加速する鼓動


「落下地点に前足を入れるように意識して重心を移動して」



あれから詩春は藤永にお願いして放課後の特訓をしてもらっている。さすがに毎日ではないが、お互い当番である図書委員の仕事の時に日程を決めているのだ。

もちろん言い出した白河もいるのだが、当の本人は木に寄りかかって座ってしまっている。



「うん、だいぶ良くなってるよ」



詩春が打ち返したボールを地面に叩いてバウンドさせながら褒める藤永の姿は、さながら名プレイヤーのようだ。



「あと欲を言うなら、頭は下げないことかな。手だけでボールを受けてちゃ駄目だよ」



それで、と前置きすると



「お前が言い出したことなんだからちゃんと教えてやれよ」



座っている白河を睨む藤永。



「だからちゃんと見てるじゃない?」

「見てて思ったことは?」



相変わらずの適当な返事に藤永がため息をついてからアドバイスを求める。

すると白河は少し考えてから立ち上がるとレシーブの構えを取って続けた。



「詩春ちゃんは目線が上下し過ぎかな。もっと視線を定めて…ボールに上目遣いするように捉えることを心掛けてみて?」



予想よりもしっかりとした発言に固まる詩春だが、ハッとして



「わ、わかりました!」



と返事をした。



「白河はああ見えてしっかりしてるから驚いた?」



冗談交じりに笑う藤永に遠慮しながら頷くと、また木に寄りかかっていた白河が楽しそうに抗議している。それに対して突っ込んでいる二人はやはり腐れ縁というだけあって仲が良い。



「あ、詩春ちゃん。まだ視線直ってないなー」

「あっ、ごめんなさい!」



申し訳なさそうに謝る詩春に、



「いやいや、簡単には直ったらオレ達が教える意味が無くなっちゃうからいいんだよ~」



そう言って「よいしょ」と立ち上がると、今度は詩春に近づいた。



「藤永、ボール」

「ああ」



藤永から渡されたボールをキャッチして、片手で掴む。

そしてそのまま詩春にレシーブの構えをさせると、斜め上にあたる位置にボールをかかげる。



「ここを捉える時に、視線を上目遣いにしてみて」

「こう…ですか?」

「視線はいいけど構えが疎かになっちゃってるよ」



言われたように挑戦する詩春だが、なかなか上手くいかない。



「んー、藤永ボール持ってて」



そのまま藤永に向かって「ほいっ」とボールを投げ返す。



「こういう感じでいいのか?」

「うん、いい感じ。やっぱり止まってた方が最初は楽だったね」



そう言って、まずは止まったボールで体の位置を教えることになった。



「このボールに対しての体の向きはどうなる?」

「こうですか?」

「うん、そうだね。じゃあこれは?」



先程と打って変わって本気でレクチャーし始めた白河。

藤永はボール役となってしまったが、二人の本気の練習に



(手伝って良かった)



と思っていると、ふとボールを見つめる詩春と目が合った。



「……っ!!」



バッと勢いよく視線を逸らす藤永。

彼が見たのはほんのり上気した肌に、少し上がった息の詩春の姿。加えて上目遣い。



(何考えてんだ俺は…)



藤永は自己嫌悪からしゃがみ込んで首に手を当てる。すると首からドクドクと鼓動が伝わってきた。



「藤永さん?大丈夫ですか?」

「あ、ボール役疲れた?ちょっと休憩しよっか~」



(……速い)



突然座り込んだ藤永を疲れたせいだと思った二人は声をかける。



(……俺、どうしたんだ?)



しかしそんな彼の耳に二人の声が届くのは数十秒経ってから…—










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