05

 結論から言えば、ゲーム内では未だに現実の動きを再現し切れていない。やはり、もう少し器用や敏捷の数値を上げねばいけないだろう。あと、体力も。

 全力で攻撃を繰り出した結果があれだが、現実であれくらいの動きなら体力はあまり消費もしない。と言うか、もっと正確に素早く切り付けられる。

 器用を上げねば、正確な軌道を描けない。敏捷を上げねば、素早く攻撃出来ない。体力が無ければ連続で動けない。

 一応、自分個人の方針としては、レベルを上げてSPを手に入れたら体力と器用、敏捷に振る事にしよう。その後の戦闘スタイル変更でも敏捷と体力は必要になるだろうが、器用は知らん。筋力は武器補正でどうにかなるし、生命力や耐久は最初のうちはあまり上げなくてもいいだろう。ホッピー程度の相手なら攻撃を喰らったとしても然程ダメージも受けないだろうしな。

「……………………凄い、です」

 と、言葉を失っていた桃色髪がぽつりと呟く。

「そうか?」

「そう、ですよ。あそこまで、動けるなんて、凄い、ですっ」

 軽く詰め寄ってくる桃色髪。目が少々キラキラしていて、頬も紅潮している。

 正直、姉貴の動きの方が俺なんかよりも凄いので、あまり実感が沸かないのが現実なんだけどな。台所戦争をしていた時、姉貴は俺の攻撃を紙一重で避けたり、鍋の蓋でいなしたり、動きを最小限にして体力の温存をした戦いをしていた。一応、俺の動きのベースは姉貴だが、それでも無駄のない動きまでは完璧にトレース出来ていない。

 なので、もし姉貴がSTOをやり、俺と同じようにホッピーを葬ったのであれば、桃色髪は確実に姉貴の方を凄いと言うだろう。

 と言うか、だ。姉貴はSTOをやっていないのだろうか? 俺に入学祝いとしてDGとSTOを送ってよこして来たのだ。もしかしたら姉貴も自分のを持っていると言う可能性が浮上してくる。

 ……いや、流石に無いか。DGは単価高いし、中古なんてほとんど流通してないって話だ。姉貴がバイトしてたとしてもDG二つプラスアルファを買う程の金は貯まらない筈だし。あったとしても何かの為に貯金するだろう。

 勝手な結論として、姉貴はやっていないと言う事で。もしやってたら一回姉貴の動きを見せて貰おう。今後の為にも。

「っと、耐久度チェックしとくか」

 武器を使っての初めての戦闘を終えたので、今のでどのくらい耐久度を損なったのかを確認した方がいいだろう。メニューを開いて包丁とフライパンの耐久度を確かめる。


『包丁:普通の包丁。【小刀術】スキルがあれば武器として使用可能。筋力+1 耐久度21/25』


『フライパン:普通のフライパン。【小槌術】スキルがあれば武器として使用可能。筋力+2 耐久度34/35』


 あまり消耗をしていないな。包丁の方が耐久度減っているのは、フライパンよりも多く使用したからだろう。

「あ、そう言えば、ですけど」

 桃色髪は瞳のキラキラを仕舞い込み、遠慮がちに右手を微妙に上げてくる。

「どうして、オウカさんは、包丁とフライパンを、使えるんですか?」

 あぁ、その事か。俺は桃色髪に簡潔に答える。

「【初級料理】のスキル持ってるからだろ。あれないと調理器具持てないし」

 俺の習得している【初級料理】に限った話ではないが、生産系のスキルに対応するアイテムが存在する。それを使うにも武器と同様に対応したスキルが必要となってくる。なので俺は包丁とフライパンを持つ事が出来る。

「え、でも……それだけですか?」

「それだけだろ」

 しかし、桃色髪は納得しないようだ。眉間に皺を寄せている。

「でも、そうすると、料理に使用するだけで、武器としては、使えないよう、な」

 桃色髪の言っている事は俺も危惧していた。何せ、【初級料理】は戦闘系ではなく、生産系のスキルだ。これで持ったとしても武器としての使えない可能性があった。

「【初級小刀術】と【初級小槌術】のスキルがあるからな」

 と、俺は包丁とフライパンの情報が記されたウィンドウを桃色髪に見せる。

 普通にしては武器として使えないかもしれない。そう思った俺は予防線として【初級小刀術】と【初級小槌術】のスキルを習得しておいた。包丁は小刀に見えなくもないフォルムをしているし、フライパンも振り下ろしたりするのであれば鎚と同じ要領だろうと踏み、そちらをチョイスした。

 こればっかりは賭けだった。説明書のスキルと武器の項目を読んで調理器具を装備出来るだろうとは思っていた。五分五分の確率で。正直、雑貨屋で武器説明を読んだ時は、自分は運がいいと思ったよ。筋力アップ、耐久度が記載されていても、所持スキルが異なっていれば武器として装備出来なかったんだからな。

