第31話 四十層到着



 バルトの迷宮三十九階層にて、オーガーとの城門戦に勝利した俺たち七人。

 逃走を図る魔物の群れに追い打ちをかけることもなく、悠々と橋を渡り門を潜ることにした。


「あれだけ魔法で吹っ飛ばしたのに、死体一つ転がってないんだけど」

「でも四十層の手形はいっぱい落ちてるよ! かいしゅう!」


 せかせかとものすごい速さで手形を拾い始めるチェロちゃん。

 負けじとレイドラも拾っていたが……すぐ転ぶ。

 大丈夫かあいつ?


「狼の仲間が蘇生して周ったんじゃないの?」

「もしそうならさぁ〜、私たちあのまま戦ってたら……負けてるんじゃない?」


 それが事実ならゾッとする話だ。

 やっぱ数の力ってあるのよ……無双とか理論上不可能だと思うね俺は。


「とにかく進もうか。ワーウルフの集落はこの辺りには無いはずだからね」


 ウィルがそう言って先を促す。

 なぜそう言い切れるのかと問うてみると、


「我々人間側は、簡単に四十層へ移動できるんだぞ? 彼らはその両方に対抗する必要がある。つまりこんな場所に住むはずがない」


 要は「関所」みたいな物と言いたいわけだな。

 まあ関所に家を建てる物好きは絶対いないと言い切れるかというと、いささか疑問ではあるけどね。


 無駄口をたたきながらも門を潜って行く俺たちを出迎えるものは、見渡す限りの荒野だった。

 ところどころ高台が組んであったり、砂袋の防波堤が積んであったりはしていたが、居住地などは一つもない。


「人の通行を妨害するためだけの施設ってこと?」

「遊んで欲しいのよ……きっと」

「ワンちゃん達どこにもいないねぇ〜」


 命を賭して襲ってくるわけでもなく、簡単に逃げて行った魔物達。

 彼女達の意見は、あながち的を射てるのかもしれない。


 手形の方は百枚ほどあったらしい。

 十枚ほどもらったが七人で十枚っておかしくない? まあいいか。

 レイドラも同じく十枚の手形を、泥んこになった笑みを浮かべて誇らしげに見せてきた。

 てか何で拾うだけでそうなるの?


 しばらく進んでいると確かにウィルの言う通り、

 もう一つの城壁が俺たちの前に姿を表す。


「門見えたー! しかも開いてるんですけどー!」

「早く出て行けってことかしら」


 まあ……そうとも取れる。


「ではお言葉に甘えさせてもらって、早々に四十層に向かわせてもらおう……とにかく急ごうか」


 そう言ってウィルが先を急ぐよう皆に催促をかける。

 ん?

 何か急ぐ用事でもあるのかと問うてみると、


「俺の所属するチームが他ともめて交戦状態に陥ったらしい……とにかく俺は四十層に着いたら、仲間にもう一度詳しい話を聞きたい」


「そうなのか。大変だなウィルも」


 俺はそう言うと、

 「俺に手伝えることがあるなら何でも言ってくれ」と付け足した。

 それを聞いたウィルの表情が驚くほど晴れ渡っていく。


 あれ? なんか俺に期待してるの?

 余計なこと言ったかも。




  ——




 メルセデスたちが目指した四十層。

 手形で簡単に行き来できるその階層とは一体どんな場所なんだろうと、俺は胸を膨らませていた。

 ちょっとした広場ほどもある、石垣を積み重ねて作ってある大層な階段を降りて行く。


「クラウス様! 僕、ここに来るの初めてです!」


 感極まったのかレイドラは俺の前まで駆け出してくると、飛び跳ねながらそう言った。

 跳ねるのはやめなさい……スカートが捲れて足どころか、いろいろ露わになって危ないから。

 いや、本当にいろいろ危ないから。


「何を言い出すかと思えば……困ったちゃんです」

「ウィル以外はみんな来たことないわよ!」

「レイドラはぁ〜、おばかさん!」


 散々な言われようの少年だったが、俺の背中に回り込むと彼女達に向かって舌を出す。


「あー! なんか生意気になってるー!」

「後でセクハラしてやる……」


 レイドラが自我を出せるようになったのは俺としても喜ばしい事ではあるのだが、

 抱きついて「ギュ!」ってするのは止めなさい……

 いろいろ危ないから本当に。


  ・ ・


 しばらくその巨大な階段を降りていると、

 差し込んでくる光の先には、空から見渡すような形で目の前に広がる一面の……港町?

 まるで入江のようなこの場所には、斜面を駆け下りるように建物が連なり、さらにその先には海が広がっていた。

 要は人が住んでるってこと?

 え? ここダンジョンの中だよね?


「よっしゃあ! たどり着くことが出来ました四十層!」

「うふふ……先生の驚く顔が目に浮かびますわ」

「この十五枚の手形をクラスの皆に撒いて差し上げますの……あぁ快感……」


 ドSだなこいつら……ってか、俺のもらった十枚と若干誤差が生じておりますぞ。


「どうだ? クラウス……俺も初めてこの場所に来た時には驚いたもんさ。まあ一層から歩いてきたのは初めてだけどね」


 「ああ驚いたね」と返す俺。

 初めて歩いたってことは、ウィルも普段は手形で行き来しているわけか。


 というかね……なんでこいつは、四十層に街があることを先に説明しとかないの?

 俺のモチベーションとか予定とか色々変わってくるでしょ?

