第24話 交流「新たな戦術」



 俺の名はクラウス。

 職業は無職で帰る家もない独身貴族だ。

 今現在、バルトメルト迷宮の二十一階層で、女子高生のカバン持ちをさせられてる。


 いい匂いがするかって?

 クンクン……8x4の匂いがする。

 これって誰かの脇がクサイってことでしょ?


『何やってるのクラウス! 早く音がする方へ向かおうよ!』


 そうだった。

 俺たちのいる渓谷の先から、大型の魔物が暴れる音が聞こえてきたのだ。

 前を歩くのは当然、女子高生……どんなに虐げられようとも、俺は出来ることを精一杯やるだけさ。

 雑草だって手を伸ばせれば、救える命だってあることを証明するのだ。


 俺は必死になって走った。

 さっきまで置いてかれ、殺されそうになってたけど、そんなことは関係ない。

 俺はそんな損得勘定で動いちゃいない。

 ただ俺は……人を助けたいだけなんだ。


 息を切らしながらも何とか俺は、音の元凶に追いついた。

 それが視界に入ると俺は思わず見上げ、立ち止まる。


 優に30mはあるんじゃないだろうか、超巨大な……鏡のおばけゴーレム。

 クリスタルゴーレム?……いや、鏡の鎧を着てるからミラーゴーレムと名付けよう。

 何でおばけかというと、足がないから。浮いてる。


 ミラーゴーレムが放つ、拳の一撃が地表を切り裂く。

 ——ゴオォォン!


 すると、その音がまた渓谷にこだましていた。


『クラウス! あの魔物……魔法が効かないと思うよ? まだ欠員は出てないみたいだけど、絶対にピンチだよ』


 俺はチェルノの話が終わるのを待たずに、荷物を全て投げ出すと直に駆け出していた。

 彼女たちの構成は全員魔術師、にもかかわらず誰も魔法で攻撃する気配は一向にない。

 魔法が通用しないというチェルノの話はどうやら本当のようだった。

 

 じゃあ何で逃げないんだ?

 倒す算段があるのだろうか。


 ミラーゴーレムの一撃がまた放たれた。

 次に狙いをつけられているのは……ウィルだ。

 なら大丈夫だろう。あいつはかなり動きが早い。

 我が身に襲いかかる拳を、

 ——ゴオォォン!


 その斥候は軽くバックステップでかわしてみせた。


 ウィルが敵のターゲットを請け負っているのか?

 だがタンカーじゃない職がそれを受け持つのはとても危険だった。

 何故なら、敵の矛先がいつ移動してもおかしくないのだ。


 だがそういった杞憂は現実となるもの。

 再三に渡り拳を振り上げるミラーゴーレムは辺りを見回すと、くるりと方向を変えようとする。

 そいつが探すものとは当然だが、自身に最も危険を及ぼすやつだ。


 そう思わせれば良いのなら……俺がターゲットを取れば済む話だ。

 必死に走ってる俺は、すでにミラーゴーレムをバリスタの射程に入れていた。

 速度重視のため二刀を装備していた俺は、


「おいチェルノ! バリ……なっ!」


 目の前の光景に思わず絶句してしまった。

 拳を振り上げただけで、まだ狙いを決めていなかったミラーゴーレム。

 バリスタで敵のターゲットを奪い返すチャンスは、十分にあったはずだ。


 だが今はない。

 何故ならその鏡の巨人は……自身の前に突き飛ばされた少年に狙いを定めたからだ。

 もうバリスタじゃ間に合わないと思った俺は、二刀のまま駆け続ける。

 既に拳を振り上げていたミラーゴーレムは、その厄災を……少年に向け放った。


 だが目の前の光景に、俺は自分の目を疑う。

 当然のように俺は、その少年が回避行動に出ると思っていた。

 だが彼は俺の予想を裏切り、両膝をつくと……胸の前で手を組み目を瞑っていた。


 諦めたのか?

 いや、それはいい。そんな諦めの早い奴もいるだろう。

 皆を助けるためか?

 たとえ彼女たちを助けるためだったとしても、死んだら意味ないだろ。


 こうなったら俺は取れる行動はただ一つ。

 あの厄災の下に潜り込み、死ぬ気で……重盾で受け止めるしか方法はない。

 

「チェルノぉ! 盾二枚出せ!あんな雑魚には絶対負けねえ!」


『わかった!』


 間一髪、彼の目の前に滑り込んだ俺は、二枚の盾を重ねると迫り来る鏡の巨人の拳を……


 ——ゴオォォン!


