第11話 森の支配者


巡回任務が始まり、2時間程度が経過した。

ユイは小隊の中心辺りに位置していた。最も逃げづらく、周りの者からは、最も盾にしやすい位置だ。

ユイ以外の人達は、談笑しながら歩いている。明らかにやる気があるとは思えない様子である。


「では、そろそろ休憩と行こう。各員、食料を出して、腹ごしらえだ」


ドルハムがそう言うと、隊員達は各々と固まりながら食事を始めた。

ユイはそれを見ながら警戒を解かずに、武器の手入れをしていた。

彼女が使っている武器は、短剣と言うには大きく、ロングソードと言うには短い中途半端な長さの剣だった。

だが、使い込まれていながらキチンと手入れがしてあり、愛着を感じさせた。

もう一つは、右腕に付けられている少し大きめの籠手だ。

紅く染まったそれからは、防御力と言うよりも、何か別の用途があるように思えた。


「おい冒険者、飯も食わねえで武器の手入れとは、意識が高いですなあ‼︎」

「構うな構うな、銀等級とはいえ平民出の底辺だ。俺たちみたいに余裕がねえのさ」


ゲラゲラと笑いながらユイを指差し笑う騎士達。彼らからは緊張感のかけらも感じられない。

それに目もくれず、ユイは装備の手入れを進めていく。

その態度が気に食わなかったのか、携帯食を持って騎士の1人がこちらへと歩いてきた。


「おい人が話しかけてやってんだから返事くらい……」


騎士達が言おうとした言葉は、最後まで放たれることはなかった。


バツン!


何かを断ち切るような音が、彼の言葉を遮ったからだ。

ユイは不思議に思い、顔をそちらに向け、目を見開く。

その騎士の頭の上部が、何かによって断ち切られていたからだ。

ビチャリと水気のある音を立てながら、その身体は地面に倒れこみ、血の海が瞬く間に出来上がった。


「え…………」


誰が呟いたのか、その漏れ出た声を皮切りに、騎士団の人間たちは悲鳴をあげて逃げ惑い始めた。

偉そうにしてた割に、経験はかなり不足してると見える。こんな状況で走り回れば格好の獲物だ。


それ見たことかと言うように、次々と騎士達の腕や脚に何かがまとわりつき、それを引きちぎっていった。

それはもちろんユイにも同様で、四方八方から何かが飛びかかってくる。


「この……‼︎」


手入れ途中だった剣を逆手に持ち、飛びかかってきた何かを迎撃する。

ガキン、と金属がぶつかり合う音がし、強い獣臭さが襲ってきた。

木の影と日が落ちてきたこと、対象の動きが早すぎたことが原因で相手が何か目視できた。

赤みを含んだ毛並みに、鋭く光る黄色の眼光。そして、音を切るような神速の攻撃。


「魔狼族の戦士か!」


剣を噛み砕かんとするほど力を込めた顎に、籠手を取り付けた右手拳を握り、一気に魔狼の顔面に叩きつけた。

バキリと嫌な音が鳴らしながら転がっていく。

拳についた血を払いながら、騎士団を襲っている魔狼族の群れへと向かって剣を投げつけた。


それは線を描きながら飛んでいき、魔狼族の胴体を貫いた。先ほど殴りつけてなお絶命していない魔狼族の頭を踏みつけながら、さらに襲い来る牙を拳と剣で迎撃していく。

だが何体倒しても、次から次に湧いて出て来る魔狼族は、一体一体がそれなりに強い。練度の低い騎士達を守りながらではジリ貧だ。


「嫌だ、嫌だぁ!」

「助けてくれぇ‼︎」


恐れ戸惑う騎士達は、統率など取れずに魔狼族の餌食となっていく。


「ッ、全員そこから動かないで‼︎」


怒声をあげながらユイは走り出す。死骸に刺さっていた剣を引き抜き、向かって来る魔狼族の頭蓋を拳で砕き伏せ、逆手に持った剣で首を落としていく。

段々と剣が摩耗していき、右腕の籠手には血がこびりついていく。


ーこのままじゃ、“奥の手”を使わないと…………


右手に魔力を込め、奥の手を解放する真言を唱えようとしたその時だ。

突然、魔狼族からの攻撃が止まった。


「一体…………なにが…………」


訝しみながら戦闘態勢を崩すことなく構える。

そうしていると、どこからか声が聞こえて来た。


『去れ』


低く、唸るような声に、思わず身がすくむ。威圧しようという気を感じ取ることはなく、淡々とした雰囲気を漂わせていた。


『この森すでにお前達の物ではない。彼ら魔狼族の戦士の物だ』

「あいにくと、私も依頼なので、そんな簡単には引き下がれません」


拳を握りながら、ユイは気丈に振る舞った。見えない敵がこれほど恐ろしいと思ったことはない。

下手に出れば飲まれると思っての行動だったが、効果があるかどうか怪しいところだ。


『ならば、少なくとも騎士団は下がらせろ。魔狼族の誇りを汚し続けたそいつらに、ここに入る資格はない』


それを聞いて、騎士達は傷口を抑えながら口々に喚き散らす。


ふざけるな。


何様のつもりだ。


我々は誇り高きヴァルキリス王国の騎士団だ。


獣風情が調子にのるな。


不用意に醜く喚く彼らを黙らせようと、睨みつける。

それとほぼ同時に、騎士団長の頭が飛来して来た何かによって跳ねた。


「……………………おぇ」


誰かが吐いた。


まだ食い千切られた方が現実味がなく、精神的なダメージも少なかっただろう。

だが、目の前で、あまりに呆気ないリアルな死を見せられたことで、騎士団の闘志は完全に折れていた。


『警告はした』


傾く陽の光に照らされ、その謎の声の主が現れる。

手には武骨な形をした反りのある長剣。

その身は魔狼族の物と思しき、赤黒い毛皮に身を包み、その隙間からは、惨たらしい傷痕と、魔狼族特有の紅色に輝く眼光がのぞいていた。


ユイを含む生存者は理解した。


この戦士こそが、


『これより、魔狼族の命と、誇りを守る戦いを始める』


この森の真の支配者だ。

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