第12話 波乱の概要


 昨日から引き続き、気持ちのいい朝を迎えた俺たちは早々に身支度を済ませて露店街へと向かっていた。

 もちろんスキルを買いに行くためだ。


『レイブンズに十層の階段の場所聞いとく?』


「だな。師匠は教えてくれそうにないしな」


 俺たちが師匠に認めてもらうには十層突破が最低条件だ。

 いつもは優しいじいちゃんだが、そう簡単に教えてくれるとは思えなかった。


 程なくして見えてくる露店街には今日も人で賑わっていた。

 だがいつもの場所にレイブンズはいなかった。

 俺たち専用の露店ガイドが席を外しているだと……。


『全部売れたのかな? レイブンズ』


 そういや手持ちを売り払うのが目的だって言ってたな。

 参った……俺って友達少ないんだよね。

 あいつがいないとどうしようもないな。


「適当にスキル売ってないか見て回るか」


 そんな話をしていた矢先、向こうから俺たちに向かって走ってくる男がいた。

 レイブンズだ。

 え? あいつ前衛だったのか。


 かなり重量感のあるチェインメイルの上には深い紅色の胸当て。

 その胸当てには、白の十字架がデザインされてあった。

 クリスチャン? 重装甲の回復職なんてあるのだろうか。


 まあやろうと思えば何にでもなれる。

 俺なんてローブ着て大剣振ってるからな。


「よおレイブンズ。ちょっと聞きたいことが……」


「クラウス! 探したぞ! 今からちょっと俺につき合ってくれ」


 え?

 俺なんか悪いことしたか?

 ……いやあ、記憶にないぞ。

 確か昨日は射的場を出た後にお食事処『カスうどん』に寄って。

 自分でカスって名前つけるってどうゆうこと?

 とか思って入ったら天かすのことだっ……。


「ッてえ! 引っ張るな! 俺は何もしていないぞ」


「話がしたいだけだ。頼むからちょっと来てくれ」


 レイブンズは何か深刻な表情でそう言い放つ。


 何なんだ?

 話ならここでも出来るだろうが。

 まあいいや……こいつは信用できる奴だからな。


 露店街から少し離れた木の影まで連れて行かれると、

 余程聞かれたくない話なのかレイブンズは注意深く辺りを見回している。


 話を聞かれることがないのを確認できたのか俺に向かって、


「クラウス。昨日まさかとは思うがお前……射的場に行ってないよな?」


 何でバレてる?

 射的場で俺の名前は出してない。


「そんな訳はない。俺はちゃんとフードを被って顔が見えないようにしてたぞ」


 俺が射的場に行った証拠などないのだよレイブンズ君。

 憶測で話をされても困るというものだ。


『クラウス……それ「行きました」って言ってるのと同じだよ』


 あ……本当だ。


 かなり長い溜息をつくレイブンズ。

 まだお前以外にバレてないんだからいいだろ!

 今度から気をつける……。


「馬鹿でかい弓を扱う男だという話を聞いた時、まさかとは思っていたが」


 そう言うと、俺の顔ををチラチラと覗いてくる。

 なんだよ……なぜかちょっと罪悪感を感じる。

 何もしてないって!


「ちょっと待てレイブンズ。百歩譲ってそれが俺だったとしても、誰とも揉めてないぞ?」


『「揉めてない」って言う時点で、弓を扱う男がクラウスだと自分で証明してるんだけどね』


 ああ、俺だよ俺!

 てかなんで責められるようなことになってるんだ。

 弓使いが射的場に行って何が悪い。


「経緯いきさつはこの際どうだっていい。問題は……キャストルがその弓を使う男を探している」


 はあ?

 あの靴ナメナメ男がか?

 自分の靴ぐらい自分で舐めろと言いたい。


『恥をかかされたってことかな? でも会ってどうするんだろ』


「報復なんてやり方は色々有る。キャストルという男はそういう奴だ」


 本当どうしようもない男だなあいつは。

 こっちから出向いてやってもいいが……相手にすると面倒くさそうだな。


「俺だってバレてないのなら、問題ないだろ?」


「今のところは……な。キャストルは悪い噂の絶えない男だ。軽はずみな行動をするなと警告しておきたかった」


 つまりだ……。

 俺を心配して誰にも知られないように、この場所まで連れてきたってことか。

 どれだけいい奴なんだこいつ……。

 俺の方が心配になってくるわ。


「俺に忠告するためだけに露店街で待ってたのか? そうだとしたらお人好しにも程があるぞ」


「いや、実はそれだけじゃない」


 買い物ついでか何かか……たまたま俺に会ったということだな。

 何いずれにしろ、お前のその奉仕の精神に応えることができる物を、俺は何も持ってないからな。


「お前に頼みがあるんだ」


 あれ? なんか持ってたっけ?

 お金とかもうほとんど持ってないんですけど。


「シグネという女を知っているよな」


 ちっ、レイブンズのやつ……いちいち思い出させるような事を……。

 あのシグネとかいう女の諦めの早さには納得がいかない。

 わざわざ靴を舐めるために勝負を受けてるようなもんだぞ?

