第15話 嫌な予感


 一夜明けると昨日の疲れがまだ残っているのか全身が軋きしむ。

 二本の武器で戦うスタイルにはまだ慣れが必要だった。

 今回はアレルシャの力を借りる事ができたが毎回付いて来てもらう訳にもいかない。

 それ以外の十層攻略の糸口を見つける必要があった。


「今日は露店に言って魔法を見に行こうと思うのだが」


『いいねえ。両手剣を使えるようにしないとね』


 九層の遺跡で手に入れた両手持ちの剣はまだ振る事ができない。

 新しい魔術でなんとかしようとチェルノは意気込んでいた。

 だが、俺には何が言いたいのか全く理解できなかった。

 巨人の両手剣については、こいつに丸投げで任せて置こう。


「まあ……それもあるが、俺が実際全ての魔法をLv4まで覚えることができるか試したい」


 ほんの僅わずかな可能性でもかき集める必要があった。

 スキルの使えない俺にとって、持てる力を封印していては話にならない。

 まずは手近な物から攻めていこうと思う。


『Lv4なんてゴミだよ?』


 まだ宿を出る前から挫くじけそうになる俺。

 それだけは言ちゃあいけない。

 イコール俺がゴミだと言われてるようで凹むからだ。


 魔法は基本的に十種類の属性が、Lv10まである。

 「Lv2下級」「Lv4中級」「Lv6上級」「Lv8最上級」「Lv10特級」。

 というように習得レベルがLv2づつに区切られている。

 まあ要するに……。

 何の特徴もない俺がLv3を覚えることができたので、多分4まで覚えれるんじゃね?

 俺が言う根拠はそれだけだった。


 もう一度カードを確認しとくか。



 クラウス・18441 位

 Lv 28・無職・到達階数 : 10 所持金:185,000

 STR : 13(+4) CON : 13 DEX : 13 AGI : 13 INT : 13 WIS : 13

 魔術(火 : Lv1 水 : Lv1 土:Lv1 風:Lv2 光 : Lv1 闇 : Lv2 聖:Lv3)

 剣術:Lv47(二刀:Lv45 両手:Lv52)弓術 : Lv72


 チェルノ・(契約:魔法生物)

 Lv 26・液体金属・到達階数 : 10

 STR : 0 CON : 6 DEX : 16 AGI : 24 INT : 20 WIS : 19

 魔術(雷:Lv2 闇:Lv5 聖:Lv3)



 後、魔術書はLv5以上から覚えると燃え上がる。

 実際チェルノがLv5のルナティックを目の前で燃やした。

 これも要するにLv4までの魔術書は安く、Lv5以上は高価なものとなっていた。

 Lv4までがゴミと言われても仕方ないのだ。


 ということで早速やってきた露店街。

 日が昇り始めて間もなく宿を立ってきたためか人は疎まばらだ。

 良いものを手に入れるためには早い方がいいとレイブンズに教わった。

 先手必勝だな。


『ボク、陰属性覚えれるかな』


「一見覚えることができそうだが……お前かなりポティシブだからなあ」


 陰属性はデバフ系の魔法が集中してるらしい。

 要は嫌がらせ魔法だ。

 こいつに覚えることは出来そうにないな。

 その点俺はかなりネガティブ……なんか買ってみるか。


『そういや昨日使ってない魔法あったよねえ』


「そう……実は俺も反省している」


 そうなのだ。

 必死になりすぎてクラックを使っていなかった。

 というか完全に失念してた。

 チェルノも1戦目の途中でストレングスを思い出したらしい。

 コンダクトに至っては最後まで思い出さなかった。

 朝残ってる魔術書を整理して気づいたのだ。


 調度良いので考えを纏めとこう。

 Lv6陽の魔術書『腕力強化ストレングス』はチェルノがモヒメットを食べたので必要ないが持ったままだ。

 Lv2聖の魔術書『解毒治療キュアポイズン』・・忘れてた。

 Lv2雷の魔術書『電導コンダクト』、Lv2聖の魔術書『武器祝福付与ブレスウエポン』は俺が覚えれそうなので置いとくか。


 そうこうしていると露店街にも段々と人が集まってきていた。

 俺はレベル4の魔術書を中心に集めて回るつもりだ。


 アレルシャの使っていた『瞬発力クイックネス』を発見したがLv8陽属性て・・俺には無理だ。

 Lv4の闇と陰の混合魔法『魔力吸収エナジードレイン』なんてものがあった。

 俺の最強魔法になり得る……即買いだった。

 他にLv4の火属性『火炎砲弾フレイムショット』と光属性の『星光線スターレイ』。

 チェルノは……、


『これ買って』


 チェルノが短剣から器用に指さす物は……花のおもちゃだ。

 葉っぱに触ろうとすると避ける。

 かなりイライラする。


「いらんだろ」


 買わされた。

 銀貨3枚か……喜んでるしまあいいか。


 一通り見て回れただろうか。

 広大な露店街といえど普段から全て揃ってる訳ではない。

 何冊かは購入できたし一度宿に戻って熟読でも……。


『クラウス……前の男の人見て』


 ん?

