0-D

 戦闘が終わった時、まともに動けるのは二人だけになっていた。

 十三名もいた狩人達のうち、八名が死亡、一名が重体、二名が重傷。

 残った二名も、軽くはない怪我を負っていたが、動けないほどではない。

 だが、これほどの被害を受けながらも、意識のある四人は「この程度で済んだ」と安堵していたのだった。

 たった今、灰になって滅んだのは、古参吸血鬼エルダーヴァンパイアだった。

 百年以上の時を経て、太陽光さえ克服した、吸血鬼達の貴族とも言うべき怪物。

 一夜にして町の住人が二十人近くも殺害されたと聞き、狩人協会日本支局は急遽ホークチームを向かわせたのだが、そこに居たのは狩人さえ恐れる正真正銘の化け物だったのである。


 今回勝利出来たのは、たまたま運が良かったからにすぎない。

 偶然入った情報のお陰で、来て直ぐに吸血鬼のアジトを特定し、昼の内に包囲する事に成功したのだ。

 古参吸血鬼は太陽光を克服したとはいえ、あくまで死なないという程度で、陽光の下では能力の低下を避けられない。

 敵は夜の半分も実力を発揮出来ず、また武器さえ持たない最弱の状態。

 それに対し、鷹チームは人間とはいえ精鋭中の精鋭で、突撃銃アサルトライフルと防弾ジャケットで完全武装した戦闘集団であり、包囲して最良の環境を作る事にも成功していた。

 だがそれでさえ、八名もの狩人が犠牲となってしまった。

 もし、相手も武装していたら。もし、夜に戦っていたら……。

 逃げられるだけならまだしも、最悪の場合鷹チームは全滅していただろう。

 その想像に身を震わせながら、生き残った者達は待機させていた救急車を呼び、負傷者の治療と亡骸の回収を開始する。


 死亡者と重傷者を救急車に乗せ終えた後、戦闘の隠蔽工作をする為に残った軽傷の二人は、同じ疑問を抱いていた。

 それは「この事件は、本当に古参吸血鬼が起こしたのか?」という疑惑。

 古参エルダーとなるには百年以上の時を要する。それはつまり、百年以上もの長い間、狩人の追跡から逃れ続けなければならないという事だ。

 派手な殺戮など以ての外で、人殺し所か血を吸った形跡さえ残さず、ひっそりと夜に身を隠し、臆病なほど慎重に人の目を逃れる知恵者。

 そんな者でなければ、百年所か一ヶ月さえ、狩人協会の目から逃れる事は不可能なのだ。

 そしてまた、吸血鬼は死者――変われない者達である。

 陽光の克服など、肉体能力の向上は一部見られるものの、姿形は生前のまま変わらず、記憶の蓄積はあってもその性格が変わる事は無い。

 だから、慎重な賢者が愚鈍な殺戮者に豹変する事もないのだ。

 なのに何故、古参吸血鬼はこの虐殺が起きた町におり、まるで贖罪をするかのように無防備なまま残っていたのだろうか?

 そこまで考え、二人は同じ結論に達していた。


 ――他に吸血鬼がいる、増殖が始まっているのだ。


 彼らは至急、協会に連絡を取り、増援と最終手段の準備を頼んだ。


 ――最悪の場合、この町一帯を焼き払わなければならない。





 狩人達は最初、殺人現場に残っていて逮捕された少年を警察から引き取ったものの、彼が特殊体質ではあったが吸血鬼ではない事を知ると、一応日本支局へ連行しておき、捜査を再開した。

 そして、吸血鬼となった少年の家を訪れた。

 少年の家に目を付けたのは、彼が吸血鬼だと知れたからではない。

 その日、殺された父親が職場に現れず、電話をしても連絡が取れなかった上、公園で大量殺戮事件が起きた事もあり、不審に思った同僚が警察に通報したのである。

 それを聞きつけた狩人達は、少年の一家も犠牲になったのだと思い、被害者の確認と犯人の手掛かりを得ようと訪れたのだった。

 無論、一家の長男が犯人たる吸血鬼で、まだ家に潜伏しているなどとは露とも浮かばない。

 その油断と、直ぐに吸血鬼を殲滅せねば町が犠牲になるという焦りが、夜に少年の家を訪れるという愚を犯させてしまった。

 狩人達が訪れた時、少年はベットに横たえた愛しい少女が起き上がるのを、今か今かと待ちわびていた。


 そして玄関のチャイムが鳴り、窓からそこを覗き見た少年は、冷たい恐怖に凍り付く。

 それは少年の勘などではなく、彼を吸血鬼たらしめる根本の存在――吸血鬼化病原体ヴァンパイア・ウィルス自体が、長年の宿敵に反応したからだろう。

 少年は彼らが敵である事を瞬時に知り、また自分では勝てない事も理解した。

 この時になって初めて、少年は自分が最強の虎ではなく、狩られる弱い兎に過ぎないと思い知る。

 そうして、少年は眠る少女を抱えると、狩人達に見つからないように家を抜け出し、当てもなく逃げ出したのだった。

 少年が山へと逃れ、夜が明けて太陽光で焼け死ぬ前に、人の居ない小屋を発見できたのは、奇跡と言ってよかっただろう。


 だが、それを偶然発見した一人の狩人がいた。

 彼は直ぐ仲間に連絡を取ろうとして無線機を取り――静かにそのスイッチを切った。

 ここで吸血鬼の存在を知らせた所で、彼の手に入るのは十数万円の端金。

 高給取りの印象が強い狩人だが、数千や数億という大金を稼げるのは、単独で凶悪な化け物を狩る事が出来る、一握りの異能者だけ。

 彼の様に普通の人間で、諜報員として走り回されるだけの者には、命懸けの任務にそぐわない薄給しか手に入らない。

 そして、運良く怪物の魔手を逃れて生き延びても、歳を取り体力を失って現場に出る力を失えば、警備員か何かを再就職先として用意されるだけで、無用とばかりに捨てられてしまう。

 局長や部隊長となって、協会に死ぬまで身を置ける者など、ほんの一握りしか居ない。


 彼ももう年頃の娘が居る四十代、狩人としての寿命は尽きる寸前でありながら、部隊長に抜擢されるような輝かしい功績も無い。

 唯一の成果といえば、一人娘を優秀な狩人に育て上げた事くらいだ。

 だが、今も町の中を駆け回り、吸血鬼の身元を調べているだろう娘は、父である彼の事を深く憎んでいる。

 我が子に恨まれるほど身を粉にして尽くしても、決して報われない狩人協会という組織に、彼は少しずつ忠誠心を失っていた。

 だから彼は、自分以外が今の吸血鬼を発見していない事を確認すると、狩人協会ではなくある民間企業に連絡を取る。

 諜報員として潜り込んだ事もあるその企業に、吸血鬼という商品を売り込む事に、彼は何の罪悪感も感じず、また危機感も抱いてはいなかった。

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