 その事実をウィンドウで武器説明を閲覧している桃色髪に語る。

「そ、そうなん、ですか?」

「まぁ、駄目だったら諦めてたけどな」

 その時は武器屋に戻って小刀と小槌を買ってただろうな。少々振り方は異なるだろうが、それでも包丁とフライパンを扱うのに似てるだろうから粗方は今さっきの動きに似せる事は可能な筈だ。精度は更にガタ落ちしただろうが。

 因みに、包丁とフライパンを同時に装備出来るのは【初級二刀術】のスキルを持っているからだ。普通ならば武器は一つしか装備出来ないが、これがあれば小さい武器ならば二つ装備する事が出来る。その代わり、器用の数値が低いと使いにくいらしいが。

 と、急にドスンドスンと重厚な音が後方から聞こえてくる。互いに振り返ると、モンスターがこちらに向かって進軍している様が見受けられた。

「さて、喋ってる間にまたモンスターが来たぞ」

 今度は二体。先のホッパーではない。バランスボールくらいの大きさの丸い岩に足が三本生え、ハイライトの無い瞳が埋め込まれたまん丸の単眼の不気味なモンスターが二体だ。見るからに鈍足そうで、防御力と攻撃力が高そうな奴だな。正直言って不気味で気持ち悪い。足が三本とも大きさも太さも指の数もバラバラなのが余計に拍車を掛けている。こんなのが現実にいなくてよかったよ。

 そして、俺の攻撃が全く通りそうにないな。

 ゲームではこう言った鉱物系のモンスターは物理攻撃に耐性を持ち、魔法攻撃に弱いように設定されているのが多い。STOもそれに則ってるならば、俺と桃色髪では大したダメージを与えられないな。

 物理的な攻撃でも鎚とかがあればそこそこダメージを与えられそうだが、生憎と俺の装備はフライパン。普通の鎚よりも効き目はないだろうし、倒すよりも先に耐久度が無くなって壊れるのが目に見えてる。

 無理に挑んでやられたら死んでシンセの街に強制転送される。所謂死に戻りだ。そうなるとデスペナルティが課せられてしまう。デスペナルティは所持金半減に一時間ステータスが30%ダウンとなってしまう。開始して直ぐにデスペナルティを受けたくはないな。

 と言う訳で、だ。

「逃げるぞ」

「えっ?」

「見るからに俺の攻撃なんて効きそうにないだろ。そんな奴相手して死に戻りするよりは戦線離脱して別のモンスターと戦って行った方がデスペナルティも無くていいだろ」

「そ、そうですね」

 撤退開始。

 勝てない戦はやらないのが吉だ。

 もう変な影響が出るかもとか言ってられないので俺と桃色髪はどちらのでもいいので卵を持ってこの場を離れる事にする。

 が。

「え、えっ?」

「……何で動かねぇんだよ?」

 卵が微動だにしない。全く。一ミリたりとも動かない。重過ぎる。一ミリたりとも持ち上がらない。片手で抱えられる程の重量しかなかった筈なのに、この短時間で何十倍にも重くなってんじゃねぇよ。

「こんのぉ」

「うくくっ」

 無理矢理持ち上げる事は諦めよう。自分の爪先を卵と地面の間に捻り込ませようと四苦八苦し、テコの原理を発動させて転がして離脱しようとしても傾きさえもしない。桃色髪も全体重を掛け、頑張って押して転がそうとしているが、やはりビクともしない。何なのこいつら? そんなにこの場から動きたくないの?

「……もしかして」

 互いに必死になって卵を転がそうと踏ん張っている中、桃色髪が何かに気付いたようだ。

「もしかして、何だ?」

「そっちが、僕の、卵、かも」

「……あ」

 その考えはなかったな。俺と桃色髪は即場所を交換して卵を持ち上げてみる。すると、先程まで山のようにびくともしなかった卵二つは重量がそこまでなく簡単に地面から離す事に成功した。

 つまり、だ。

 卵は所持者以外には持てず、動かせない仕様となっていたようだ。

 おい、それくらいは説明書に書いておけよ。パートナーとなるモンスターの卵を他プレイヤーに強奪されないような親切設定なのだろうが、それくらいの情報は公にしやがれよ。頑張って卵を持とうとしたり転がそうとしてた俺等が馬鹿みたいだろうが。

「何はともあれっ」

 逃げるぞ、と言おうとしたら、背中に衝撃を受け、前方に軽く吹っ飛ばされた。

「いたっ」

 取り敢えず、反射的に卵を地面に落とさないように庇ったらしい俺はそのまま顔面を打ち付ける。痛いな……。痛覚もきちんとあるな。ただ、現実よりもあまり痛くはないが。鼻血も出ないし。

 後ろを肩越しに振り返ればあの単眼岩がそこにいた。こいつの体当たりでも食らったんだろうな。くそっ、卵に気を取られ過ぎた。あ、生命力が二割程減ってやがる。結構効くなおい。

「きゃっ」

 そして、同じように桃色髪も単眼岩によって吹っ飛ばされた。吹っ飛ばし方は三本足で体を支え、後方に一旦引いてそのまま前方に体を押し出すと言う、反動を利用したものだった。ホッピーと同じように跳んで突っ込んでくるような攻撃方法でなくてよかったよ。もしそうだったら今頃単眼岩の下敷きになってただろうし。

「おい、大丈夫か?」

「は、はい。何とか……」

 卵を抱え、肩で息をする桃色髪はよろよろと立ち上がる。こいつ、確か生命力が減ってたよな。その状態で攻撃食らったんだから、俺より減ってんじゃないか?

