第7話 魔王、引きこもる

 モギナスが肩を落としながら食堂にやってくると、ロインはさっさと普段着に着替えて朝食を取っていた。


「魔王様、二度寝しちゃいました」


 恨めしそうにロインを見るモギナス。


「作戦失敗……だね」

「なにしれっと言ってるんですか。貴女が陛下に狼藉を働くからですぞ」

「しょうがないじゃない、急に抱きつかれたんだし」

「その程度で大声を上げることもないと思うのですが?」

「だいたいあんたの作戦が間違ってたんじゃないの? アキラのやつ、あんなにおかしくなるなんて。そもそも、みささって誰よ」

「私も存じ上げませんが……」

「知らないでやってたわけ? あきれた」

「ただ、陛下の想い人、ではないかと……」

「察するに、その人と私が似てるってこと?」

「おそらく」

「……一目惚れじゃあ、ないんだ」

「かも、しれませんね。ガッカリですか?」

「べつに」

「ご本人がそうだと言ったのですから、一目惚れということにしておけばいいじゃないですか。それで貴女のプライドが保てるのであれば」

「なッ! そ、そういうのじゃないし」


 これ以上話を引っぱりたくなかったのか、ロインはそそくさと出て行ってしまった。

 それを見送りながら、モギナス。


「食後のお茶ぐらい飲んでいけばいいのに」



 ☆ ☆ ☆



 ロインは自室に戻り、ベッドの上で大の字になった。


「あ~も~、やってらんない~~~~。っていうか、モギナスっていっつもロクなことしない気がすんだけど……。私のことだって勘違いで誘拐してるし。さっきだって、ヘンなことになるし、もーやだあ~~~~」


 バタバタと暴れるロイン。


「お嬢様、お部屋の中にほこりが立つので大人しくしてくださいまし」


 ロインにあてがわれた侍女――マイセンが小言を言った。

 外見年齢三十才ほど、地味だが清楚な美人の彼女は、一族で代々王家に仕えている。モギナスの遠縁にあたる。


「はーい」


 いくら貴族の子女とはいえ、長い戦乱で家が疲弊していたため、ロインにとってはかえって現在の方がぜいたくな暮らしをしているのだから皮肉なものである。


「あと、ひとつよろしいですかお嬢様」

「なんですか」

「王都でお使いの化粧品、開発は我が国の錬金術師でございますよ」

「なッ!!」

「城下で販売しているものの方がより質が高いと存じます」


 それだけ言うと、マイセンはお辞儀をしてスタスタと部屋を出ていってしまった。


「やだも~~~~~」



 ☆ ☆ ☆



「かえって余計なことをしてしまいましたかねえ……」


 お茶をすすりながら、モギナスがボソっと呟く。


 晶の描いたみささちゃんの絵を見たモギナスは、ロインに同じ格好をさせれば喜ぶと思い、徹夜で衣装を作ったのだが――。


「陛下……。あの者を『余の息子と思って仕えよ』との仰せに従ってお世話しているのですが……。私、人の子を育てたことはございませんので、なかなか難儀しております……」


 はあ、と大きなため息ひとつ。



 ☆ ☆ ☆



「陛下、お食事をお持ちしましたよ」


 しばらく待っても食堂に晶が現れないので、居室に朝食を運んできたモギナス。

 返事がないのでドアを開けると、晶は頭の上まで布団をかぶって寝ていた。


「……晶様、起きていらっしゃいます?」

「ねてます」

「起きてるじゃないですか」

「……ロインなんか……ロインなんか……」

「申し訳ございません、余計なことをしてしまいまして……」

「……ほっといてくれよ」

「では、失礼します」


 モギナスが部屋を出ると、晶はベッドからもそもそ這い出して、テーブルに置かれた朝食を食べ始めた。

 洋食は嫌いではないが、日本で最後に食べた牛丼が懐かしい。


「もう、食えないのかな……」


 そういえば、レコーダーに録画したアニメは?

 予約したゲーム、前金だったのに。

 本は出なくてもコミケには行こうと思ってたのに。


 ふいに、あれこれ元の世界のことが思い出される。


「俺……こっちに来てまだ、あんなことやこんなこと、ちっともしてない。これじゃ、ただの軟禁生活じゃんよ……」


 目に涙がにじむ。


「もしかして……、いや、もしかしなくたって、ロインも同じなのかな……。やっぱり、かわいそうだ。まだ若いのに異国で軟禁生活だなんて」


 いや、しかし。


「まだロインはマシなんじゃねえのか? 生きてた国は地続きだし、食い物だってそう大きな差もない。家族に会いたければ、こっちに来てもらうことだって出来る、欲しいものだって配達してもらえる。でも俺は……。魔都にはネットもアマゾンもクロネコもねえ」


 初めての異世界生活で浮かれていたが、よくよく考えれば、一番深刻なのは自分だと気付いてしまった。

 いつ帰れるかもわからない。戻れても、知っている人間は全員死んでる浦島状態かもしれない。

 親を含め、未練のある相手なんていないけれど、未練のある作品、作家ならいる。


「せめて、盆暮れだけでも戻りたいなあ……」


 ホームシックでのたうち回りそうになるのを必死にこらえ、晶は新たに絵を描き始めた。

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