 意味がわからんよ俺は。


「あの女を……シグネを救ってやってほしい」



 ……はあ?



   —



 その後、俺たちはレイブンズに詳しく話を聞くことになった。


  ・


 あいつらのチーム同士のいざこざがあの勝負の発端だ。


 シグネ姉妹のリーダーであるエプローシア率いる「乱華」、

 そしてキャストル率いる「カラミティハーツ」。

 問題が起きる前まではチーム同士の関係は良かったんだがな……


 事の発端は、エプローシア達が七十四層で転移装置を見つけてしまった事だ。

 その転移先は、深層にある『死に絶えた龍の宝物庫』に繋がっていた。

 しかもその龍は朽ちて尚、生きていたのだ。

 どうしてもその宝物庫を攻略したいエプローシア達は身内だけでレイド隊を結成した。


 だが朽ちた龍といえど生半可な強さではない。

 女性だけで構成された乱華は、どうしても前衛が崩壊する。

 そこで、キャストルから前衛を借りる、という悪手を彼女達は取ってしまった。

 エプローシアも必死だったんだろう……


 だがそれでも龍を討伐する事は叶わなかった……

 倒せないだけで終われば問題にはならない。

 それで終わらなかった……

 不運なことにキャストルから借りていた援軍に……死者を出してしまった。


 後半までうまく行っていたそうだ。

 前衛を崩すことなく、朽ちた龍を瀕死まで追いやる事に成功していた。

 だが形勢不利と判断した龍はいきなり飛び立ち、『魔法全面禁止サイレントオブフィールド』を詠唱。


 攻撃手段は弓だけになってしまうが、相手は瀕死。

 シグネはその状態では頼みの綱だったが全く歯が立たなかったそうだ。

 弓で上空への攻撃は相当な飛距離がいる。

 仲間も分かってくれてはいるが、当の本人が強い責任を感じて参ってしまっていた。


 それで……自暴自棄になっていた。

 というわけだ。


 攻め手を失うと士気にも関わる。

 当然真っ先に崩れていくのは前衛だ。

 回復担当で討伐に加わるシグネの妹アレルシャにも限界がきた。

 そこで……カラミティから参加していた前衛を……彼女は死なせてしまう。


 仲間を見殺しにされたと、有る事無い事をキャストルは触れまわり始めた。

 特にアレルシャは槍玉に挙げられたらしい。

 こいつは本当に最低な男だ。


 キャストルから散々責められば当然、参ってくる乱華のメンバー達。

 シグネはチームのためにどうしても朽ちた龍を倒したいそうだ。

 だが倒すとなると強い仲間を集めるしかない。

 だがチームには差し出すものは既になく、あるのは自分の体のみ。


 彼女は実際に「強い男」を探していたのだ。


 そんな中、最も責任を感じていたアレルシャがキャストルの毒牙にかかった。

 だがキャストルはそれでも飽き足らずに次なる獲物を探し始める。

 そうなると当然、次に責任を感じているシグネに目をつけたというわけだ。


 精神的にはもはやボロボロだが、龍を倒すという目的意識だけで自我を保っていたシグネだが、

 とうとう射的場でキャストルに捕まってしまう。

 何もかもを諦めて勝負を受けたと言っていたよ……


 だがそこでシグネの最も探していた人物。

 「弓術士」「高火力」「男」の三つを満たす人物……クラウス。お前が現れた。


  ・


 ……なるほどな。

 まずは長い話を黙って聞いていた俺に感謝しろ。

 だがそうなると問題になってくるのが、


「なんでレイブンズが頭を下げにくるんだ? ……お前の名前なんて一回も出てこないぞ? しかも長いわ!」


「すまん……俺も説明するのが下手でな」


 いや、こいつの説明をこれ以上聞きたくない。

 たぶん……目の前の男はシグネに惚れてるのだ。

 そうなってくると、手伝ってもいいが全力で恩を売りたいところだな。


「まぁ、何いずれにしろ本人に聞いてみないと始まらないな。いますぐ俺の宿の酒場に呼んでこい」


「まだ昼前だぞ? 酒場が店を開けてるとは思えないが」


 いいから早く行けという意思を込めて、だらしなく下げた手を前後に揺らして見せた。

 店が閉まってようが関係ない。

 俺はもう宿に帰りたいのだ。


 納得はできないようだが、俺は強い意思を持って睨みつけた。

 渋々といった感じでシグネを呼びにいくレイブンズ。

 俺たちもそれを確認することもなく帰路に着いた。


『う〜ん。なんていうか……ややこしいことになってきたね』


 とにかく一度会う以外に選択肢がない。

 朽ちた龍の攻略を手伝うとしても、俺は九層までしか行ったことがないんだぞ?

