第33話 全力で抵抗

 

 ——音がした。

 目の前には、張り付けたような笑みを浮かべる男の顔。

 その男に締め上げられている女の子の体から……確かに聞こえた鈍い音。


 少女は悲鳴も上げずに涙を浮かべ、ただただ苦痛に顔を歪めていた。

 それを見た瞬間、自分の心臓が「ドクン」と一度だけ大きく脈打つ。

 唐突に、激しく急速に、抑えきれないほどの怒りがこみ上げてくる。


 確かに先に攻撃をしたのは少女の方だ。

 トサカが反撃して痛めつけたとしても筋は通ってる。

 だがその道理を通すのなら……


 お前ら俺にぶっ殺されても文句ないよな?


「おいチェルノ……」


 俺が言い終えるよりも早く、両手に伝わる重量感。

 お前も俺と同意見か……そりゃそうだ。

 気が狂いそうになるほどの怒りをぶつける相手が、俺の周りに四人もいるんだ。

 大剣を使わせて貰わない手は無いだろう。


 俺はすぐさま、未だにニヤついている四人を睨み付けると、


「何がおかしい? 全然笑えないんだよ!」


 そう言って振り向きつつ、回転する勢いで大剣を一気に振り抜く。

 俺の行動を予想していたのか四人とも盾を構え防いでくる。

 ——ガキィン!


 高揚しすぎているのか、勢い余ってよろめく俺。

 視界に入ってくるのは地面を引き裂き、土煙を巻き上げる丈3mほどの白い剣……あれ?

 斬られた敵はどうなったのかと、思わず辺りを見回すと、

 ——ドサドサッ!


 なぜか人が空から降って来た。

 四人の男達だ……死んではいないようだが、皆揃って身体が盾ごと「くの字」に曲がってた。

 え? 憤慨しすぎて見てなかったんだけど、今どうなった?


 思考が追いつかず固まる俺。

 いつの間にか手に持つ武器が弓に変わってる。

 —— ” んなこたぁどうでもいいから、早くトサカに矢をぶち込め ”

 そんなチェルノの声が聞こえてきそうだった。


 お前の言う通りだな……まだ元凶が残っている。

 俺は再び怒りを沸き立たせると、矢先をトサカに向ける。

 そいつも先ほどまでの状況に唖然としていたようだが、次に自分が狙われていることを悟ると、


「この子がどうなっても……」


 そう言ってトサカが辺りを見渡す。

 見つけた先には、遠ざかるように白ローブを子を背負って走る赤頭巾の姿があった。

 でかしたぞレイラ……あいつはやっぱり役に立つな。


 トサカは慌てて子供たちの後を追いかけようとするも、

 ——ドォン!


 トサカの進行方向であろう道中が吹っ飛ぶ。

 続けて駆け抜けてゆく土煙。


『クラウス……当たってないよ?』


 というチェルノの声が聞こえてきた。

 わざと当てなかったんだよ。

 弓の熟練度はもう「200」を達成している。

 部位狙いだってこの距離なら可能のはず……ちょっとやってみようか。


「そうか……クック……何らかの魔術で威力を補っているようですね。だが無駄なこと! 私に魔法は通用……」


 なんか的がしゃべってるが構わずに、持ってる盾を撃ち抜いてみる。

 ——パイィン!

 当たるも無傷の盾。

 かなり良いものを装備しているようだが、残念なことに本体が大したことない。

 錐揉み状態で吹っ飛んでいくトサカ。


 ドサッと落ちると、その場からピクリとも動かない。

 盾が変な方向に向いている。

 完全に腕が折れてるっぽいが、まあ自業自得だな。


『クラウス……また外れたよ?』


 お前どこ狙うつもりだったの?

 聞くのも怖いわ。



  —



「うわぁ〜ん! クラウスー!」


 目から大粒の涙を流しながら俺に飛び込んでくるアレルシャ。

 え? そんなに怖かったのか。

 女って普段は強がってるだけで、意外と弱いのかな。


 そう思ってるとレイラが同じく涙を浮かべ、一緒になって飛び込んでくる。

 お前男だから。お前男だから。


 二人の頭をナデナデしながら、


「声は出るようになったみたいだが、腕は大丈夫か?」


 そう声をかけてみると、アレルシャはゆっくりと顔を持ち上げ、


「うん……ぐすっ」


 彼女の涙と鼻水で、俺の服はカピカピになっていた。

 絶対そうなると思ってましたよ……


 レイラがハンカチを取り出すと、アレルシャに奪われて「チーン」される。

 カピカピになったモノを返されて余計泣きそうになってた。


 まあ何にせよ、こいつらのおかげで教会まで連行されずに済んだのだ。

 二人に「ありがとう」と言っておいた。


「よかったですね! クラウス!」


 とても嬉しそうにレイラがそう言った。

 こいつは逃げずに俺を助け出すことに成功したんだ。

 だから嬉しいってわけか。

 まあその……本当ありがとな。


『てかさ、アレルシャは何でここにいるの?』


 言われてみれば……なんで?