 だんだん腹が立ってきた俺はウィルに問いただす。


「あのなあクラウス……最初にお前が「十層を攻略したい」っていうから俺は付き合っているんだぞ? 五十層に行きたいって言われれば俺も手形を考えている」


 そういやそうでした。

 十層で手こずってた奴がここまで来れるなんて思わないよな普通は。


 とにかくその港町を一通り巡ってみようという話になった彼女たち。

 ウィルは仲間との合流を優先するそうだ。

 俺はどうしようかと考えていると、


『クラウス、先の広場に兵士みたいなのがいっぱいいるよ』


 チェルノにそう言われ先の方に目をやると、百人程の兵士がこちらを向いて浮き足立っていた。

 いきなり襲いかかられやしないだろうな。


「この四十層の港町『フォースクエア』を管轄している連合の騎士達だ。外敵から街を守るために配置されている」


 ウィルはそう言うと「どうする?」と俺に聞いてくる。

 どうするも何も、俺たちは何も悪いことはしてないんだ。

 このまま堂々と進むことにした俺たちの元に、数人の兵士が駆け寄ってくる。


「君たち二十一層から降りてきたのかい?」


 一人の兵士にそう聞かれた俺たちは、肯定するため頷いた。

 まあ俺とウィルは入り口からだけど。

 お互いに見合わせ驚いている風の兵士達。


「三十九層が要塞のように変貌しているのを知って驚いているのだろう……多分」


 そう言うウィルはいつになく歯切れが悪い。

 多分ってなんだよ。


「七人PTで突破とはね……とにかくおめでとう! 最高難易度を誇る七つのクエスト内一つ『四十走破』を達成したことを私達フォースクエア護衛団が証明しよう!」


 いきなり拍手喝采を浴びる俺たち一行。

 四十層到達が最高難易度とはどういうことだと、護衛団の人たちに聞いてみる。


「八人以下でここに到達するのは至難の技ではないのだぞ? 十分に誇って良いと我々は思うがね」


 そう答えると護衛団の人たちに、改めて拍手された。

 恥ずかしいやらなんやらで頭を掻いていると、ギルドカードをこの場で更新して欲しいと言われる。

 ここで金も預けることができるらしい。

 ウィルに預けていた金貨4700枚を奪い返して預けることに。



 クラウス・9712 位 ☆

 Lv 50・無職・到達階数 : 40 所持金:47,000.000

 STR:18(+4) CON:18 DEX:18 AGI:18 INT:18 WIS:18

 魔術(火:Lv4 水:Lv1 土:Lv1 風:Lv2 光:Lv4 陰:Lv4 闇:Lv4 聖:Lv3)

 剣術:Lv49(二刀:Lv112 両手:Lv52)弓術:Lv200


 チェルノ・(契約:魔法生物)

 Lv 49・液体金属・到達階数 : 40

 STR:0 CON:6 DEX:20 AGI:28 INT:28(+8) WIS:23

 魔術(雷:Lv2 闇:Lv5 聖:Lv3)

 スキル(魔法攻撃:特大 先見眼)


 レイラ・(契約:人間[宝具:ネクロノミコン])

 Lv 21・魔術師・到達階数 : 40

 STR:8 CON:11 DEX:8 AGI:8 INT:16 WIS:67

 魔術(火:Lv6 水:Lv5 雷:Lv6 陽:Lv4 聖:Lv6)

 スキル(肉体強化:極微 身体変化)



 なん……だと。

 突っ込むところが満載な訳だが、まずは、


「順位一万切ったあああああ!! っしゃああ!」


 最初に来るのはやっぱこれだろ。

 やっとだ……俺は神との契約を果たす第一歩を達成したのだ。

 つまり好感度ぶっちぎりの彼女が、向こうから俺の手を握りにやってくるという訳だ。


 心底嬉しそうな俺と喜びを分かち合おうと、レイドラが俺の手を握ってくる。

 いやお前男だから……


 それに比べたら他なんてどうでもいい。

 星がついてるとか、Lvの伸びが少ないとか、チェルノのスキルとか、レイラが増えてる上に魔力量がおかしいとかだ。

 いやレイラが増えてるのはどうでも良くない。

 しかも本名はレイドラのはずだぞ?

 一体どうなってるんだと本人に聞いてみると、


「僕はあの時捨てられたんです……だから神様にお願いしました『次の主様は仲間みたいな人がいい』って」


 ほおー。

 でもそれだと主従関係にはならんだろ。


 さらに詳しく聞くと、レイドラは宝具と同化して主従を結ぶのはかなり難しいらしく、メルセデスとも完全な主従関係にはなかったそうだ。

 おそらく、人と宝具のそれぞれが主人を認めた状態で「名前をつける」「命令する」「使う」の三つを達成したためなんじゃないかと。


 おい待て、確かにレイラって勝手に言ってたのは認める。

 命令口調の時もあったろう。

 だが使うってなんだ? ……まさか。


「はい! どんなお願いかは知りませんが、僕の中の宝具が力を使ったみたいです!」


「キャーー! クラウスの変態!」

「男の娘ってやつね!」

「本当信じらんな〜い。何する気なの? 何をさせる気なの!」


 異議ありだ!

 俺は断じてそんなものを願ってはいないぞ!


「さて……クラウスのド変態ロリホモ説が、宝具を介して確定したところで先を急ごうか」


 俺は忙しいんだと言わんばかりに、俺の肩を叩いて話をぶった切ってくるウィル。

 待て、せめて俺の言い訳を聞いてからにしてほしい。

 だが皆を見渡すと、汚いものでも見るかのような冷たい目をしていた。


「いったい……俺が何をしたと……」


 膝から崩れ落ちるクラウスを置き去りに、街へと繰り出して行くウィルと女学生一行。

 その一行を遠目に、乗り出してきたチェルノが、


『やっぱり先見眼増えてたか……かなしい』


 なんのことか分からんが俺もかなしい……


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