第4話 新しい世界

 記憶の中の彼女は、人差し指を立てた。記憶の中の俺はさあ始まるぞ、と半ばほほえましい気持ち、半ば残念な気持ちでそれを待った。

 彼女の自宅。彼女の部屋。

 俺達は、いわゆる恋人だった。

 恋人といっても、ほんの三日前、手をつないだばかりだ。しかも彼女の方から手を差し出してきたのを、俺が握った形。

 俺はオーク材の椅子に大人しく座って、彼女は窓辺によりかかっていた。あの日だって、国公立の大学の試験に合格したお祝いをしたいと言ったら、彼女の家に呼ばれただけなのだ。

 あれ? 悲しいかな、本当に恋人同士だったのか自信がない。

 それはそれとして、彼女は俺より2つ年上の、高校3年生だった。彼女はよく俺に講釈を授けた。ぴん、と人差し指を立てるのが、その講釈が始まる合図。

 彼女は一発目から、とんでもないものをぶちまけた。

「ねえ春ちゃん、こんな世界、間違ってると思わない?」

 その時の俺は、ただ疑問符を浮かべるばかりだった。


 だけど、今なら確実にその答えが言える。

 ああそうだ、たぐいまれな美貌、明晰な頭脳。この女にこんな悪意を植え付けてしまった世界は間違っている。

 


「さま?」

「やさまっ!」


「春哉様っ!」

 はっ、と現実に帰る。どうやら昔のことを思い出して、ぼうっとしていたらしい。

「どうなされたのですか? まさか先ほどの記憶を返す魔術に不具合が……?」

「いや、そうじゃない」

 さらりと魔術という言葉が出て来たのは、まあスルーして。

「それより、妹になるのなら敬語はやめてくれ。さっきちょっと素が出ただろ」

「ああっ出てましたか!? 恥ずかしい…」

 アルスは顔を両手で押さえた。

 しばらくして、こほん、とひとつ咳をする。

「じゃあ、お、お兄ちゃん、今日からよろしくね?」

 今度は俺が顔を覆う番だった。

 アルスはいい子だ。たぶん睦月のようにはならないだろう。

 よし、俺は妹萌えになる。そして兄として、アルスを正しい道に導くのだ。

 俺は天に瞬く星々に誓った。

「邪魔になったら、すぐ追い出してくれていいから!」

 その自虐も、徐々に直していこうか。


 

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