 チェルノに言われて初めて気づくと、改めて彼女の顔をマジマジと見た。

 すると何かを思い出したのか「あ———!」っと叫び出す。

 何だ? 尻がどうかしたのか?


「そうだ……う〜、 大変なの! キャストルがバカで!」


 急にアレルシャが慌てて話し始めるが、何を言いたいのか分からん。

 あいつが馬鹿なのは知ってるが、もう少し落ち着いて話せ。


「教会! シンフォルニア教会で!」


 あ、やっぱり話さなくていい。

 そうだ、腹減ったろ。

 奢ってやるぞ何が食べたい?


『クラウス……なんか嫌な予感がするよ』


 お前それ言うなって!


「キャストルをかばってエプローシア隊長が教会にさらわれたの! お願いクラウス……助けて!」


「『なにい————!』」


 何で教会? 何でかばった?

 てか何で俺が助けに行くことになってんのー!




  ——



 バルトの街中央に位置する教会『シンフォルニア』へと赴くことになった俺たち一行。

 先程までその教会に近づかないように努力してたのに、今度はみずから進んで立ち寄る形だ。

 何とも言えない気持ちだが、エプローシアは助けてやりたい。

 借りもあるしな。


 道中にアレルシャから詳しい内容を聞き出してみるも、


「テンプルナイツっていう聖女の追っかけチームがあるんだけど、今朝襲撃に合ったらしいのよ……でその襲撃者が残しって言った証拠品がキャストルの矢だったらしいの……」


 さっきの五人も、聖女追っかけ隊のメンバーだそうだ。

 教会が関係してるのは分かったが、矢がキャストルの物だったんだろ?

 何で俺が狙われたのかという疑問が増えたぞ。


『今の所キャストルに教会の関係者を襲う動機が見つからないね。罠に嵌められた可能性もある』


「本人もそう言ってたわ」


 ふむう……もし罠だとしたら俺もかばってしまうかもしれんな。

 とにかくエプローシアを速攻で救い出してやりますか。

 直接聞いたほうが早い。


 え? どうやって救い出すかって?

 そりゃ勿論この「キエルマント」でコソコソ救出するに決まってるでしょ。

 鑑定してもらってないから勝手に名前つけてるけど、このマントはかなり使える。

 もうね、暗殺者の職業も夢じゃない。


  ・ ・


 それから程なくして見えてくる小高い丘の上に立つ教会。

 通用門には立入り禁止の表札や[KEEP OUT]と書かれた黄色い帯が何本も巻きつけられていた。

 それを脇目に中へと入っていく子供たち二人。

 もちろんその後ろには、姿を消した保護者が付き添う。


「なんか普段より物々しいわね」


 辺りを見回しながらアレルシャがつぶやく。

 そんなもん比べるまでもないから。

 誰がどう見ても完全に殺人現場だからねこれ。


「聖女様の騎士がとっても怒ってましたよね……つまり! 殺されたのは聖女様ということです!」


 自信満々に人差し指を立て、そう答えるレイラ。

 いや誰でもそう思うから……そう考えるのが一番自然だしな。

 だがそんな中、アレルシャが「ないない」と言葉を発し手振りを加えて否定する。


「この街の聖女テレスティア様は『殺しても死なない』って有名な特殊神聖魔術の使い手よ? 絶対にありえないわ」


 そう踏ん反り返って自慢げに話す姿が、見ていて可愛らしい。

 でも何その熱弁……どんだけ白魔術が好きなの?


 敷地内をしばらく歩き、礼拝堂とおぼしき建物へとたどり着いた一行。

 俺が中を確認しようとした矢先、アレルシャが無警戒で戸をくぐり中へと入っていく。


 慌てて追いかけ「罠があったらどうするの!」 と小声でたしなむと、

 振り返る少女は「罠なんかあったら危ないでしょ!」 と返してきた。

 まあ、そう言われればそうなんだけども……

 一応心配だから注意してねとお願いする俺……なんか納得いかねえ。


 俺たちは警戒しながらも建物の中を歩いて行く。


「クラウス! 壇上に赤い十字架がありますよ! でも……ん〜!」


 しー! でかい声出しちゃダメでしょ?

 敵がわらわら出てきたらどうすんの!

 俺は慌ててレイラの口を塞ぐ。


 壇上の赤い十字架か……というより完全に磔の死体だよねあれ。

 見るとそこには、全身の血液を吹き出したかのように真っ赤に染まる首のない女性の死体が、見るも無残に磔にされてあったのだ。

 アレルシャにも声を出すなと言おうとすると、


「しんっ……で……」


 目を白黒させ、大きく息を吸い込んでいた。

 やばいと思った俺は必死に反対側の腕を伸ばし、なんとかアレルシャの口を塞ぐ。


 訪れる静寂に胸を撫で下ろしてると、


『ぎゃ————!!』


 お前が叫ぶんかい!

 俺の必死の努力が全部台無しだよ!

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