 今まで売られている品に意識を向けていた俺は、言われた方向に目をやる。

 少し先に三人の男が向かい合って話していた。

 背を向けている男は短髪のツンツン頭でバーテン風の服を着て……。


 げ……キャストルだった。

 俺はそいつに背を向けると急いでゆっくり離れることにした。

 弓は持っていないがバレると厄介だ。

 フードコートを頭から被る。

 ああいう輩は相手にしないほうがいい。

 だが……背中の方からその声はした。


「あっ、キャストル! 紺のチェーンローブの男だ! 言ってた奴じゃねえのか?」


「おいそこの紺のローブ! ちょっと待て!」


 こっちに向いていた男二人が俺に気付いたようだった。

 誰が待つかバカ。

 俺はお前らに用はないんだよ。


「ディック! ハモンド! その男を取り押さえろ!」


 その声を聞いたキャストルと逆方向・・俺の前から来る二人組の男と目が会う。

 何人仲間がいるんだよこいつらは!


『クラウス、右の方に抜ける道があるよ』


 言われて視線を向ける。

 右には露店の列が途切れている場所があった。

 逃げるためにはそこを抜けてくしか方法はなさそうだ。

 俺は間髪も入れずその空いたスペースに全力で走る。

 捕まれば何されるか分からないからだ。

 だが逃げると一昨日の弓の男が俺だと宣言するようなもんだが仕方がない。


「待てやぁ! てめえただで済むと思うなよ!」


「ファイアーウォール!」


 おい人がいるんだぞ!

 こんな街中で魔法をぶっ放すか普通!


 地面から突き上げる火柱が次々と俺に向かって一列に吹き上がってくる。

 とてもじゃないが躱かわせる自信がなかった。


『チェルノ! 盾出せ!』


 クラウスはそう言うと、走りながら左手を後ろへ突き出す。

 そこにはとても人が持ち上げれそうにもない重量感のある盾が現れる。

 直後に魔法が直撃する。

 なんとか防ぐものの、半端な衝撃ではなく大きく仰け反ってしまう。


「らあっ!」


 少々追いつかれてしまったが諦める訳にはいかない。

 チェルノを短剣に戻すと、すぐさま逃走に全力を注いだ。

 人混みの中に突っ込む。

 逃げ切る確率を上げるためと、これ以上魔法を使わせないためだ。

 さすがにここで打てば俺を追いかけるどころの騒ぎではなくなる。

 人を掻き分け必死に逃げる。


「逃げてんじゃねえよ! 俺と勝負しろやぁ! このチキン野郎が!」


 大勢で追いかけておいて何言ってんだ。

 大体お前、俺と勝負する気ないだろうが。


 露店街を抜けそろそろ商店街の方へと差し向かう場所。

 まだキャストルたちは諦めてはいなかった。


『しつこいね』


「はぁはぁ。もうだめだ・・俺体力ないんだわ」


 しばらく頑張ってはいたが、心臓が破裂しそうだった。

 ……ただで捕まるぐらいなら暴れてやる。

 そう思った俺はチェルノにバリスタを出してもらう様に頼んだ。

 いきなりぶっ放してやる。

 ゆっくりと立ち止まると、振り返って弓を構える。

 だが……いきなり腕を引っ張られた。

 ——ふにゅ。


 とても柔らかい感触がした。

 引っ張られた後に抱擁されたようだ。

 女か?

