 洋次は普段着ているYシャツにネクタイ、ジーンズと、とても闘う格好でない。


「君のその格好は、わいを馬鹿にしてるんか」


 空手の道着を着ている方を馬鹿にしているとは、洋次とどちらが抜けているのか。


「いいえ」


 玲は目を瞑り首を軽く横に振った。


「わいに負けても、言い訳にならんで。カカカ!」


 小馬鹿にして挑発するつもりではなく、単細胞なのだろう。


「結構ですよ。第一さ――」


 玲は少し溜めた。


「何や」


 洋次は柄が悪く舐め上げた。


「俺は負けるつもりも可能性も無いと思いますが」


 玲は至って冷静だ。


「わいが弱いとでも」


 軽く拳を握って突き出した。


「いいえ」


 さらりと流す。


「俺がとてつもなく強いのですよ。同じ“ようじ”に育てられた者として許せません」


 そう玲が続けると、洋次は苛立った様だ。


 審判が中央で合図をする。


「いいですか。礼」


 片方は礼儀よく腰を折る。

 勿論、玲の方だった。


「ほう」


 この洋次が、舐め上げる事二回目にもなる。

 顔を起こした玲は、対戦相手の態度を相当愚かだと思っているようだ。


「ですから、負けても落ち込まないでくださいね。貴方程の使い手でも勝てない相手はいるのですから」


 アルカイックスマイルで応じるのは、玲の作戦だろう。


「ほざけ」


 洋次は言い終えると構えた。

 玲は両手を腰の横に垂らした状態で立っている。

 二人が対峙すると審判は静かに試合開始の合図を出した。


「これで終わりや」


 洋次はそう言うが早いか玲の懐に入り込んで右上段回し蹴りを放った。

 次の瞬間、洋次は闘技場の上に仰向けになって気絶していた。


「勝者は……。土方玲!」


 その放送に会場は沸いた。

 洋次は医務室に運ばれ、美舞は当然の顔をし、日菜子はきゃーきゃー騒いでいる。

 闘技場から礼をして降りて来る玲に手を差し出して美舞は言った。


「おめでとう」


 所が、玲は手を取らなかった。

 しかし、にこりと笑ってありがたく祝福を受けた。


「ありがとうございます」


 二人の準々決勝は終わった。残りの試合を見て行こう。


   7


『第三闘技場 水城猛威 対 金山柔一』


 猛威は柔一より後から入って来た。


「待たせたな、柔一」


 余裕綽々とした猛威に対して、柔一は怒り心頭だ。


「卑怯じゃ、猛威」


 巌流島の闘いの様にしか見えない。


「では、前へ。礼」


 礼は軽くなされた。

 審判の声が上がったか否かだ。


「はあ!」


 先に抉るような前蹴りを入れたのは猛威で、にんまりとしている。


「うぐ……」


 不意を食らった。

 相当の打撃に柔一は百七十二センチ、八十五キロの体を格闘場に埋めた。

 フルコンタクト空手で、これは厳しい。

 猛威は、得意技の先制攻撃で行く作戦でいたらしい。

 相手を怒らせたのは、礼に欠くが、格闘家ならではの作戦だろう。

 空手とジャンルを問わず格闘となれば、どんな作戦も効果があれば使っていい。

 しかし、武道には、“道”がある。

 柔道を極めた柔一には許せなかった。


「うおお……! 許せんぞ。下郎が!」


 のっそりと起き上った。

 しかし、柔一の足の捌き。

 重い足刀を出しての横蹴りを食らわした。


「ああ……!」


 猛威は相手を見下し過ぎた。

 甘いガードへの一撃に弱い。

 更に苦手な拳撃が効かない相手とあっては、どうしようもなかった。

 接戦が続いたが、どんどんと息を切らして行く猛威に比べて、余裕の柔一だ。


「どりゃああ」


 最後に、“一撃必殺”の得意の踵を押し出すような足捌きの後くいっと手前に引く蹴りで柔一が勝利した。


「威ありて猛からず。貴様の名の反対じゃな」


 そう言い残して、浅く礼をし、柔一は退場した。


「勝者は、金山柔一!」


 放送者も固唾を呑んだ。

 会場のざわめきで静かな柔一の言葉が聞き取れない程だった。


   8


『第四闘技場 月代夕矢 対 山下功』


 夕矢は功を待たせてはいけないと随分と早くから闘技場に入っていた。


「いつもながら心掛けがいいな」


 月代夕矢に功は感心した。


「いえ、先輩に礼を尽くしたまでです。何せ一番の実力者ですし。礼を欠かない。それが、空手ですし」


 夕矢のはんなりした風貌からは想像が付かないが、しっかりした人物だ。


「両者、礼」


 審判の声に二人は従った。


「よし、分かった。では、参るぞ」


 功が礼を済ませてからゆらりと肩を動かす。


「は!」


 お互いに組み手を取ろうと構えた。

 夕矢は身長百六十九センチ、七十一キロと小柄なのに対し、功は百七十九センチ、八十五キロと大柄だ。

 二人とも格闘家なので、筋肉があり、見た目に比して体重があった。

 夕矢のガードは完璧だ。

 流石の功も入り込む余地がない。

 しかし、夕矢は落ち着いている様にみえて実力者の功を前にして焦っていた。

 じりじりと下がって行く。


「しまった……!」


 そう思った時は遅かった。

 リーチが夕矢より長い功は組み手が更に有利だ。

 さっと夕矢の懐に入ると、一本背負いを掛けようと先ず足を払おうとした。


「やあ!」


 しかし、夕矢も一年生で残っただけの事はある。

 前蹴りで躱した。


「そうは行きませんよ。先輩、組み手ならリーチの短い僕の方の技でしょう?」


「分かっている。お前を試しただけだ」


 先輩の功は流石に違う。


「そうですよね。では、仕切り直しです」


 お互いに間合いを取っていた。

 何しろ夕矢は、功より守り型の戦法が得意だ。


「はあ、はあ……」


 夕矢の汗が畳に落ちた。


「ふうう……」


 功は呼吸を整える。

 緊張感が続いた。

 そう思っていたのは本人達だけで、時間にしたら幾らでもない。


「たあー!」


 功の懐に夕矢が攻め入った。

 緊張のせいか技に力が入ってしまったのだが。

 それを大きな体をしていても頭脳戦派の夕矢は、肘打ちをして度胸をみせた。


   9


「甘い!」


 百戦錬磨の功には全く効かなかったかの様だ。

 次の攻撃に入る。

 近付いて来た夕矢にそのまま拳撃を食らわせた。


「ぐあ……!」


 こめかみの近くに当たってひるんだ夕矢だが、すぐさま、手を払う様にもう一度スナップをきかせて肘打ちをした。

 功は打ち所が悪いのか、脳天から倒れて行く。

 人中に当たるとは、裏拳中の裏拳だ。

 功は倒れたまま、何も語れなかった。


「あ、先輩……!」


 まさかの夕矢の勝利に終わった。


「勝者は……。月代夕矢!」


 放送で、夕矢は勝利を自覚した。

 あっと言う間の出来事に会場は呑まれている。

 こうして、修羅の準々決勝は終わった。

 玲は刺客がいなかった事に本当に安堵している。

 そして、少しでも強い者と闘った美舞は頗る納得していた。

 玲の心配をよそに。

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