恋の音


HRが始まる前、



「何ぼけーっとしてるんだ?」

「……はいっ?!」



瀬戸内の手伝いとして古本の整理をしていた詩春だが、あまりのぼんやり具合に瀬戸内から突っ込みが入った。



「寝不足か?」

「い、いえ!全く!」



昨夜は22:30にベッドに入った詩春は規則正しい生活と言えるだろう。



「そうか?あまりぼけっとしてるとドジな水瀬は足元のダンボールに躓きそうだから気をつけろよ」

「一言余計です!」



そう反論した詩春だが、



「きゃっ…」



見事に足元のダンボールに躓いた。



「……っ」



——ボスッ



それを受け止めた瀬戸内は大きくため息をついて詩春の頭にチョップを入れた。



「はぁ、全く。実行してどうする。

気をつけろって言っただろ。だからドジなんだ」

「ご、ごめんなさい。返す言葉もありません…」



そう言って態勢を立て直すと、ハッとした様子で自身の胸に手を当てる詩春。



「ん、何やってんだ?」



その姿を疑問に思った瀬戸内が片手で本を肩にかけながら声をあげた。



「……ドキドキしてるかを確認してるんです」

「……は?」



何やら神妙な顔をした詩春に思わず口をポカンと開けたままの瀬戸内。



「んー、やっぱりわからないですね」



何事もなかったかのように本の整理を始め出す詩春。



「おい…」

「はい?」

「……いや、やっぱりいい」



詩春を呼んだ瀬戸内だったが、少し考え込んでから口をつぐんだ。

しかし、どうしても耐えられなかったのか詩春を見て口を開いた。



「水瀬。一言だけいうが、あまり他の男の前でそういう事はするなよ」

「そういう事?ですか?」

「……無自覚か」



呆れたように額に手をやる瀬戸内。



「もういい…」

「えっ?気になるじゃないですか!」

「さっさと終わらせるぞー」

「先生!無視はよくないです!」



そんな会話を繰り広げながら、二人は古本の整理を進めた。




————————————————



それから時は進んで4限目。



「はぁはぁはぁ…」

「あー、長距離走ってキツくない?」

「いや、まだ私はそんなに疲れてないが」



そんな会話をしてるのは詩春と美久と郁の三人。

今日の体育の授業は長距離走だ。



「郁は…結構…体力あるわよね」

「いや、だが結構疲れてはいるぞ」

「「それにしても…」」



そう言って二人が見たのは一人息切れしている詩春。



「詩春大丈夫か?」

「はぁはぁ、もう…疲れた」

「詩春はやっぱり体力ないわね〜」



そんな会話をしていると、



——ピピーッ



長距離走終了のホイッスルが鳴った。

それとともに先生の解散の声が響いた。



「はぁはぁはぁ」

「つっかれたー!」

「二人とも急に止まるな。少し歩いた方がいい」



郁の一言でゆっくりと校舎に向かう三人。



「ん?詩春は何やってるの?」

「手を胸に当てて…どうした?」



教室に向かう途中、詩春の行動を不思議に思った二人は訝しげな顔をした。



「心臓が速いなって…」



その答えにそのまま二人は顔を見合わせた。



「何当たり前のこと言ってんのよ?」

「運動してる時や運動が終わった後は人間誰でも鼓動は速くなるぞ」

「運動…」



そう言って詩春が思い出したことは一生懸命バレーに取り組んだこと。



「そっか!」



(だから心臓がドキドキしたんだ!)



心の中での事故解決に、またしても美久と郁は顔を見合わせた。

ちょうどその時…—



「お疲れ!」

「わっ」



同時刻に体育が終わった恭弥が美久の頭を撫でた。そのはずみで美久はバランスを崩し、立ち止まった。



「なっ、何すんのよ!危ないでしょ」

「悪い悪い。…ってあれ、もしかして今日長距離か?顔赤くなってんぞ」



そう言うと恭弥は美久の頰に触れた。



「なっ、なっ…」

「おーい、恭弥!購買行くぞ」



美久が口を開けたまま動揺していると遠くからクラスの男子の声が聞こえてきた。



「おー、今行く。じゃな!また後で」



その声と共に恭弥は男子グループの所に駆けて行った。



「……何なのよ」



そう言って美久は何気なく手を胸元に寄せた。



(……鼓動が速い)



その様子に気がついた郁は少し意地悪そうな顔をして詩春に目を向けた。



「そうだ、詩春。心臓が速くなる時は他にもある」

「えっ!どんな時?」

「それは……恋をしている時だ」



その言葉に数秒の沈黙が流れる。



「あたしは恋じゃないわよ!」



それを破ったのは少し早口の美久。



「別に私は美久とは言ってないぞ?

それより早く教室に戻らないとお昼休みが終わってしまう」



またしても意地悪な顔をした郁が一足先に歩き始めた。



「あっ、郁ちゃん!待ってよ〜」

「郁!待ちなさい!」



あの時のドキドキは……



このドキドキは……



わたしだけが知ってる



あたしだけの秘密の



初めて感じた



幼い頃から隠し続けてる



——…恋の音



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