第2話 異世界にて


彩音が目を覚ました時、そこは見馴れた教室ではなく全くの別世界だった。


まず彼女の目に入ってきたのは、天井に輝くシャンデリアだった。

まず日本ではそうそう見ないような豪奢な作りに、彩音は目を奪われ惚けてしまう。

よくよく周りを見渡すと、自分以外のクラスメイトが、某RPGゲームで言うところの王の間で倒れている。

だが、その中にどうしても剣斗の姿を見ることができない。


「おい……そろそろいいか……」


キョロキョロと剣斗を探していると、彩音は自分の下から声がするのを耳にした。

まさかと思い、ゆっくりと下を見る。


「あ……えっと……」


こちらを見つめている鋭い視線は燻んだ茶色の輝きをシャンデリアの光に反射させ、ところどころ跳ねっけのある長めの髪は床に叩きつけられたせいか、汚れが付いている。

そんなほぼ毎日見ている、というよりも見ようとしている顔が自分の下にある。


つまりは、自分が剣斗の上に乗っかっているということだ。


「わきゃあああ‼︎⁉︎」


彩音は素っ頓狂な声を上げながら剣斗の上から飛び退いた。

当たり前だ。あそこまでの至近距離に異性がいたら誰だって驚愕する。

だが、おそらく地面に叩きつけられるのを庇ってくれたであろう剣斗に対して、失礼な態度であることは彩音も分かっていた。


「ご、ごめんね……竜崎くん、大丈夫?」

「ああ、大丈夫だ……問題ない」


ボサボサになった髪を掻き毟り、剣斗はいつものように無愛想な返答を返す。

そんないつも通りの態度に、彩音はどこかホッとした。

立ち上がった剣斗が、躊躇いながらも彩音へと手を差し出した。

ぎこちない彼の態度だが、そこから感じられる優しさは本物だ。

一抹の気恥ずかしさはあるが、その優しさに甘えたくなり、手を取ろうとする。

取ろうとしたのだが、


「彩音!大丈夫か⁉︎」


それに割って入ってきた人物がいた。

薄い金髪の髪を逆立てたイケメン。誰もが憧れるであろうカリスマ性を持つ、天城光牙だ。

伸ばされた彩音の手を取り、キラキラと効果音が鳴りそうな笑顔を振りまいた。


「無事で良かったよ彩音。怪我とかはしてないか?」

「あ……うん…大丈夫。竜崎くんが庇ってくれたし」


彩音が苦笑いをしながら光牙に言うと、彩音に向けていたその目を自身の後ろにいた剣斗へと視線を向けた。


「そうか……ありがとう竜崎。お前でも誰かを助けたりするんだな」

「………………」


どこか、剣斗のことを見下したかのようなそのセリフに彩音はどこか引っかかりを覚えた。

だが、剣斗はそれに対して特になにも感じなかったようで、光牙のせいで所在を無くしてしまった手を閉じたり開いたりして在りかを探している。


「そ、そういえば、クラスのみんなは……」


もしかしたら、自分達だけなのではないかと不安に思い、彩音が辺りを見回していると、そこはやはりRPGゲームで言うところの「王の間」といった場所で、床にはクラスメイトたちが横たわっている。

その中に静がいる事を確認した彩音と光牙は、急いでそちらへと向かっていった。

どうやら無事なようで、逆に彩音が無事だったことに安堵した表情を見せている。


それから段々と、他の生徒たちも目を覚まし始め、ザワザワと騒ぎ始める。


ここはどこなのか。


どうして自分たちがここにいるのか。


ちゃんと家に帰れるのか。


そんな事ばかりを友人同士で話している。


そんな姿を、剣斗は一歩離れた場所から見ていた。

表面上は冷静に見えるが、頭の中は混乱していて自分でも何を考えているのか整理しきれていない。


「マジで……どこなんだよ此処は……」


そう、誰にも聞こえない程度の声で呟いた。


その時だ。


「随分と落ち着いてるんだね。貴方は」


どこか弾んだ、幼げな声が隣から聞こえた。

突然のことに驚き、剣斗は勢いよくそちらへと首を向けたが、そこには何もなく、誰かがいた気配すら残っていなかった。

何か、大切な何かを見落としている気がするが、今はそれを確かめる手段がなかった。


「なんだよ……いまの……」


あまりに不可解な出来事に呆然としていると、この空間によく響き渡る女性の声が聞こえてきた。


「勇者の方々、どうか御静粛にお願いいたします」


そこまで大きな声ではなかった。

しかし、どこか威圧感を放った声に、今までざわついていた生徒たちが黙り込んだ。


その声の主人は、虚ろな瞳を持った神秘的な雰囲気を纏う少女。手には金色の錫杖を携え豪奢なドレスを身につけている。

その周りには、少女によく似た顔たちの少し濃いめの金髪を持った女性と、修道士のような服を着ている男たちが並んでいた。


「落ち着きなられたようで何よりでございます。それでは、国王の元へとお連れしますので、こちらへお越しください」


少女の言葉に、誰もが混乱し、再びざわつき始める。

当たり前だ。

見知らぬ場所に放り出され、ついて来いと言われても従えるわけがない。

肝心の担任教師はアワアワと混乱している。

これを収めるのは少なくとも剣斗の役目ではない。


「みんな、とにかく落ち着いてくれ!」


大きく、よく響く声。


誰かといえば、当然クラスの中心人物の1人である天城光牙だ。


「俺たちがどこにいるのか分からないし、これからどうなるかも分からない。でも、とりあえずあの人は何かを知ってる。今はあの人に付いて行った方がいいと思うんだ」


なんとも前向きで向こう見ずな提案。しかしながらそれしか選択肢がないのも事実だ。

それだけでなく、天城光牙という人物が言うことこそに意味があったのであろう。

そのカリスマ性は全員を納得させるだけの力があった。誰もが頷き、光牙へと続いていく。


道中、少女がこちらの世界の話をしていた。内容は実に在り来たりなネット小説のようで、余分な話を全て省いて纏めるとこういうことだった。


剣斗たちが呼び出された国は、ヴァリキルス王国と言い、国教は聖龍教というらしい。

そして、この世界は現在進行系で「災厄現象」という災害の脅威に晒されており、それが原因で人口は激減。滅亡の危機に瀕している。

それを阻止するためにはどうすれば良いのかと頭を悩ませていた時、神託があったそうだ。

誰からかと問われたら、少女は恍惚な笑みを浮かべながら説明した。


「全ては聖龍さまのお導きなのです。聖龍さまが貴方様方を呼び寄せるよう御命じになったのです。ああ!なんと素晴らしいことでしょうか‼︎」


つまり、自分たちを呼び寄せたのは聖龍さまとやらの命令であり、こちらの意思などは関係ないということである。

全くもって腹立たしい。


ふざけたこの世界。

意思のない者たち。

どうやら、ロクなことにはならない。

剣斗はそんな予感を覚えざるを得なかった。

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