6-A

 何度血を採られ、何個薬を飲み、何回解剖されただろう。

 窓も無い白い部屋の片隅で、僕は死体のように踞っていた。

 ここに居る限り太陽に焼かれる事はなく、不味いが輸血パックの血も飲み放題だし、怖い狩人達に追われる心配もない。

 でも、僕達は籠の鳥、白衣の人間共の実験動物モルモット

 そうしなければ、愛しい彼女が殺されてしまう。

 僕は透明なガラスの壁で仕切られた、隣の部屋の彼女を見る。

 彼女はいつも部屋の隅で怯えるだけの、弱くて愚かな女吸血鬼ヴァンピール

 なのに、僕は彼女を嫌いになれない。

 今も何一つ変わらず、狂おしいほどに愛している。

 その頃になって、ようやく僕は気付いていた。


 ――僕達、死人は変われない。


 吸血鬼になった時点で止まったままで、先にも進めず後にも戻れない。

 どんなに時が経ち、彼女との記憶も、彼女を愛した理由も摩耗し、彼女がどんなに愚かで弱い女だと分かっても、僕の心はあの時のまま。

 僕は彼女を愛し続け、そして、彼女はあの男を愛し続ける。

 永遠に振り向かない彼女を、永遠に僕は追い続ける。

 それが、吸血鬼の力を得た代わりに払った代価。

 ふと僕は、力を与えてくれた男の言葉を思い出す。


『ならば、君の・・世界を滅ぼす力を上げよう』


 ――そうか、僕が世界を滅ぼせる力を得たのではない。

 ――ちっぽけな、僕の世界が滅んだだけなんだ……。


 今更、男の哀れんだ瞳の意味を理解しても、僕達は戻れない、変われない。

 あのとても退屈で、どうしようもないくらい腐っていて、眩しいほど輝いていた世界に、死人の居場所なんてないのだから。



          ◇



 研究所の所員達は焦っていた。

 七年近い歳月を掛けたというのに、まるで成果が上がっていなかったからだ。

 捕らえた実験体を調べ、吸血鬼化の謎を解くという壮大な計画。

 決して公に出来ぬが、実現すれば莫大な富を生む事が約束されたそれが、彼らの仕事だった。

 人体の物理的限界まで能力を発揮し、怪力と俊足と再生力を持った吸血鬼。

 それを人工的に量産する事が出来れば、最強の不死軍団を結成する事が出来る。

 実現すれば、どんな国や犯罪組織も、惜しまず金を払って手に入れようとするだろう。


 そしてまた、吸血鬼化の解明は武力だけでなく、『不老』という究極の商品にもなる。

 あらゆる時代のあらゆる権力者達が求めた、人間の誰もが恐れる『死』からの解放。

 老いず若いままで、永遠に生を謳歌するという至高の夢。

 それが吸血鬼と成る事で手に入るなら、人間である事に拘る者などそうは居ない。

 組織にも個人にも大金で売る事が出来る吸血鬼化の研究。

 だがそれは、とても実用に耐えられるレベルまで解明される事は無かった。

 人間を吸血鬼化させる病原体・吸血鬼化病原体ヴァンパイア・ウィルスについて判明した事はたったの三点。


 一つ目、吸血鬼が直接噛む事でしか感染しない。

 二つ目、他者を吸血鬼化させる場合、感染源の吸血鬼は対象に与えた血液の分、弱体化してしまう。

 三つ目、吸血鬼が生きた人間の血液を吸う事でしか成長しない。


 これでは、まるで意味が無かった。

 彼らの目的である吸血鬼の量産にも、不老の提供にも、効率が悪すぎたのだ。

 直接噛まねば作る事が出来ず、作れば作るほど質が落ち、質を保つには大量の人間を犠牲にしなければならない。

 そんな多大なリスクとコストが掛かり、不安定で危険な方法では、軍隊にも個人にも売れる筈が無かった。

 所員達は問題を解決しようと、日夜さらなる研究を続けたが、それは無駄な努力に過ぎなかった。

 何故なら、彼らは科学の徒であり、それから外れたモノを認めなかったからである。


 吸血鬼化病原体には、現在の科学では存在を証明出来ない、ある物質・・・・が含まれていた。

 紫外線や赤外線が、そこに有っても裸眼の人間には見えない様に、現在の科学ではまだ、それを見る事が出来なかったのだ。

 数十、数百年後には科学の手に捕らわれるだろうそれも、今は魔術や超能力というオカルトの範疇に有る。

 だから、研究所の科学者達に吸血鬼化を解明する事は不可能であり、壮大な計画は砂上の楼閣に過ぎなかったのだ。

 それに薄々気付いていながらも、彼らは長い年月と莫大な資金を浪費した事を認められず、無駄な研究を行い続けた。

 そんな初夏のある日、実験体の暴走により、研究所は所員全員の命と共に崩壊する。

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