 受け止めた。

 意識が飛びそうだった……衝撃波でもあったんだろうか?

 あと、右肩の感覚がないのと、吐血? いや、鼻血が出てた……かっこわる。


 俺は袖で鼻血を拭いてごまかすと少年に振り向き、


「レイラ、お前の願いは通じたようだな」


 そう言って助かったことを祝ってやった。

 それを聞いた少年は、見る見るうちに目に涙を浮かべ始める。

 そうかそうか、そんなに嬉しいか。

 俺もつられて嬉しくなる。


『クラウス、そんな呑気なことをやってる場合じゃないよ。次が来る』


「チェルノ、二刀だ……とにかく逃げるぞ」


 俺は少年を抱え、ミラーゴーレムから逃げるように反対側へ走り出した。

 直後に背中から伝わる衝撃波で、意外とギリギリだったことを知り驚いたが、

 ここで「あぶねえ!」とか叫ぶとカッコ悪いので、


「随分ゆるりと動く魔物だな。……で? レイラ。こいつは全ての魔法が効かないのか?」


 必死に走りながら言うとちょっとカッコ悪いな。

 まいいや。

 レイラ少年は未だにポロポロと涙を流しながら、


「はい……火炎と大地以外は全部だめでした……」


 俺の凄さがわかったのか、敬語になってるな。

 よし君を俺の弟子にしてやろう……ってどうでもいいか。


 そうか火は試してないのか。

 やってみる価値はあるとは思う。

 だがその前に、まずはバリスタが通用するのかを試すのが先だな。


 我が弟子を抱えてると弓が撃てないので下ろすと、


「よしレイラ、命令だ。この先の岩場に隠れていろ」


 それを聞いた少年は目を大きく開くと「はい!」といういい返事をして駆け出していく。

 うむ! まずは師匠の戦い方を見ておくのだ。


「チェルノ! バリスタ頼む! あとは……」


 ミラーゴーレムに振り向きながら俺がそう言い切る前に、


『火炎ね、オッケー』


 そう言い返すチェルノは、すでに支援魔法を始めていた。

 話聞いてたのね。


 敵の足は以外と早かった。

 俺はかなり走ったと思うんだが、その距離はほとんど開いていなかった。


「チッ、こりゃ逃げれそうにもないな」


『相手は疲れそうもないしね』


「限界までガンガン行くしかねえ。とにかくターゲット取りに一発いくぞ」


『フレイムショット』


 ——ブオオォオ!

 火炎放射みたいだった……俺だと「ポフッ」って感じの魔法なのに……


 だが俺にはそれを鑑賞してる暇はなかった。

 こっちもバリスタの一撃を放つ。

 ——ギャウ!


 弓と火が効いてるかを確認する暇もない。

 俺とチェルノは今できる限界速度でぶっ放してた。

 強烈に黒煙が立ち登っている。

 いや、それ以前に不思議なのは……ミラーゴーレムとの距離が縮まらないことだった。

 寝てんのか?


『どうやらノックバックしてるみたいだね』


 仰け反ってる?

 ああ、足がないから踏ん張れないのか。


「雑魚確定だな……」


『火炎効いてるのかなぁ。なんかもう面倒くさい』


「魔力吸いに行くか」


 そんな話し合いの結果、一度攻撃を止める俺たち。

 ミラーゴーレムに立ち込めていた黒煙が晴れるとそこには……

 ドロドロになった塊が地面に転がっていた。


『ヤバイよクラウス! 貴重な魔力源が死にそうになってるよ!』


 魔力源っていうな。

 というかあれ……生きてるのか?


 チェルノに急かされながら、元ミラーゴーレムに近づく。

 手で触ると熱そうなので足で魔法を使う俺。


 ——ゲシゲシ!

「『エナジードレイン』」


「お?……吸えるな」


 まだ生きてるらしい。

 このドロドロから、まだ魔力が吸えることを確認した俺たちは……

 そのあともずっとゲシゲシしまくっていたのだった。



 それを見ていた斥候の男は肩をすくめると、


「ハハハ! 物理が通用しないエリアに置き去りにしてもダメどころか、二十二層から連れてきたゾロ目ボスも倒してしまうのか……参ったねこれは」


 なにやら意味深な言葉を発するのだった。

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