 逆に拒否したとしても、その理由を説明する必要がある。

 街中探し回られたらたまったもんじゃないからな。


「……宿の酒場で何食べようかな」


 だんだん面倒くさくなってきた俺は考えるのをやめる事にした。

 思考放棄という奴だ……

 カレーライス食いたいな。



  —



 まず宿に到着した俺たちは酒場に『オープン』の表札が掛かっていることを確認した。

 以前に立ち寄った雰囲気が喫茶店風だったので開いているとは思ってはいたが。


『早いねえ』


「もう昼過ぎだぞ? 開いていてもおかしくない」


『違うよ』


 早速『ウイーンの酒場』の表札が掛かっている店へと入っていった。

 ログハウスのような造りの店からは、いつもの木の良い香りが漂ってくる。

 昼食をここで取る人もいるらしい。

 先客であろう男と女が二人……。


「ここだクラウス。連れてきたぞ」


 そう声がするテーブルに腰掛けている男女……レイブンズとシグネ、それにもう一人。

 赤みのある明るい色の髪を肩までのばす3人目の女性が同じテーブルに同席していた。

 年は12ぐらいだろうか?

 白の大きなローブを羽織る姿がさらに幼さを感じさせていた。


 露店街から真っ直ぐ帰ってきてる俺より早いとは随分急いで来たのだろう。

 それほど深刻なのだろうか。


「店長。一番高い食べ物を」


 お前の奢りだと言わんばかりに、レイブンズに目を向けた。

 手を軽く上げてきた……問題ないらしい。

 精々シグネの前で格好つければいいさ……死ぬほど食ってやる。


「昨日は助けてくれてありがとう……本当にすまない……私もどうかしてた」


 そう小さく謝罪の言葉を口にするシグネ。

 下を向いたまま、長い赤髪をだらしなく前に垂らす様からは、生気すら感じない。

 ここに来るまでにも涙を流していたのか、目を腫らしていて見ている方も辛くなる。


 とにかく自己紹介を済ませることにした。

 この大きな白ローブを羽織った小さな女の子が、アレルシャというシグネの妹らしい。

 だがそれだと大変なことになる。


「え? この幼稚園児にキャストルは襲いかかったのか?」


「しっ、失礼な! わたしは見たとおり年は17歳です!」


 なっ……なにぃ。

 黄色い帽子の似合いそうなレディーですね。

 しかもお尻を触られただけらしい。

 紛らわしい表現をするなと言いたい……毒牙て……。


「まあ要するにだ。アレルシャちゃんはお兄さんに何をして欲しいのかな?」


「死んでほしい」


 ひでえ!

 でも……こいつ可愛らしい。おちょくりたい。

 ケツを触ったキャストルの気持ちが少し分かる気がした。


 だが俺に対する侮辱を幼稚園児に抗議するわけにはいかない。

 ここは保護者のレイブンズに、


「おい! お前は俺をキルするためにここにきたのか? ん?」


「お前に任せてると話が進まんぞ! まずはこっちの要件から聞いてもらう!」


 それが人にものを頼む態度かと言いたかったが、余計怒鳴られそうなんでやめた。

 そう言うとレイブンズはシグネに視線を流す。

 彼女が頼むのが筋ということだろうな。

 催促を受けたシグネはうなずき、ゆっくりと話し始めた。


「今度の『死に絶えた龍の宝物庫』討伐に参加してもらえないだろうか」


『いいだろう』


 お前が答えるんかい!


 すると目の前に座る三人の表情は、みるみるうちに晴れ渡っていった。

 一瞬のうちに、もう撤回できない状況にまで追いやられたクラウス。


 チェルノ分かってるのか?

 一番の問題はだ……俺たち九層までしか行けないんだぞ?

 七十四層とか無理だから!


「レイブンズちょっと来い」


 そう言って俺は彼の腕を引っ張った。

 黙って付いてくるレイブンズと俺は店内の端に到達した。


「クラウス……恩にきる」


「きるな! 落ち着いて聞けよ? まず俺は討伐に参加したくても出来ないんだ」


「は?」


 俺は克明に状況を説明した。

 九層までしか行ったことありませんと……。


 それを聞いたレイブンズは、信じられないといった表情を浮かべている。

 バリスタは最近手に入れたこと知ってんだろお前は。

 解れよ!


「まあ問題はない。確か召喚で連れて行く方法があったはずだ……だが九層とは……いったい今まで何をしてたんだ?」


 九層で狩りだよ!

 文句あるか。


『じゃあ問題ないね。その代わりこっちの要求も聞いてもらうよ』


「できる限りのことはさせてもらう」


 なんとか問題を解決させテーブルに戻った俺たち。

 早速こちらの要求を聞いてもらうことにした。


「二つだ。俺の要求するものは二つある」


「それはよくばりすぎじゃないの?」


「アレルシャちゃんはミルクでも頼んで、口の周り白くしてなさい」


「しないわよ!」


 この幼稚園児を相手にしてると話が進まないので無視して説明することにした。

 俺は右手の人差し指を立てて、


「一つ目は……スキルはどこに売っているのか教えて欲しい」


 何故かわからんがしばらく周りが凍りついた。

 居たたまれなくなったので指を二本に増やし、


「二つ目は……十層の階段はどこにあるのか教えて欲しい」


 さらに何故だかわからんが、その凍てつく冷気は酒場全体を覆い、

 俺を中心に極寒の海へと変貌していくのだった。


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