第19話 信じるものは


数十分前、ユイはギルドから出て行ったリュウケンを追いかけて狩り場へと向かっていた。

王国の騎士たちを引き連れたあの青年はいけ好かなかったが、そんなものは二の次三の次だ。

襲い来るゴブリンを鋼を纏った拳でねじ伏せていく。下卑た笑みはユイをイラつかせるだけで、拳を鈍らせる要因にはならない。

頭蓋を潰したゴブリンには目もくれず、辺りを見渡してリュウケンの姿を探していた。


「あいつはここら辺の地理に疎いはず……いくら錯乱してるからってそんなところに行くほど馬鹿じゃない……でもだったら一体どこまで……」


独り、走りながら思考を張り巡らせていくユイには、ある種の後悔があった。

リュウケンの様子がおかしくなったときにどうして何も言わなかったのだろう。

頭を抱えてため息を再び着くと、ふと、その視界に見たことのある影が入ってきた。


「あれは……魔狼族?」


赤黒くなった毛並みや、鋭く伸びた爪と牙は見た感じ普通の魔狼族と同じソレだったが、一回りからふた回りほど大きかった。

魔狼族がクイっと顔を向けると、尻尾を左右に揺らせながら歩きだす。

少し可愛らしさを感じるが、ついて来いと言われた気分になり、警戒を怠らずについていく。


やがて、魔狼族が立ち止まると、見たことのある場所へとたどり着いた。

そこは、ユイとリュウケンが出会った、裁きの森。勇者が関わり出してから無法地帯となり、今では誰でも入れる仕様になっている。


「まさか、ここにあいつが……?」


いぶかしみながら、ゆっくりと中へ入って行く。

奥へと進んでいくにつれて、血生臭い異臭が漂ってくるのを感じ取った。

それの原因であろう地面に転がっているゴブリンやオークの死体には、同じような切断面があり、どれもがユイには見覚えがあった。

血溜まりを歩いて行くと、その中心に蹲っている人影を見つけた。


「やっと、見つけた」


少しホッとしながら近づいて行くと、その人影は血で汚れた包帯を纏った顔を上げて、幽霊でも見たかのような顔で身構えた。


「な、なんで、アンタが……」

「なんでじゃないわよ。 さ、早く街に」

「俺に、触るな‼︎」


差し出された手を振り払い、リュウケンは折れた大剣を握りしめて威嚇した。


「俺は、やっていない……!」


きっと、リュウケンはユイが自分を連れ戻して勇者に突き出しにきたと思ってるのだろう。

そうやって生きてきたのか。信じられるのは自分だけだと。それ以外に弱みを見せたら明日はないと。


「ええ……そうね」


ならば、誰かがそれを支えなければならない。そんなことを望んでいる彼は、どこまでも純粋な心を持っている。


「でも、きっとあなたは私のことを信じられないでしょ?」


肯定したところで、きっと彼は信用できない。

そもそもユイは、誰も信用して欲しくなかった。


「だから、貴方は私を信じなくて構わない」


それでも手を差し出すのは、彼が知らない彼との、他愛のない“約束”を果たすためだ。


「貴方は、私が信じるに値する貴方のことを信じてくれれば、それでいい」


疲れたような、それでいて慈悲深い優しさを含んだ笑みを浮かべながら、差し出されたその手を、リュウケンはユックリと取った。



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