6-C

 七十四名の村人が虐殺さていく様を、彼ら二人は黙って見過ごしていた。

 男が、女が、子供が、老人が、非道な化け物とその眷属となった村の少年によって次々と殺されていく地獄絵を、森の中から低光量ゴーグル越しの緑色視界でただ眺める。

 その顔には、自らの罪深い行いを嘆く表情は窺えない。

 ただ退屈そうに、標的である吸血鬼達を見張り続ける。


「うわっ、もったいねえ。結構いい女だったのに」

「殺す前にれよな、ギャラリーが退屈すんぜ」

「惜しいなら今から犯してこいよ。死体でもまだ温かいぜ?」

「冗談言うな、俺はお前みたいに悪趣味じゃねえよ」


 吸血鬼がうら若い女性の首を切り落とすのを見てさえ、そんな不道徳な呟きしか漏らさない。

 彼らは狩人。血に飢えた怪物を狩る内に、いつしか自分の心も怪物になってしまった哀れな猟師。

 人の死にも怪物の暴虐にも慣れてしまった彼らは、死が充満するこの村で、動く死体リビング・デッドどもの監視を行っていたのだ。

 とある施設が――鳴神重工なるかみじゅうこうという名の、自衛隊の火器開発も行っている大企業が建造した、吸血鬼化の謎を探っていた研究所が、実験体の暴走で壊滅してから三日。

 事件を誘発させた張本人である狩人協会は、彼ら二人に吸血鬼の監視を任命するも、村人が皆殺しに遭うのを見逃すようにも命令していた。

 そこにどんな意図が有るのかは、命じた本人である狩人協会日本支局の最高責任者しか知らない。

 ただ二人は、破格な特別報酬と長期の休暇に惹かれ、黙ってそれに従ったのだ。


「まったく、狩人が怪物を逃して虐殺の手助けをするとは世も末だ」

「はははっ、それは俺達に言えた義理じゃないだろう?」


 彼らがそんな軽口を叩いていると、ザッというノイズ音と共に通信が入る。


『こちら半月ハーフムーン、『小鳥』は元気に囀っているかしら?』


 残酷な吸血鬼達を小鳥と呼んだのは、月色の髪を持つ現場指揮官の声。

 二人はそれに若干緊張しながらも、口調だけは軽く答える。


「こちら羽一フェザー・ワン、『小鳥』達はそろそろ餌を食い尽くしますよ」

「こちら羽二フェザー・ツー、我々まで食べられないか心配です、早く増援を寄こして下さいよ、あはははっ」


 怯えたふりで冗談さえ言う二人に、通信機の声は怒ることなく笑って返す。


『ふふふっ、安心なさい。明日の夕方にはファルコンがそちらに向かうわ。私とオーガも明後日には到着するから、それまでの辛抱よ』

「左様でありますか。ところで、お怪我をなされたと聞きましたが、もう大丈夫なのですか?」


 計画通りのスケジュールを聞かされ、二人は安堵すると、研究所への破壊工作の際に負傷した指揮官を心配してみせた。


『問題ないわ、少し腕を切っただけよ。それに、慰謝料なら局長からたっぷりと頂いたから』

「それは羨ましい話ですな。狩人に労働保険が効くとは知りませんでしたよ」


 そう言って二人が笑ったのは、自分達の冗談が面白かったからではない。

 指揮官が局長の女という噂を知り、それを肯定するように払われた多額の治療費に、妬み混じりの蔑みを感じたからだ。

 部下二人に侮辱された指揮官は、それを察しながらも何も言わず、妙に愉快そうな声で命令を告げる。


『あと五時間もすれば夜が明けるから、そうしたら交替で仮眠を取りなさい。その後は隼と合流し、嗅ぎ付けて来るだろう『いぬ』を追い払うよう』


 狗――逃げ出した実験体を秘密裏に始末する為、鳴神重工に雇われた私兵。

 吸血鬼達を血眼になって探しているだろう彼らも、今起こっている殺戮を聞きつけ、近いうちにこの東ヶ谷村に現れる。

 そうなれば狗は全てを闇に葬る為に、吸血鬼だけでなく狩人の彼らも、もし生き残っているなら村人も、誰も彼も皆殺しにして口を封じようとするだろう。

 新たな敵対者が増える事に、彼らは今度こそ真剣な顔をすると、指揮官に了承の意を伝えた。


「了解しました。隼と連携して『狗』の排除に当たります」

『えぇ、期待してるわよ』


 それだけ言い残し、指揮官は通信を切ろうとするが、それを片方の男が押し留めた。


「一つお伺いしたいのですが、よろしいですか?」

『何? 手短にね』

「はい。幕が下りるまでに後二日ありますが、それまでに『小鳥』達が巣立った場合、どうしますか?」


 吸血鬼が逃げ出したらどうする――それは至極当然な疑問だった。

 これだけ派手な殺戮を行えば、直ぐに狩人達の耳に触れて自分達に追っ手が差し向けられる事くらい、かの吸血鬼達も理解しているだろう。

 そうなれば、獲物の無くなった村を捨てて逃げるのは当然で、超人的な能力を持つ吸血鬼に全力で逃げられれば、狩人とはいえ普通の人間に過ぎない彼らが、追いつけず見失うのもまた当然だった。

 二人はそう心配していたのだが、それは指揮官の微笑によって否定された。


『ふふふっ、それは絶対に無いから安心なさい。ちゃんとここで待っているよう、小鳥さんと約束したから、ねぇ?』


 指揮官は二人には分からない事を言い、心底可笑しそうに笑い出す。

 自信に満ちた不気味なそれに、二人の狩人達は意味不明ながらも怖気を感じ、短い返事を告げて通信を切る。

 そうして、やがて上った太陽の下、二人は最後となる朝日を堪能する事もなく、交替で睡眠を取り始めるのだった。

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