「生命力、どれくらいだ?」

「半分、くらっ」

 と、桃色髪は単眼岩に横腹を攻撃され、吹っ飛ばされてしまった。その際に卵も手放してしまう。

「ぐっ」

 俺もどてっ腹に一撃を貰い、吹っ飛ばされ、卵を手放す。軽く宙を舞って、今度は背中から落ちる。生命力は残り六割ちょいか。この単眼岩の一撃で二割削れるのか。厄介だな。防具くらい買っておくべきだったか。

 と言うか、周りに注意をしなさすぎだ、俺。今の会話だって単眼岩の動向を視界に捉えながらするべきだったろうに、とんだ失態だ。

「はぁ、はぁ、はぁ」

 少し離れた所に吹っ飛ばされた桃色髪は横腹を抑え、蹲ってしまっている。

 と、桃色髪を吹っ飛ばした単眼岩があいつに近付いて行く。

「おい、逃げろっ」

 俺の声にかろうじて反応するも、桃色髪は単眼岩に視線を向けるだけで動きはしなかった。その眼は恐怖一色に染め上げられてしまっている。まぁ、無理もないな。こんな見てくれが気持ち悪い奴に吹っ飛ばされでもすれば、恐怖の感情が湧き上がってくるだろう。

「い……いや……来ない、で」

 体に妙な力が入ってカタカタと震え、目には涙が溜まっていく。正気を失っているあんな状態じゃ、次の攻撃なんて避ける事は出来ないな。下手すると、次の一撃であいつは死に戻りだ。

 別に、本当に死ぬ訳ではないので、デスペナルティを受ける覚悟があるならばこの場を直ぐに脱する為にやられるという手もある。桃色髪が恐怖している以上、下手に長引くよりもやられてしまった方がいいのかもしれない。

 そうだとしても、だ。

「いやっ」

「っと」

 むざむざとやられる様を見たくはないし、やられる感覚を味わわせたくない。

 俺は単眼岩が桃色髪に攻撃を仕掛けるよりも前に、あいとの方へと走り、体を当てて奥の方へと突き飛ばす。

 その結果、桃色髪は単眼の攻撃を喰らう事は無かったが、俺が代わりに受けた。

「……………………え? オウカ、さん?」

 吹き飛ばされる直前に桃色髪の呟きが耳を掠める。俺が体当たりを食らわした事で正気を取り戻したようだ。

「がっ」

 本日三度目となる吹き飛ばしを喰らい、俺は地面を転がり、天を仰ぐ。

 生命力のバーが縮んでいき、残り一割程となった。可笑しいな、さっきから二割減の攻撃だったから四割は残ってないと計算が合わない。って、あぁ。クリティカルヒットって奴か。プレイヤーの攻撃にも実装されてるからな、モンスターの攻撃にもクリティカルが無ければ贔屓になっちまう。もし、この攻撃が桃色髪に当たってればゲームオーバーだったな。

 取り敢えず、俺は立ち上がろうと俯せの状態に移行して四肢に力を込める。

「オウカさんっ!」

 桃色髪が今まで訊いた事が無いくらいに大きな声を出す。何かと思って顔を上げれば、そこには単眼が突っ立っていた。

 視線を彷徨わせれば、攻撃動作を終了させた単眼岩が桃色髪付近にいる。あれが俺を吹っ飛ばした奴だろう。となると、こいつは最初に俺を攻撃してきた個体だろうな。何だよ、そいつの近くに吹っ飛ばされたのかよ。

 単眼岩は体を後ろに引いていき、俺に狙いを定める。

 今から横に転がれば避けられるか? と思う間もなく、単眼岩が攻撃を繰り出してきた。

 あ、これは駄目だ。避けられない。今からだと避ける前に直撃する。

 取り敢えず、初ゲームオーバー。そして初デスペナルティは確定した。

 そう思った。

「ぶごぉ⁉」

 単眼岩が俺に触れる寸前、慣性の法則を無視して右の方へと吹っ飛んで行った。

 何が起きた? と疑問が頭を掠めるのと同時に、単眼岩が先程までいた場所に何かが落ちてくる。

 いや、正確に言えば、着地した、だ。

「しー」

 ラグビーボールを立たせたかのような体形をしたそいつは胴体がなく、頭の天辺に双葉のようなものを生やしており、手が存在せず足首から下しか見受けられない。木肌と同じ色の体をしたそいつは人間と同様に二つあるくりっとした丸い目を俺に向けてくる。

「お前、俺を助けてくれたのか?」

「しーっ」

 そいつは俺の質問に頷くように体を前方に傾けて是と答えた。

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