第26話 侵略魔→消失

 そのときのことだった。

 俺のスマフォが突然鳴り響く。

 春日やリーゼロッテのも同時に鳴っていた。


「何だ?」

「何でしょう?」


 俺と春日は顔を見合わせる。

 リーゼロッテだけは、驚くことなくスマフォを開いていた。

 俺たちも急いで開いてみる。


 メールの着信だった。

 内容は、神々の運命戦ラグナロクの相手が決定したとのこと。

 いよいよ始まるのだ。春日もリーゼロッテも、いつの間にか真剣な表情になっていた。


 俺の相手は1年生。春日の相手は2年生でリーゼロッテは3年生だった。

 神々の運命戦ラグナロクは勝ち抜き方式。相手はランダムに決定され、そこで勝った者が2回戦に進出、ふたたび相手がランダムで決まり、勝った者が3回戦へ――という形式だ。

 戦女神ヴァルキリーになるのであれば、一度たりとも負けることはできない。


「わたしは絶対に勝ちます! だからアヤメちゃんもリーゼロッテさんも勝って、みんなで2回戦に進出しましょう!」

「ああ!」

「当然よ!」


 3人で顔を見合わせて、うなずく。


「じゃあ今日の特訓はこの辺にして、夜ご飯でも食べに行こうか」


「あれ、もうそんな時間なんですね」


「ねえアヤメ、春日さん。その……あたしも一緒に行ってもいいかしら」


 ちょっと恥ずかしそうに、リーゼロッテが聞いてくる。


「そりゃもちろん」

「いいに決まってますよ!」


 俺と春日は、笑顔で答えていた。


「ありがと。じゃあまずはログアウトしないとね」


 リーゼロッテがスマフォをいじる。

 ところが――リーゼロッテの姿がその場から消えることはなかった。


「リーゼロッテ、どうした?」


「ログアウトができないわ」


「え……?」


 俺もスマフォを操作する。

 だが、確かにログアウトできなかった。

 タップしても反応がまったくないのだ。


「わたしもできません。どうしたんでしょうか?」


「こんなことは初めてね。とりあえずしばらく待ってみましょう。学校側の方で異常を察知してるかもしれないし」


「はい、そうですね」


 リーゼロッテの言葉に従い、俺たちはその場に座って待つことにした。

 だが、しばらくたっても何かが起こる気配はない。

 いい加減ソワソワしてきた頃。

 闘技場の中央に、何やら黒っぽいもやが出現する。


「何だ、あれ?」


「さあ……、あたしも初めて見るわね」


「アヤメちゃんリーゼロッテさん、よく見てください。これって……」


 春日の顔から血の気が引いていく。

 黒いもやはさらに中央に集まっていくと、あるものの形へと変化した。

 真っ黒な光沢のウロコを持つドラゴン。しかも――双頭だ。


「――侵略魔アグレストっ!?」


 リーゼロッテが声を上げる。

 あれが侵略魔アグレスト……なのか?

 生で見るのは初めてだ。春日もそうなのだろう、ただ茫然としている。


 こいつが侵略魔アグレストだとして、なんでこんな場所に出るんだ?

 出現場所は東京の南に位置する海域だと決まっているんじゃないのか?

 俺は事態を飲みこめずにいた。


 すぐに動けたのはリーゼロッテだけだった。

 自動氷壁オートウォールズ飛翔フライングのアプリを起動すると、両手用の氷の剣と2枚の盾を顕現させて、双頭の黒竜に飛びかかっていく。


「ハアアアアアアア――ッ!」


 すぐさま片方の首に斬りかかった。

 しかし刃は通らず、はじき返されてしまう。


「嘘……っ!? それなら――氷柱散弾撃ニードルショット!」


 リーゼロッテがその手から、いくつもの氷柱を放った。

 黒竜は大きく息を吸いこむと、暗黒のブレスを吐き出す。

 その熱量はすさまじく、氷柱はすべて飲みこまれ無効化されてしまう。

 そして暗黒のブレスは、そのままリーゼロッテへと迫っていく。


 リーゼロッテはとっさに2枚の絶対双氷壁アブソリユートウォールズでガード。ブレスをすべて防ぎきることに成功した。


「――霧状の嵐氷結ドリズブリザードっ!」


 すかさずリーゼロッテの反撃だ。

 うずを巻いた吹雪がブレスを吐き終えた竜に向かって飛んでいく。

 竜の頭は――なすすべもなく、丸ごと氷漬けになっていた。


「よし、やった!」


 手応えがあったのか、リーゼロッテが喜びの声を上げる。

 しかし次の瞬間、竜の頭を覆っている氷が、次々にひび割れていって――

 ガラスのような音を立てて、粉々に砕けていた。竜の頭は……傷ひとつない。

 そして何事もなかったかのように、首を伸ばしてリーゼロッテに直接攻撃をしかけた。


「そんな……、きゃああああああ――っ!!」


 氷の盾では勢いを殺すことはできず、リーゼロッテは後方に吹き飛ばされていた。

 ダメージを負いながら懸命に立ちあがるが、もう片方の頭が彼女に向けてブレスを放とうと大きく息を吸う。この無防備な状態で食らったらただではすまない。


「くそっ!」


 俺はリーゼロッテにむかって駆けだしていた。


「――紅蓮の超砲光クリムゾンブラスターっ!」


 同時に春日がバスター砲を射出する。

 今まさにブレスを吐こうとする竜の頭に命中した。しかし――


「え……?」


 春日が茫然としていた。これもまったくの無傷だったからだ。

 轟音とともに、黒竜がリーゼロッテへと暗黒のブレスを吐き出す。

 俺はリーゼロッテをかばうように、前に立った。


「ア、アヤメ!」

「アヤメちゃん!」


 2人の悲痛な声が、俺の耳に届く。

 ブレスが目の前に迫り、俺は固く目を閉じた。

 これを食らったら俺は……ただではすまないだろう。


 ところが――

 いくら待ってもブレスは来なかった。

 …………どういうことだ?


 おそるおそる目を開けてみると、ブレスはどこにもなかった。

 それどころか、双頭の黒竜もどこかに消えていた。


 闘技場は、いつもの景色に戻っている。


「…………」


 いったい何が起きていたのだろうか。

 あまりのことに、3人ともしばらく放心していた。


「……アヤメ、だいじょうぶ?」


「あ、ああ……。今の、何だったんだろうな」


「わからないわ。侵略魔アグレストが南海域以外の場所に出たのなんて初めてだし、しかも何ですぐに消えちゃったのかしら……」


 リーゼロッテにわからないことが、俺や春日にわかるわけもなく。


 そしていつの間にか、

 ログアウトの操作ができるようになっていた。

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