第6話

「私は車を駐車場に入れてくる。先に行っててくれ」

「え? あ、ああ……」


 俺は後部座席から荷物を取り出し、寺の方を振り返った。第一印象は、『いかにも古びた小屋』だった。木造の柱はところどころ虫に食われているし、瓦もそのほとんどがずり落ちている。伸び放題になった雑草は、境内よりも背が高くなっていた。

 言うなりに連れてこられたのがこんなところとは。俺は荷物を抱えたまま、ぼんやりと外観を眺めた。ここが作戦本部なのか? と訝しんだ次の瞬間、


「動くな」


 というドスの効いた声がした。同時にカチャリ、という金属音。恐らく、拳銃が取り扱われる音だ。何というか、そんな殺気のようなものが全身に走った。


「ひっ!」


 俺は慌てて両手を挙げた。ドサッと荷物が落ちる。振り返ることすらままならない。


「お前が、葉月が言ってた新入りか?」

「たっ……多分、そ、そうだと思います……」

「多分?」


 すると後ろから、煙草の煙が俺の頬を撫でていった。俺はこのまま、不審者扱いされて殺されてしまうのか? と、その時だった。


「憲明!」


 葉月の叫び声。


「新入りを脅かすなと、念を押しておいたはずだろう?」

「悪い、つい気が立っちまってな」


 後ろからシュルッ、と音がした。きっと、拳銃がホルスターに収められる音だ。


「しかし、肝っ玉の小さい野郎だな。役に立つのか?」

「それをこれから判断するために連れてきたんだ。怪しい者じゃない」

「そうかい」


 憲明と呼ばれた男は、俺のわきを通り過ぎて境内に上がっていった。暗くてよく見えなかったが、やたら背が高く、肩幅が広いのが印象的だった。


「すまないな。ああいう奴なんだ、あの憲明という男は」

「そ、そうなのか……」


 全く、血の気の多い職場だな。

 などと思いつつ、葉月に促されて、俺は境内に上がりこんだ。ミシリ、と床が軋む。そのまま畳の間をいくつか通り過ぎた。黴臭さが鼻につく。


「ここが我々のセーフハウスだ」


 そう言って葉月は、何枚目かの襖を開けた。すると、そこには別世界が広がっていた。


 どう見ても、外観から想像されるようなボロではない。畳も柱も清潔感に溢れ、光沢を放っている。正面にはもう一枚襖がある。そしてその両脇には、二人の少年がいた。


「右でガトリング砲を磨いているのが、大林憲明」

「!」


 俺は思わず、一歩退いた。先ほど拳銃を突きつけてきた男じゃないか。しかし彼は、今は俺に無関心の様子で、自分の身の丈ほどもありそうなガトリング砲の手入れをしていた。角刈りの髪型と、鋭い目つきが特徴的な男だ。

 今はあぐらをかいて、無数の部品にガンオイルを塗っているところ。随分と実戦慣れしている雰囲気を醸し出しているが、顔つきにはどこかあどけなさが残る。まあ、彼も俺と同い年くらいか。


「左にいるのが、小野和也。狙撃要員だ」


 そちらに目を遣ると、憲明とは対照的に、小柄で前髪を伸ばした少年が襖にもたれて立っていた。そばには狙撃用ライフルと思しき長銃が立てかけられている。俺と目が合うと、笑みを浮かべて軽く手を振ってみせた。鬱陶しいほどの前髪の向こうで、右目がキラリと光る。


「ご挨拶は後で。やはりドクに君を見てもらわなければな、佐山くん」


 すると葉月は、少年二人の背後にあった襖を開けた。と同時に、凄まじい光の奔流が、俺の視界に雪崩れこんできた。


「す……すごい……」


 照明の落とされた畳の間に、赤やら青やら緑やらに輝く光源がチカチカと点滅している。それらがコンピューター関連機器だということは、機械に疎い俺でも分かる。分からないのは、何故こんな設備があるのか、そしてどう活用されているのか、ということだ。