 息を切らせる俺を、今度は自分の背後に逃す。

 顔を横から見る……知らない女だった。

 しかも二人いる。

 そいつは口に人差し指を当て、俺に口を開くことを禁じでいた。

 辺りを見回す。

 ここはどこかの路地裏の様だ。

 俺の腕を引いたやつとは別の女がその路地から通りへと赴く。


「ハァハァ……よおフェオドラじゃねえか元気してたか?」


「ずいぶん興奮しているようだが……発情期か?」


 なわけねえだろ。

 息切れしてんだよ。


「はっ! お前と遊んでる暇はねえ……紺のローブの男を差し出せ」


「ほお、その男に何かされたと見える。話してみろ・・いや詳しく聞かせてくれ一体どこを触られたのか」


「おめえには関係ねえだろうガァ!」


 暫しばらくにらみ合いが続く。

 辺りでは騒ぎを聞きつけたのかポツポツとギャラリーが増え始めた。

 タン、タン、と階段を降りる足音が聞こえてくる。

 どうやら隣は二階建てのようだった。

 その場の全員がその足音の主に注目する。


 その人は階段を降りきったところで俺の方へと振り向いた……シグネだった。

 何してんだ? こんなところで。

 彼女は顔を前に戻しツカツカと歩き出す。

 この騒動の発端である男の前まで行くと、


「キャストル何してるの? 射的場で何があったかこの大勢の場で話して欲しいの?」


 俺がキャストルに追いかけられていたことを悟ったようだ。

 存分に話しをしてあげるといい。

 こいつが靴ペロペロ男だってことをな。


「っ……! お前ら……このままで済むと思うなよ」


 吐き捨てる様にそう言うと踵を返し始めた。

 どうやらやっと諦めたようだ。


「おめえら! 行くぞ!」


 取り巻きにも声をかけるキャストル。

 俺の方に睨みを利かせながら去っていく。


 いずれにせよ俺は彼女たちに助けられたようだ。

 みんな『乱華』のメンバーの人だろうか。

 俺をかばってくれている女性にまずは感謝しておくことにした。


「助かったよ。ありがとう」


「怪我もないようで何よりです」


 俺は一往に感謝の意を述べその場を立ち去ることにした。

 シグネのメンバーならまたいずれお礼も出来るだろう。

 そう言って立ち去ろうとする俺に、


「どこへ行く? クラウス」


 とシグネがそう言った。



  —



 どうやら俺がたどり着いたの先は乱華のアジトだったようだ。

 まあシグネが降りてきた時点で予想はついていたが。

 俺は今どこかの店の二階にある彼女たちのアジトへ招待されていた。

 中はそこそこ広いが、とても薄暗かった。

 そりゃ窓を塞げば暗いに決まってるのだが……。


 奥には女が椅子の背を向け座っている……エプローシアという奴だろうか。

 部屋の中ほどには応接用のテーブルと腰掛けがあった。

 俺は遠慮なくその椅子に座らせてもらう。

 こういう時は堂々としておくもんだ。


 俺がその椅子に座るのを確認すると、シグネが近づいてきた。

 俺の耳元に顔を寄せ手を添えると……


「エプローシアを……決して褒ほめるな」


 そう小さな声でシグネは囁ささやいた。

 けなすのはいいのかよ。

 意味がわからんな。


 とにかく……俺に話す事があると……。


 朽ちし龍の討伐予定でも話すつもりだろうか。

 まあそれ以外に彼女たちとの接点はないのだが。


「龍の討伐日時でも決まったのか?」


 あまりにも沈黙が長いのでそう切り出した。

 俺が話しを催促すると奥に座る女が急に立ち上がり、俺の向かいに座りなおした。

 その女の行動が周りにとって予期せぬことだったのだろう。

 辺りの女性たちが途端にざわつき始めた。


 そんなにひどい顔をしてるのかと興味本位で顔を合わせてしまう。

 だが……。

 ——顔が見えない。


 歩いてきたところを見たが真っ赤なドレスに甲冑を着たスタイルの良い女性だとは思ったが。

 いや見えないんじゃないな。

 ——その女は顔を見せない。


 ブロンドの長い髪にカールを巻いたような髪型。

 だが鼻から上に真っ黒なスカーフを巻いていて見えないのだ。

 しかも鼻から下は自身の左の手で完全に覆っていた。

 その女性はその状態のまま、


「初めましてクラウス。わたくしの名はエプローシア。このチーム乱華の長を努めております」


 そう流暢に話し始めた。

 別に今までの流れで訝いぶかしむ点などあったか?

 周りがざわついた意味がわからない。

 もういいや普通に話しを進めよう。


「俺の名を知ってもらえてて光栄だ。早速だがエプローシア、俺に話すことがあるなら聞かせてくれ」


 まあ討伐の話以外にないんだがな。

 まさか戦力外通告・・・ありえるな。

 覚悟だけはしておこう。


「お話することは沢山ございますが・・・ひとまず、十層はいかがれしたか?」


 ……は?

 俺が十層を攻略していた事を知っているのはいいとして、

 なんでそれを気にするんだ?

 それに・・「れしたか?」って。

 たまたま噛んだのだろうか。


 ここは一先ず曖昧に答えてもいいのだが……、


「ああ、土砂降りでボトボトになりながら『グロき者』の攻撃を盾で防いだら吹っ飛ばされたよ」


 ありのままに答えておくことにした。

 隠すような話でもないしな。

 興味津々といったエプローシアだったが俺の話を聞くと見えないはずの顔が……。

 笑っていた。

 ——ピチャ……ピチャ。


 その一瞬の静寂の中。

 ——何かの……得体の知れない何かの液体が、床に滴る音がする。




  —




『クラウス。あの人怖いんだけど』


 乱華のアジトからの帰り道。

 俺たちは他愛のない話をしながら宿に戻る。


「そうか? 別に何もされてないぞ?」


『まあそうだけどさ』


 アジトでの話し合いは全くと言っていいほど成果はなかった。

 あの後、シグネが急に「帰ってくれないか」と言い始めたからだ。

 呼ぶだけ呼んどいてそれはないだろうと思ったが……。


「明日また来てくれって言われたよ」


 お前が来いと言いたいがな。

 まあいいさ。

 俺たち一時は魔術書読んでるだけだ。


『嫌な予感がする』


「お前それを言うなって」


 本当に寝れなくなるから……。


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