5 山手線

「でんしゃ、でんしゃ」

 車内をもの珍しそうに眺め回しながら、カミサマは小さな声で嬉しそうに繰り返す。

「乗ったことないの? 電車」

「あんまりない!」

「そっか」

 そのままにしておくとふらふらとどこかに行ってしまいそうなので、カミサマの手首をなんとなく掴んでおく。カミサマは一度こちらを見て不思議そうに首を傾げてから、流れていく風景に視線を戻し、きらきらと目を輝かせながらそれを眺める。

 達観したような言葉を言ったかと思えば、ものすごく子供っぽいところもあって。

 その容姿も相まって、本当に可愛らしくて、誰だって庇護欲をそそられるだろう。


 人の多い車内。座席は全部埋まっていて、私たちは扉近くに立っている。

 山手線。人の数も、本数も、地元を走るローカル線とは大違い。乗り過ごしても三分も待てば次の電車がやってくる。快適。一時間に二本しかこない路線で何度地団太を踏んだことだろう。東海道線との乗り換えも何分も待たされたり、ああ、思い出すだけでむかむかする。

「あ!」

 突然カミサマが大声を上げる。車内の人たちがこちらに注目する。ただでさえ人の目を惹く容姿をしているんだから、もうちょっと大人しく……。

「な、なに……」こちらに引き寄せるように手を引いて、小さな声で訊く。

「ハチと写真撮るの忘れてた……」

「……ハチ?」

「うん、ハチ公」

「……ハチ公」

「うん! 渋谷と言ったらハチ公でしょ?」

「うぅん……そうかなぁ……」

 どことなく田舎者的な視点の気もするけれど。この子ももしかしたら、私と同じような境遇なのかもしれない。

「……てか、写真撮る、って言ってもさ、そもそもカメラ持ってないじゃん」

「それ」

「え?」

 カミサマは、私の左手にあるスマートフォンを指差して言う。

「カメラ、ついてるんでしょ?」

「え、あぁ、うん」

「それで、これから、いっぱい写真撮ってね!」

「……え? どういうこと?」

「カミサマの目となって、この世界を記録するの」

「私が?」

「うん! 一緒に!」

 ……なんだかよく分からないけれど、今から向かう先の写真をいろいろ撮れ、ということだろう。そこで生まれる疑問がひとつ。私はこの子といつまで一緒にいるのだろうか。東京タワー観光に満足した頃合いで、そのまま警察に差し出すのがいいのかな。

 山手線を降りて、地下鉄に乗り換える。

 そうしていよいよ到着する、東京タワー。

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