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 駅前にあるファミリーレストランの角席、周囲に人の居ないそこで、柘榴はU・Dの調査報告を聞いていた。


「被害者達と特に仲の良かった者は二名、佐々木和義ささきかずよしって同じ高校の子と、田畑浩正たばたひろまさって大学生で、被害者達の高校のOB」


 U・Dはそこで一息吐き、柘榴に奢らせたジャンボパフェを三口食べてから続ける。


「被害者とその二人は高校の軽音楽部に所属していて、『鉄鎖の旗チェイン・フラッグ』ってバンドを組んでた仲間なの。近くのライブハウスで演奏したりもして、そこそこ人気はあったみたいね。まぁ、有名所のコピーがメインだったそうだから、メジャーデビューは無理だったでしょうけど」


 事件とは関係のない感想を交えるU・Dに、柘榴は「余計な事はいい」と注意し先を促す。


「それで、事件の起きた時、今日の朝というより昨日の深夜ね。その時もライブがあって、終わった後は四人で飲み歩いて打上げをしていたそうよ」


 ファンの女の子から聞いたのよ、と言ってその子と一緒に取ったプリクラの写真をせるU・Dに、柘榴は呆れながらも感心してしまう。


「よくこんな短時間でそこまで調べられたな」

「言ったでしょ、アタシは運が良いって。最初に声をかけた女子高生が、たまたま彼らの熱烈なファンだっただけよ」


 大して誇った様子もなく断言するU・Dを見て、柘榴はふと考え込む。


(そう言えば、虫使い相手に囮捜査をした時も、たった一日で遭遇していたな)


 改めて思えば、あれはとてつもない幸運だったのだ。

 蠱に人間を喰わせる必要は数ヶ月に一回、早くても数週間に一回でよい筈だ。

 実際、行方不明もそれくらいのサイクルで起きていた。

 それが偶然捜査に出た初日とかち合い、偶然虫使いの青年と遭遇するとは、いったいどれほど低い確率だったのか。

 計算式に出せるようなものではない。だが、単に偶然と切り捨ててよいものとも思えなかった。

 思わず黙って考え込む柘榴に、U・Dが鈍く光る目で尋ねる。


「で、柘榴は残った佐々木と田畑、そのどちらかが犯人だと思っているみたいだけど、今回はどんな怪物なのかしら?」


 聞き込みをした限りではただの学生としか思えない二人が、どんな化け物なのかと尋ねるU・Dを前に、柘榴は苦い顔を誤魔化すようにコーヒーをすする。


「そいつらは普通の人間だろう。ただ、人でないモノが憑いたのだろうさ」

「憑いたって、幽霊とかが?」


 首を傾げるU・Dに、柘榴は否定を示す。


「同じ様なモノだが違う。お前も車から現場は見ただろう? あそこは神社、『神』を祀る場所だ。多分そこを荒らした被害者達は、社の神かその使いに憑依され、祟りを受けたのだろうさ」


 平然と、神だ祟りだと口にする柘榴に、U・Dは怖気を誘われて身を震わせる。


「狼男だの蠱だのに遭遇した身で言うのもなんだけど、祟りとか呪いって実在するものなの?」


 散々、怪物などというオカルト生物に遭遇しながらも、幽霊や呪いなどという実体の伴わないモノを口に出されると、流石のU・Dでも疑わしく思えてしまうらしい。

 柘榴はそんな彼女を笑う事なく、軽く頷いて見せると、黒いコーヒーの表面を見つめながら告げた。


「俺もそちらは門外漢だが、神や霊、祟りや呪い、魔術や超能力などという、目に見えない不思議な力や存在は間違いなく実在する。狩人教会にも極少数だが、そういった霊能力の持ち主はいるしな」


 そう言って柘榴は一人の仲間を思い浮かべるが、U・Dは心当たりが無く首を傾げる。


「そんな人居たかしら? アタシは会った覚えがないわね」

夜叉神楽やしゃかぐらと言う女だ。九州の方に出向していて、首都圏にはほとんど戻って来ない奴だからな、会った事がなくて当然だ」


 懐かしそうに告げる柘榴を見て、U・Dは僅かに顔を強張らせる。


「とても興味深いわね、貴方とその神楽さんはどういう関係なのかしら? 原稿用紙三百枚以内でキッチリ説明して貰いたいものね」

「本が一冊出来そうな文章量だな」


 フォークを机に突き刺す少女の詰問に、赤銅の鬼は苦笑しながら誤解を晴らす。


「友人だよ、勘ぐられるような仲じゃない。ただ、神楽も特殊な能力のせいで苦労をしてきているからな、鬼の異能を持った俺とは気が合うって、それだけの話だ」


 超重量と怪力、神霊能力と、方向の違うモノながらも、常人から逸脱したその力のせいで、周囲から虐げられる人生を送ってきたという点では、柘榴も神楽も同じだったのだ。

 同じ異能者だからこそ、分かり合える事もあるのさ、と事も無げに言う柘榴に、U・Dは珍しく素直な謝罪を述べる。


「ごめんなさい、無神経な事を聞いたわ」

「気にするな。それより、犯人に憑いたモノの話だったな」


 柄にもなく落ち込む少女に、柘榴は笑って応えると、直ぐに真剣な顔をして話を事件の方に戻す。


「その神や霊の正体は分からんが、それは生き残っているどちらかに憑き、自分の寝所を荒らした不届き者に、死という罰を与えるつもりだろう」

「触った神に祟りを受けた訳ね。それで、どうやって残った二人を助けるつもり。柘榴は除霊とか出来るのだったかしら?」


 U・Dが素直にそんな疑問を並べると、柘榴は苦虫を噛み潰したように顔をしかめ、低い声で告げた。


「俺に霊を払う力など無い。日本支局でそれを出来るのは神楽だけだが、今も別件の狩りを行っている為、こちらには来れない。他にも、日本政府直属の神霊機関には退魔の力を持った者が数名居ると聞くが、協力を得るのは不可能だ。協会も出来るだけ国に借りは作りたくないからな」


 柘榴は力無くそう告げ、冷めたコーヒーを無理矢理飲み干した。

 その態度に不安を駆られ、U・Dは顔を曇らせる。


「じゃあ、残った二人はどうするつもり?」


 消え入りそうな少女の問いに、赤銅の狩人は冷酷な声で答える。


「協会は『お前が解決しろ』と命令した。だから、俺の手で事件を終わらせる・・・・・・・・


 感情を押し潰した能面で言い切られ、少女もまた、それがどのような意味か理解して押し黙る。

 痛い沈黙がファミレスの一角を覆う中、それは突然かかった携帯電話のコール音で破られた。

 柘榴はそれを取り出して耳に当てると、数度だけ返事を返し、沈痛な面持ちで通話を切り、席から腰を上げた。


「何か起きたのね?」


 U・Dは半分以上残ったパフェを恨めしそうに眺めながらも、自分も席を立って彼の横に並ぶ。

 柘榴はレジで会計を済ませ、駐車場に停めた車に乗り込んでから、ようやく少女の問いに答えた。


「残りが一人になった、田畑浩正の方は死んだよ」


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