3 スカイツリー

「ちょっと待って……スカイツリー高くない?」

 建物の高さじゃなくて、入場料。

 人でごった返す券売エントランス前。東京タワーよりおおよそ二倍の入場料、長蛇の列。

 いろいろと、これちょっと無理かも、と思う。

 雷門通りをぶらぶらし、途中で昼食を取って、隅田川も間近でちゃんとこの目に収めて、スカイツリーに到着した時には既に随分と財布は軽くなっていた。

「ヒヨリ?」

「…………」

 返事もしないで突っ立ったままの私に、首を傾げるカミサマ。

「どうしたの?」

「ごめん……ちょっと今日スカイツリー無理かも」

「え……」

 カミサマは目を見開く。私たちの両脇をたくさんの人がすり抜けていく。代替案になりそうな水族館もプラネタリウムもスカイツリー付属の施設内にあるけれど、入場料はこれまた高い。

 スカイツリーめ、足元を見やがって(実際今私たちがいるのはスカイツリーの足元で)。東京タワーの良心的な値段設定を見習え、お高く止まるな! ……あ、もしかしてこれってカミサマが言ってた「驕り」? ……なんて、そんなわけないか。

「……昇らないの?」

「ごめん……ちょっとお金足りない」

「え――――――! やだー! 昇りたい昇りたい!」

 カミサマは声を荒げる。ちょっと、ちょっと静かにして。刺さる視線から逃げるようにとりあえず外に出て、広場で腰を落ち着ける。

「ごめんね……無理なものは無理だよ」

「むぅ……だって……」

 そもそも私はお金を使ってあげている側なんだから、カミサマが気を悪くするのはおかしいだろう。普通は遠慮するものだと思うけれど……。なんて、そんなことを「神様」に言っても仕方ないのかもしれない。私も祖父母みたいに、神様はおもてなしするものだと思えばいい? ……簡単に言わないでよ。

 でも、何故だか私は申し訳ない気持ちになる。目の前で心の底から凹んでいる様子のカミサマ。口を尖らせて俯いて、両足をぶらぶらさせて。

「……ソラマチぶらぶらしよ。大丈夫、きっと楽しいから」


 ソラマチは、スカイツリーの根本部分にある屋内の商業施設。お土産屋を始めとして、様々なお店が連なっている。観光客向けの日本的な商品展開を中心に、バラエティに富んだ造りの商店たちに、最初は不機嫌だったカミサマにも少しずつ笑顔が戻っていった。

「あ……ねぇカミサマ、この階行けばもしかしたら高い所からの景色見えるかも」

 施設内の案内パネル。何台かあるエレベーターの停止階が図に書き込まれていて、その中のひとつが30階、31階にあるレストラン階まで伸びていた。

「行ってみる?」

「うん!」

 スカイツリーに昇れなかったせめてもの埋め合わせ。望むような景色が見れると、いいんだけど。



「わー! すごいよ! ねぇ!」

 31階でエレベーター降りてすぐ、右手側の階段近くの窓ガラスから、東京の街並みを眺めることができた。二本の川――隅田川と荒川を望む、東京の北東側の風景。

 お昼時も過ぎたからなのか、人はあまりいなく(景色を見たいのならすぐ隣にスカイツリーがあるからだろうけれど)、窓ガラス前のソファーにはおそらく地元の人であろう、手ぶらの老人たちがのんびりと座っていた。

 スカイツリーの展望台ほどではないにしろ、ここだって地上150メートル程度の高さはあるらしく、景観を楽しむには十分だ。東京タワーとはまた違った風景が、眼下に広がっている。

「……にしてもここ、穴場なのかな?」

 窓の下の出っ張りに膝立ちになったカミサマは、窓ガラスにおでこを貼りつけて食い入るようにして風景を眺めている。

「おー……」

「……聞いてないね」

「ヒヨリ、すごいよ、雲の影が、はっきりわかる」

 カミサマに言われたことを意識して、街を見る。地上の一部分だけが陰っている。それは雲が作る影。ここまでの高さに来ると、それが分かる。

「あ、あれってスカイツリーの影だよね⁉ おっきいな~」

「日照権問題がありそうだね」

 社会科の授業で聞きかじった単語を、適当に言ってみたりして。



 ロの字型の31階をぐるりと回ってから、30階に降りてまたぐるりと、他に景色が見えるところはないかを探す。すると30階で、ここから西側の東京を一望することができる場所に行きつく。眼前には巨大なスカイツリー、その先は東京の街。一際高いビルが連なっていて、方角的にもおそらくは東京駅周辺で間違いない。

「あの辺多分有楽町とかで……」「あれ東京タワーじゃない?」「あ、あれ都庁だよ、ほら、二本並んで立ってる」「じゃああっちが池袋の方かなぁ……あれがサンシャイン?」

 スマートフォンの地図アプリ片手に、カミサマと一緒になって建物の答え合わせ。

「ヒヨリ物知りだね~」

「……いや、別にそういうわけじゃないと思うよ」

 むしろ田舎者だからこそ、余所者だからこそ、こういう知識はつくわけで。

 こんなことを知ったって、都会人になれるわけじゃないのに。


「ヒヨリ、ありがとね」

 ぼんやりと二人、お金のかからない場所で風景を眺めながら、どれくらい時間が経っただろう。陽が少しだけ落ちてきて、ちょうど私たちを強く照らす。

 往来する客の穏やかな騒めきの中、カミサマはぽつりと呟いた。

「……うん。スカイツリー、昇れなくてごめんね」

「ううん、いーよ。ここからの景色でじゅうぶんだよ」

「また今度、来ようね」

「うん!」

 約束なんて、柄にもなく。カミサマとのこれからが、どうなるかも分からないのに。

 たった二日足らずで、ここまで情が移ってる私、どうかしているのかな。

 何故だかふいに切なくなって、街並みを眺めるカミサマの髪を撫でる。妹みたいな、可愛いカミサマ。

「ねえ!」

 カミサマは頭をぴょこんと跳ね上げて、私の方を向く。

「……なに?」

「明日はどこ行く⁉」

 ……無邪気に微笑むその顔に、しょうがないなぁと思いながら。

 明日はどこに行こうか、私は考える。

 なるべくお金を使わないで楽しむ方法も、調べなくちゃ。

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