第2章 現実逃避とBBQ

第7話 どうしよう……

「……その、なんというか、大変だったな?」

「まあ、稲葉程じゃないけどな」


 稲葉が引きつった顔で俺を励ます。

 その日、俺は学校帰りに稲葉の一人暮らしをしているマンションに寄って一昨日俺の身に起こった出来事を報告しに来ていた。


 報告と言うよりは、愚痴だったが、稲葉もよく週末に起こった出来事を俺に報告がてら愚痴ってくるのでお互い様だ。

 最近、俺達はよく休み明けにお互いの家に集まっては愚痴っている。

 大体週末には何かしらの事件がどちらかないし両方に起こるので、コレが定番になりつつある。


 表向き、稲葉とすばるは現在お互いの頭を冷やすために連絡を絶っている事になっているが、実際には今もこうして普通に友達付き合いは続いている。

 こうしている方がお互いに色々と不都合が少ないのだ。


「永澤達にはとりあえず仲直りしたと

いう事にするとして、今後はどうやって別れた事にするかだな」

「おっ、遂にすばると正式に別れてしずくちゃんと付き合うのか」

 ため息をつきながら言う稲葉に、俺は食いついた。


「まだそうすると決めた訳じゃないけど、お前にやる気が無い以上、そうするしかないだろ」

「まだ?」

 まだと言う事は、今後予定があるという事だろうか。


「そ、それにしても、将晴髪切ったんだな! どこの美人なお姉さんかと思ったぜ!」

 しかし、それを受けて突然稲葉は話を逸らそうとする。

「あぁ?」

 俺が睨みつければ、稲葉は怯んだように口を噤む。


 確かに髪は切ったし、千円カットだったが思ったよりも良かったし、基本オーダーの事しか聞かれないので楽だったので今度からそこにしようとは思っているけれど、そもそも女装していない状態で女に見られても嬉しくない。

 それに、そんな風に言う事で俺の気を逸らせると思われている事が既に腹立たしい。


「…………そ、それはそうと将晴こそマジでどうするんだよ!?」

「どうするって、何を」

 若干イラッとしながら俺は稲葉に尋ねる。


「弟の方はマンガに専念するにしても、妹はわざわざレベル落としてまでうちの大学に入って来るんだろ?」

 どうやら稲葉は優司と優奈の事を言っているらしい。


「それ、何も解決してないけど一つ報告がある」

「なんだよ?」

 俺が大きなため息をついて言えば、稲葉が不思議そうに首を傾げた。


「うちの大学一芸入試やってるだろ? 優司がそれで大学受けてみないかって担任に勧められて、両親もダメ元で受けてみろって言ってるんだ……あいつ既に商業で単行本を出してそこそこの結果残してるだろ?」

「あー……普通に受かりそうだな」


 そう、それが問題だ。

 どろヌマは現在も順調に売り上げを伸ばしており、それは一芸入試においても大きなアピールポイントとなる事だろう。


「その場合、最悪来年の四月には優司と優奈、両方うちの大学に入学する可能性も出てくる。メルティードールのモデル業もあるから、姿をくらます事もできない」

「……思ったんだけど、大学を辞めた事にしたらどうだ? それか長期休学とか……」

 うなだれる俺に、稲葉が提案する。


「でも大学に問い合わせられたら一発だろ」

「その辺は、相手が疑問を持つより先に情報を提示すればいいんじゃないか」

「大学の他の人間に朝倉すばるの事を聞きだしたら?」

「本人はモデル活動の事を内緒にしてて、学校ではいつも地味な格好だったので、俺と将晴しか知らなかった事にするんだ」


 俺が尋ねるたびに、稲葉が腕を組みながらアレコレと対策を話す。

「なるほど……あ、ダメだ」

 コレならいけるかもしれない。そう思った瞬間、俺はある事実に気づいた。


「なんでだよ?」

 稲葉が首を傾げながら尋ねてくる。

「さっき言っただろ? 永澤と武村。あの二人も優奈の中ではすばると面識を持ってる事になってる」

「あ」


 俺が話せば、稲葉もようやくその事実に気づいたようで、気まずそうに目を逸らした。

 もし優司と優奈が学内で永澤や武村を見つけて、すばるのことを尋ねようものなら、たちまち話の辻褄が合わなくなってしまう。


「ダメかー……もうこうなったらもう、期を窺ってすばるの正体を弟と妹にカミングアウトした方が良いんじゃね?」

 もうそれしかないだろう稲葉は言う。

 しかし、俺は静かに首を横に振った。


「そんなことしてみろ、最悪俺は殺され、優司と優奈は兄弟殺しの罪を背負う事になるかもしれないんだぞ。しかもその殺意を抱いた経緯が特殊すぎて連日ワイドショーとかで報道されたらどうする! そのせいでうちの両親が自殺する可能性だってある……」

「………………いや、流石にそこまではしないだろ」


「惨劇は起きなくても、その後ショックのでかさから、心の傷を埋めようとして非行に走ったり、部屋に引き篭もって誰とも話さなくなったり、違法なクスリにはまったりするかも……!」

「考え過ぎだろ!」


 予想しうる最悪の事態を話せば、稲葉がいくらなんでも悪い方に考えすぎだと言ってきたが、少しでも可能性があるのにそれを無視することなんてできない。


「お前はあの二人のすばるに対する本気具合がわからないからそんな事言えるんだよ! マジで愛が重いんだよあいつら!」


 言いながら俺は優司と優奈の愛が重すぎる言動の数々を思い出す。

 優奈は俺を養うとか今いる彼氏から寝取るだなんだと言っているし、優司もすばるが男だと知ってなお一世一代のプロポーズをしてくる猛者である。


「なんというか、もう少し二人を信じてあげても良いんじゃないか?」

「馬鹿野郎。俺は既に二人がすばるに向けているヘビーな愛を嫌というほど確信しているし、だからこそ、真実を知った二人がとても傷つく事が手に取るようにわかる」

 二人がすばるに抱いている好意が大きければ大きい程、真実を知った時の反動も大きいだろう。


「じゃあ、どうするんだよ?」

「どうしよう……」

 稲葉の問いに俺は頭を抱えた。

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