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「ところで、もう依頼は受けましたか?」


 彼の本分は冒険者だ。観光に来たわけではない。総じて冒険者は、新しい町に来た場合、町の内外の雰囲気を掴むために、着いて早々にごく軽い依頼から始める傾向にある。

 それを踏まえて尋ねると、リエトはうなずいた。


「ああ。試しに簡単そうなのを一件受けた」

「内容聞いてもいいですか?」

「商人の荷物の護衛だ。隣村を往復する荷馬車を守る依頼だな」

「あ、じゃあ道に迷ったりしませんね」

「……そうだな」


 アイナが放った一言に、リエトが一瞬痛そうな顔をする。わかっていてのささやかないじわるではあるが、わかりやすく返ってくる反応がいちいち楽しい。


「ほかに依頼は?」

「この辺を受けようと思う」


 そういって、リエトは冒険者窓口で無料配布している依頼リストを広げた。


『カロン滝の洞窟で鉱石採取』

『アトラスオオスズメバチのハチの子採取』


 カロン滝とは、フォルテックの町から五キロほど離れた場所にある滝だ。

 十メートルほどの落差がある滝はそう大きなものではないが、水が流れ落ちる崖は張り出しており、滝裏に洞窟があることで有名だ。洞窟では薬に使用する鉱物があるため、たびたび採取依頼が出るけれども、難易度が高い。その理由は、周辺が獰猛なアトラスオオスズメバチの生息地だからだ。


 だが、アトラスオオスズメバチのハチの子は珍味として珍重されているため、こちらもよく採取依頼が出る。

 ハチの子を採取する場合は、ハチの巣を丸ごと駆除する必要があり、もし依頼を達成できたら、何百匹というハチの子を入手できる。一度で数百枚の銀貨を手に入れられるので、高ランクの冒険者には人気が高い依頼だ。


「それで、相談なんだが」

「はい?」


 リエトは若干屈辱を押し殺すような表情をした後、


「……道中のガイドのあっせんを頼む」

「声小さいし早口だし!」

「うるさいな。わかってるなら突っ込むな!」


 即座のアイナの返しに、ぎりぎりと険しい顔をするリエトの足元では、白い獣がちょこんと座って首をかしげていた。

 とはいえ、これは正式なガイド依頼だ。それまでのざっくばらんな空気を一掃して、アイナはてきぱきと必要なものをそろえていく。


「わかりました。では、こちらで申し込み受付をします。この用紙に必要事項を記入してください。書き方はギルド統一の書式なのでわかりますよね?」

「ああ、問題ない」

「では、身分証明のため冒険者登録証をこちらにお願いします」


 リエトは腰に下げた小さなバッグから銀のプレートを取り出し、アイナが差し出した魔法具の上に置いた。

 登録証は手のひらに収まるくらいの大きさで、表面にはつる草模様が精緻に刻まれており、リエトの名前と登録番号が刻印されている。

 プレートは魔法具であり、ギルドでの手続きすべてに必要なものだ。持ち主の魔力に紐付けて作られているため、本人以外の人間が持っていても使えないようになっている。

 ギルド内であれば、買い物、お金の出し入れ、借金すらもこれ一枚あれば事足りる、という冒険者にとっては命の次に大事な物だ。なくした時には、再発行のために王都メガリスのギルドまで出向かなければならないし、金貨百枚という高額を支払わなければならなくなる。


 そして、もし万が一、本人の管理不備でなくしたプレートを悪用された場合。

 最悪、冒険者登録取り消し・資格はく奪という思い罰則が科せられるのだ。

 そのため、プレートには魔術による何重ものロックが駆けられ、本人しか使用できない。

 逆に、それだけの対策を施す必要があるがゆえに、管理は王都の本部でしかできず、手間賃として金貨百枚に値するものなのだと、冒険者は重々承知している。

 アイナは目の前の石板に確認完了のしるしが出るのを見てうなずいた。


「はい、本人確認完了です。書類の記入は済みましたか?」

「ああ」


 リエトに渡されたそれを、アイナは上から下までしっかりと見る。癖はあるが、読みやすい筆跡。字は大きめで、なんとなくリエトらしいと思った。

 確認した内容を、手際よく石版に書き込んでいく。


「それでは、道案内のガイドを一名、明日十時に予約承ります。規約に書いてあるとおり、ガイドは基本的に自衛しますし、防具等も不要です。現地までの交通手段は依頼者に合わせますが、交通費は不要です。今回はAランクの依頼になりますので、通常のガイドよりも金額が上がりまして、一時間……このくらいになりますがいかがですか?」


 アイナに提示された金額を見て、リエトはうなずいた。


「問題ない」

「かしこまりました。それではこれで受付完了です。受付票はこちらになりますので、依頼が終わるまではなくさないようにお持ちください」

「ありがとう」


 いつものように手続きを終え、いつものように控えを渡す。それで終わり、のはずだった。けれど、リエトはそこに立ち尽くしたまま、立ち去る気配がない。

 アイナは顔を上げた。


「あの、どうかしましたか?」


 不備でもあったかと不安を持って尋ねると、リエトは一瞬迷うようなそぶりを見せてから口を開いた。


「もうひとつ、ガイドの依頼をしたい」

「はい。パーティガイドですか?」

「いや、個人だ」

「かしこまりました」


 うなずいて、アイナはもう一揃え、書類を準備し始めた。

 ギルドでは、ツアーや冒険者パーティのガイドだけでなく、個人的なガイドを頼むこともできる。個人での探索の道案内や、一人旅のガイド、市内観光など、需要は少なくない。

 だが、リエトが口にしたのは、そのどれでもなかった。


「この町に住む貴族が持っているある文献を入手したいんだ」

「文献……ですか」


 突然始まった話に、アイナは戸惑ったようにつぶやく。

 リエトの表情は、先ほどの依頼の時と変わりない。……が、雰囲気だけが硬度を増したような気がして、アイナは知らず、姿勢を直していた。リエトは構わず先を続けた。


「その貴族からは、譲ってもらうことに問題ないと同意をもらっている。ただし、条件があってな。自分で取りにいき、持ち帰ってくること、といわれた」

「それだけなら、何の問題もないように思えますけど」

「ああ。話を聞くだけなら、そうだな」


 淡々としたリエトの口調が、逆にアイナの不安をあおる。

 少なくとも、その本人の手元に文献があるのなら、取りに行けなどと言わないはずだ。

 嫌な予感がする。


「その本って、どこにあるんです? 自分で取りに行けって事は、遠くにあるってことでしょうか?」

「ああ。場所はここだ」


 リエトが腰のバッグから地図を広げて、町の西、山の麓の一点を指した。それを見て、アイナの顔が曇る。


「ここって……」

「知ってるか」

「話だけですけど。魔獣の生息地で、危険地帯という事だけ」

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