第17話 いけすかない奴ら


「そういえばユイちゃん、こんなのが出回ってるぜ」


数回のクエスト達成の手続きを終えて、出て行こうとするユイをガトーが引きとめる。毎回の恒例になりそうだ。

差し出された紙には、人相の悪い青年が描かれていた。

紙に書いてある内容を黙読する。


『このもの、異世界から五聖龍様の加護を受けて召喚されたもの。名をリュウザキという。

その身でありながら、この世界のものを殺め、裁きの森より抜け出した大罪人である。

見つけしだい、直ちに騎士団に連絡されたし』


見覚えも、聞き覚えもある話であった。

紙に描かれている人物は、目つきは幾分か優しげだが、顔立ちなどは正しくリュウケンそのものだ。


只者でないと思ってはいたが、まさか相当なお尋ねものとは予想外だった。


「気をつけろよ、何でも、行方不明になったのはこの前の巡回任務あたりらしいからな」


ドンピシャである。

ガトーの勘の良さは昔からだが、こうも言い当てられると本当にバレているのかもしれないと疑ってしまう。


「そうですね……気をつけます」


薄く笑って、リュウケンが待っているところまで歩いて行った。


「あのブラッキーにも伝えといてくれ」


ブラッキーという呼称を聞いて一瞬だけ誰のことか分からなかったが、すぐに思い当たった。

愛称なのか蔑称なのかは分からないが、最近リュウケンが周りからそう呼ばれているのは確かだ。


「本人に言ってくださいよ」

「言ったさ。でも反応しねえからな。確認がてら言っといてくれ」


ガッハッハと豪快に笑ったガトーを見て、クスリと笑いながらユイは手を振った。


「お待たせ、って、何やってるの?」


リュウケンのもとに行くと、そこでは他の冒険者達から絡まれた姿があった。

絡まれていると言っても、悪い意味ではない。


「この前はありがとなブラッキー!」

「おかげで俺らのパーティー誰も死ななかったぜ‼︎」

「今日は俺らの奢りだ飲め飲め‼︎」

「いや……俺はまだ未成年……」

「は? ミセイネ? よく分からんがいいから飲めよブラッキー!」


まるで親戚から可愛がられる少年のように囲まれている。

これまで、様々なクエストをこなしていったユイとリュウケンは、それなりに顔も広くなっていった。

中でも、リュウケンは他のパーティーが危機に陥っていると考えなしに助けに入っていくため、評判が回っていったのだ。


「すいません、そろそろ彼を放してもらえませんか?」

「お、ブラッキーの嫁さんがきたぞ! お前ら放してやれ!」


冒険者の一人が酔っているのか、ふざけた事を抜かす。

違うと反論するが、やはり酔っていて聞く耳を持たない。

その光景を見て一つため息をしたユイは、面倒になり無理やりリュウケンを引っ張っていく。


「大丈夫?」

「これで大丈夫だと思うか?」

「顔も見えないのに分かるわけないっての」

「…………少し、疲れた」

「はいはい。素直でよろしい」


にっこり笑うユイに、多少のイラつきを感じながらも、剣斗は黙り込んだ。

最近、ユイと様々な依頼をこなしていった剣斗は、徐々に他人と会話をするようになっていった。

ユイにとっては良いことだが、剣斗にとってはあまりよろしくないことだ。

剣斗の最終目標は今のところ王国側に復讐をすることだ。

それには、余計な感情は重荷になる。

それが剣斗にとっては嫌だった。


「さて、今日はとりあえず帰ってご飯にでもしましょうかね」

「おい、俺はまだやれるぞ」

「はいはい、文句は一人立ちしてから言いなさいね〜」


ヒラヒラと手を振るユイに、剣斗は苛立ちを隠しながらフードを目深に被って着いていく。


「あれ?」

「ッ、おい、いきなり止まるなよ」

「あ、ごめんね。でも、なんか人垣ができて……」


ユイが立ち止まったことで、剣斗よりも少し背が低い彼女の頭に鼻をぶつけた。

その視線の先には、ギルドの出入り口前に出来上がっていた人垣に向けられている。


「みんな、俺の言うとおりにしてくれ!殺人犯を捕まえるためなんだ!」


冒険者ギルド全体に聞こえるほど声を張り上げていたのは、端正な顔立ちをした青年だった。

見たところ、未だ成人もしておらず、新品の鎧を身に纏っている新参者といった風貌だ。

その背後には、数名の実力者と思われる騎士や魔術師が控えていた。


「俺たちは、裁きの森から抜け出した殺人犯を追ってるんだ! 知ってることはなんでも話してくれ!」


命令するその口調には、正しいことをしているのだという意思を感じさせた。


聞き覚えのあるその声に、剣斗の身が震える。それは、恐怖によるものではない。

自分を虐げ、殺意を持ってぶつかってきた相手への憎悪だった。


怒りで身を震わせる剣斗を見たユイは、不審に思いながら手を添えた。


「どうしたの? 何かあった?」


優しく聞いてくるその声に、剣斗は落ち着きを少し取り戻した。

正直ユイがここまで優しくしていると気味が悪く感じてしまうが、それはどうでもいい。


「いや……何でもない……」


歯を食いしばった剣斗は、淀んだ瞳で天城を睨む。

それに気がついたのか、天城は人垣を縫いながら此方へと向かってきた。


「お前、さっきから挙動不振だけど、一体なんだ」

「は? あなた、いきなり何を」

「お嬢さんは黙っててくれ。怪しい奴は1人残らず」


そう言いながら剣斗の顔を覆っているフードを取ろうと手を伸ばす天城。

だが、その手が届くことは無かった。


「な、何を!」

「いい加減にしなさいよこのボンボン」


今までにないほどの怒りを孕んだ声を発したユイが、天城の手首を捻り上げた。


「は、離せ! 俺を誰だと思って」

「それ以上喋るなら折るわ」


本気である。そう眼が物語っていた。


「リュウケン平気だった?」

「ッ…………!」


声をかけられた剣斗は、一目散に出口へと駆け出していった。

その背中は、どこか出会ったばかりの彼を思い出させてしまった。


「い、いい加減離せ!」

「……んたのせいよ」

「は?」

「あんたのせいで……」


怒りに震えるユイには、天城が何かを言おうとしてることなど聞こえていない。


「あんた、とても不愉快だわ」

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