交わる視線



——放課後



「じゃああたしは部活行ってくる!

委員会頑張りなさいよ〜」



ジャージ姿の美久ちゃんがイキイキとした笑顔で手を振ってきた。



「うん!美久ちゃんも部活頑張ってきてね!」

「怪我しないようにな」



二人で美久ちゃんを見送ると、郁ちゃんとは教室で別れわたしは職員室に向かった。



——トントン



「失礼します、水瀬です。

図書館の鍵を借りに来ました」



図書館の受付に入るには鍵を借りなければならず、それはこうして職員室まで来なければならない。



「じゃあ、これよろしくね」



中央棟の二階に設けられた図書館は一人では見守りきれない広さである。

揃えられた本は雑誌から小説、漫画にまで至るのだが利用する生徒は日によってまちまちだ。


わたしはこの穏やかな雰囲気が好きになった為、図書委員になることを選んだのだ。



「すみません。この本借りたいのですが…」

「はい、貸し出しですね。学生証をお預かり致します」



図書委員の仕事は、生徒が本を借りるときに誰が何を借りたのかチェックすることと、返却された本を元の場所に戻すといった事務的なこと。



「お、水瀬。早いな」



そこにやってきたのは瀬戸内先生。

瀬戸内先生はまだお若いのに図書館の管理も行なっているのだ。



「水瀬、悪いが今日はこれから会議が入ってるから暫く留守にする。何とか五分前には帰って来られるようにはするが、最悪図書館閉めて帰ってもらえるか?」

「あ、わかりました!」

「確か二年のもう一人の担当も来てくれるだろうからすまんが任せたぞ〜」

「はい!会議頑張って下さいね!」

「お〜、ありがとな」



瀬戸内先生を見送ると返却ボックスに入っている本の量を確認した。



「今日は返却の本が多いなぁ…」



すると、中には今までの当番中で見たことのない最多の本が入っていた。



「よいしょっ…と」



一冊一冊丁寧に本を取り出すと、片付けやすいようにそれぞれの背に書かれた番号の場所を割り振る。



「確かもう一人お休みだった図書委員の方がくるはずなんだけど…」



ひとまずもう一人の図書委員の方が来るのを待って、今は貸し出しと日誌をつけることを優先した。



「……」



下校時刻三十分前。日もだいぶ暮れてきて、外からは賑やかな声が聞こえてきた。ちらりと時計を確認したがもう人が来る気配はなかった。



「しょうがない…か」



わたしは一人で本を片付けることを決意した。



「これが…ここ。それでこの本がこっち…」



脚立を使いながら本を元の場所に手早く戻していく。まだ慣れてはいないもののこういった単純作業は嫌いではなく、むしろ好きだ。


時計を確認すると、下校時刻十五分前。

あと少しすれば瀬戸内先生も会議から戻って来るだろう。



——ドタドタ ドタドタ



「ふざけるなっ!そんでついてくるな!」



ぼんやりと考えていると廊下から怒鳴り声と足音が聞こえた。



——ガラッ



「遅くなってすみません!」

「そんな慌てなくてもいいじゃん〜」



二人の声が聞こえたかと思うと、図書館内に入ってきた。だがもう利用時間は過ぎてしまっている。



「あの、利用時間は過ぎて…」



なんとか仕事が終わった為、本棚の間からヒョコッと顔を出すとその場には二人の男の人がいた。



「あっ、君は確か今朝の…」



よく見るとそれは今朝ぶつかった男の人で、わたしは勢いよく頭を下げた。



「その節は大変失礼致しました!

…藤永さん、ですよね?」



先程の名前を呼んでみる。



「そうだけど…。あれ、でもなんで知って…」



当たっていたようだが、クリーム色の髪をした男の人がわたし達二人を交互に見て首をかしげた。



「上履き見たんでしょ〜」



ふにゃふにゃとした様子で話すその人は童話で見る王子様のように綺麗だった。



「あらら〜。そんなに見つめられたら恥ずかしいんだけどな〜」

「白河は黙ってろよ」



そう言ったかと思うともう一度私に向き直って頭を下げた。



「俺この前の委員会欠席してて…。俺が今日担当だったらしいんだけどコイツが何も連絡よこさなくて」

「だってそんなに真面目にやらなくてもって思ってさ〜。堅苦しすぎだよね〜」

「仕事なんだから真面目に取り組むのは当たり前だろうが」



『下校時刻十分前です。生徒の皆さんは帰り支度を整え、時間内に門を出て安全に帰宅しましょう』



またも二人の争いが始まろうとしたが、それは校内放送によって遮られた。



「…とにかくごめん!

もう仕事終わっちゃった…よね」

「あ、えっと…。はい…」



男性との慣れない会話に少し恥ずかしくなる。



「どうしよう。本当にごめん…」

「気にしないで下さい!今日は特に問題もなかったですし、大丈夫ですから!」

「でも…」



二人で押し問答をしていると、その様子を見ていた王子様のような男の人がわたしの腕をグイッと引っ張った。

思わずギュッと目を瞑ると、背中に温もりを感じ、後ろから髪を撫でられた。



「なんかこの子可愛い〜」

「……やめろって」



髪にあった温もりがスッと離れると、目の前には藤永さんが立ちはだかっていた。



「そんな恐い顔しないでよ〜♡」

「引っ付くな!鬱陶しい!」



また二人が暴れ出した時、



——ガラッ



「水瀬、いるか?遅くなった」



瀬戸内先生が戻って来た。



「思ったより会議が長引いて…」



息を切らしてる様子を見ると、急いで来てくれたのだろう。瀬戸内先生はパッと視線を二人に向けるとため息をついた。



「問題児白河がどうしてここにいるんだ」

「んー、藤永がついてきてってうるさくて〜」

「こいつが勝手についてきただけです」

「お、藤永。体調良くなったんだな」

「はい。ご迷惑おかけしました」

「もう帰ろうよ〜」

「そうだな。もう下校時刻だから二人仲良くさっさと帰れよ」



そう言うと瀬戸内先生はカウンターの中に入って行き、わたしもお二人に一礼して荷物を取る為にそれに続いた。



「水瀬〜。日誌はこれか?」

「そうですよ!サインだけお願いします」

「本当に水瀬は真面目で助かる」



そう言いながらちゃんと目を通したのか定かでない様子でサラサラとサインをする先生。



「これでよし…」



パタンと日誌を閉じると、鍵を片手に窓の外を見た。



「日も伸びてきたな。まぁ、ついでだから校門まで送っていく」



そう言うと、フラフラと歩き始めた。



「早く来ないと鍵閉めるからな」

「あ、待って下さい!」



わたしは先生の悪戯な笑みに慌てながらカウンターを出た。










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