「おーい、閉めてくれ。機械どもが熱暴走しちまう」

「あっ、すみません、ドク」


 葉月は俺を連れ立って部屋に入り、襖を閉めた。今更ながら、冷房がガンガンに効いているのに気づいた。


「新入りくんを連れてきたそうだな。君の見立てはどうだ?」


 どこから声が聞こえてくるのかを探っている俺を置いて、二人は会話を続ける。


「まだよく分かりません。戦闘能力が不明なのは当然ですが、その……覚悟の具合とかも、まだ何とも」

「まあそういうものだな。実際の鉄火場を踏んでいないぶん、未知数としか言いようがない」


 すると、


「どれ、少し顔を貸してもらおうか」


 という言葉とともに、電子機器を満載したスチール棚の向こうから、キャスターつきの椅子が滑ってきた。


「うわっ!」


 椅子は俺が先ほどまで立っていた場所を通過し、わきのデスクに軽くぶつかった。


「そうビビるな、新入りくん。私は丸腰だ。取って食いやしない」


 俺はそれよりも、あんたの登場の仕方に驚いたのだが。そう思って顔を上げると、もう一つの驚きがあった。椅子に座っている男性――ドクは、つるつるのスキンヘッドに袈裟を着ていたのだ。立派なお坊さんじゃないか。


「おや、私の顔に何かついてるかい?」

「あっ、いえ、その……」


 言葉に詰まった俺を、葉月が小突いた。


「あの、ドクって聞いたので、てっきり白衣で医療に従事しているような人を想像していたものですから……。それに、こんな暗い部屋で突然出てこられると……」


 するとドクは、ははは、と愉快そうに笑って、


「そうだろうな、驚かせてすまない! でもな、美奈川くんが来た時のリアクションはもっと派手だったぞ。キャーキャー散々喚き散らして――」

「ちょ、ちょっとドク!」


 葉月が慌ててドクの言葉を遮った。しかし、その頃にはもう、ドクの注意は俺に向けられていた。


「ご両親を亡くしたのか……。気持ちの整理は」


 ドクは一瞬俺と目を合わせ、


「そうだな、つくはずがないな」


 見破られた? いや違う。自分自身が気づかないだけで、情けない顔をしていたのだろう。

 だが、俺の心に寄り添うような温かさが、ドクの言葉には滲んでいた。


「ここは作戦司令室だ。ちょうど隠れ家に適した条件を満たしていたのでね」


 条件。それは、山林の深くにあること、故に人工衛生などによる上空偵察に見つかりにくいこと、さらに、そもそも人が入ってくるような場所でないこと、などをドクは述べた。


「さて、モノは試しだ。佐山くん、美奈川くんの誘導に従って、寺の裏まで来てくれ」

「試す? って一体何を……?」

「いいから! 行くぞ、佐山」

「あ、ああ……」


 葉月に腕を取られるようにして、俺は外へと引っ張り出された。


         ※


「さて、と、佐山くん」


 いつの間にか、俺はドクと相対する形で立たされていた。寺の裏庭で、周囲を竹林に囲まれた、学校の教室と同じくらいの広さの空間。地面は湿って滑りやすくなっており、綺麗な三日月が太陽光を反射してこのフィールドを照らしだしている。

 ドクは、何をしたらいいのかサッパリ分からないでいる俺の正面、五メートルほど離れたところに立っていた。


「あの、これは……」

「佐山、君の戦闘能力を見極めるためのテストだ」


 と、横から葉月が口を挟んだ。彼女に並んで、憲明と和也もいる。


「まずはハンデをつけよう。ほら」


 葉月が差し出してきたのは、


「これって、拳銃?」

「ああ。扱いは……知るはずはないな」


 すると葉月はすぐに拳銃を取り上げ、弾倉をチェックし、カバーをスライドさせ、撃鉄を確認した。


「さあ、これで弾が出る。ゆっくり、しっかりと引き金を引くんだ。そんな余裕があれば、だけどな」

「う……」


 俺が真っ先に思ったことは、ドクの身の安全だった。いくら俺がド素人だとはいえ、暴発やら乱射やらで、ドクに当たってしまうかもしれない。これが実銃であるということは、皆の緊張感から伝わってくる。

 次に感じたのは、拳銃の握り具合だ。重い。実物を手にして思ったことだが、映画やドラマの銃撃シーンのようにいくはずはない、ということを改めて実感させられた。


「さあ、佐山くん。私に好きに攻撃してみるといい」


 ドクが、どこか朗らかささえ感じさせる口調で言った。ドクはその時も丸腰だったし、両手を構えることもなく、自然体で俺を見返している。

 先ほどはよく分からなかったが、ドクは決して若くはなかった。六十代前半、といったところか。実に細身で、しかし腰は全く曲がっておらず、ピンと背筋を張っている。そんな彼の心臓は……このあたりだろうか。

 俺はゆっくりと、拳銃の矛先を上げた。照準をドクの胸に合わせる。ここまで来たら、撃つしかない。そう自分に言い聞かせ、俺は引き金を引いた――つもりだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る