ヒーローズ・グラフィティ

Mr.K

第1シーズン『アンバランスアパート『円森荘』』

空想特撮シリーズ『ブライトマン』最終回(第39話)より

輝ける明日へ! さらばブライトマン(Aパート)


 ――暗雲が世界を支配して、はや20時間ほど。


 ここ日本では、もう間もなく夜明けが到来する時刻のはずだが、太陽の気配は全くない。

 そして今、太平洋に面した日本のごくごく普通の港町、飾宮かざりのみや町で、人類の命運を賭けた最後の戦いが行われようとしている。


 海側に立つのは、我らがヒーロー。光の巨人、『ブライトマン』。体長40メートルを誇り、銀のボディに金のラインが走る、筋骨隆々の巨人だ。胸には、自らのエネルギー源たる光を効率よく吸収し、変換する為のプロテクター――『レイ・コンバータ』が、白い光のラインを闇に浮かび上がらせている。だが、同時にこのプロテクターは、ブライトマンの地球での活動限界を示す役割もあるのだ。

 現に、光のラインは数秒おきに明滅を繰り返している。放つ光もどこか弱弱しく、ブライトマンもまた、見るからに疲弊している。


 対するは、漆黒の岩の如きボディを持つ、人型の怪獣。

 ただの怪獣ではない。その肉体の基となった怪獣は、異次元のマッドサイエンティスト集団『試験官エグザミナー』が先日送り込んだ、最後の『実験器具テスター』――『Ωオメガ・テスター』。人間の野性、及び暴力性がどれほどのものかを調べる為に投下された怪獣型の試験装置であり、あらゆる攻撃に対する圧倒的な防御能力を持ち、同時に受けた攻撃的エネルギーを凝縮し、光線として打ち出す反撃能力を持っている。

 ブライトマンですら、敵意を消して誰も攻撃する者のいない海底深くに沈めなければどうにもできなかった怪獣を依代とし、この世界に顕現したのは、異次元より来た闇の存在。

 ブライトマンに変身する『明星アケボシ光輝ミツキ』と一心同体の光の存在『ブライト』と相反する存在――『ダーケスト』。人間を含む生命体のみならず、万物全てを『闇』で包まんとするダーケストは、先のΩ・テスターと地球防衛組織『Earth Guard Organization』――『E.G.O.エゴ』、及びその下部組織たる『Hazard Obstruct Particular Elete team』――『H.O.P.E.ホープ』との戦闘の折に発生した膨大な『悪意』を察知。それを頼りに次元の回廊を通り抜け、この地球に現れた。手始めに地球の空を闇の靄で覆い隠したダーケストは、この世界で最も『悪意』を溜め込んだ存在……即ち、Ω・テスターに目をつけた。

 『悪意』とは、言ってしまえば人間が抱える『闇』の形の一つ。それを一方的に蓄積し、溜め込んだまま海底に沈んだΩ・テスターは、ダーケストにとって格好の依代ボディだったのだ。

 試験官エグザミナーなき今、自ら動く事を知らない道具たるΩ・テスターは、いとも簡単にダーケストに乗っ取られ……『ダーケスト・テスター』として生まれ変わった。

 元々滑らかだった皮膚は、岩肌のように変質。濁った水晶体を形成していた両手両足と頭部には、その皮膚が侵食している。頭部は後ろに向かって一本の角が伸びる怪獣のような兜のようになり、指の存在しなかった手足には、ギザギザとした爪が生成されている。いずれも水晶体が隠れており、しかしその存在感を示すように、口元や皮膚に入ったひび割れから赤黒い瘴気が漏れ、その禍々しさを物語る。


 光を飲み込む絶対的な闇と、強大過ぎる防御の掛け合わせ。あまりにも凶悪なこの怪獣に、ブライトマンも成す術がなかった。


「ちっくしょう……俺達にできる事、なんかねぇのかよ!」

 そんな状況を歯がゆい想いで見守る、防衛チームH.O.P.E.の隊員達。怪獣や侵略者と戦う為に集められた彼らは、いずれも精鋭である。運用する兵器も最新鋭のものが揃っている。

「無理ですよ……ビートルもファイターも損傷が激しいですし、今の僕らの装備じゃあ、気を惹けるかどうかすら……」

 しかし、今の彼らにはこの戦いに割って入れるほどの余裕はない。メンバーは数時間に渡る死闘を潜り抜け疲弊しきっており、装備の損耗も激しい。だが、彼らの闘志だけは、今だ健在であった。

「でも、このままじゃブライトマンが!」

「せめて、援護ぐらいでも……」

「駄目だ」

 悩み惑う隊員達。そんな彼らを、壮年の男が制止する。

「なんでですかッ! キャップ!」

「キャップは悔しくないんですか!?」

 悔しさを滲ませた視線を向けられたその男、モリカワは、険しい表情を崩す事無く隊員達と向き合う。

 だが、隊員達は気づく。モリカワが一文字に締めた口元を震わせ、己の感情をなんとか制している事に。

「私だって……いや、俺だって! 悔しいに決まってる!」

 モリカワは歯を食いしばり、己の無念を漏らす。彼の姿を見た隊員一同は何も言えず、ただ、眼前で繰り広げられている神話の如き戦いに目を向ける。

 彼らには、戦いの行く末を見守る事しか、できなかった。




******




「デェア!」

 ブライトマンがパンチを繰り出す。その拳はエネルギー不足から精彩を欠いており、微動だにしないDダーケスト・テスターにダメージを与えられない。

 続けざまにキックを放つが、それすらもD・テスターの強靭な表皮に弾き返されてしまう。

 D・テスターは、依然として不気味に佇んでいる。

「グゥ……グァァ……!」

 苦悶の声を上げるブライトマンのレイ・コンバータの光のラインが、一層激しく明滅する。この光が消えたが最後、ブライトマンは二度と立ち上がる事が出来なくなってしまう!


――ブライトマン、立て!

「グ……オォォォ!」

 共に戦ってきたH.O.P.E.の仲間達の祈りが、ブライトマンを奮い立たせる。

 ブライトマンは胸の前で腕をクロスさせ、拳を握りしめる。残された光のエネルギーを拳に集中させ、両腕を上方へとやる。そこから両手の指を伸ばし、天に光のアーチを描くと、頂点に光が集まり始め、段々と輝きが増していく。

 明らかに高威力の必殺技が放たれようとしているというのに、D・テスターはなおも微動だにせず。まるで、そもそもブライトマンの事など眼中に入っていないかのように。

 その様子を見て思う事があったのかは定かではないが、ブライトマンはそのまま身体を捻り、左手を前方に、そして右手を後方にやり、振りかぶるような体勢を取る。すると、集まった光が縮小し、輝きが更に増す。

「デェェイヤァァァ!」

 極限にまで圧縮された光のエネルギーを、雄叫びと共に射出!

 『ブライテスト・フラッシャー』。現状、ブライトマンが持ち得る必殺技の中で最も強力な技だ。光のエネルギーを直接敵の体内に浸透させ、相手を内部から、文字通り『光に還す』技である。


――これまで数多くの凶悪な怪獣や侵略者を倒してきたこの技なら、もしかすると……。

 地上から事の成り行きを見守る隊員達も、皆同じ結末を脳裏に描いた。ブライトマンの必殺技が怪獣に炸裂し、怪獣を倒すというシーンを。……ただ一人を除いて。

(あれでは、駄目だ)

 モリカワは一人、ある可能性を考えていた。外見では分からないが、既に判明しているD・テスターの基となった怪獣――Ω・テスターの能力から考えられる可能性。


「なっ……」

「そんなッ!?」


――怪獣は、依然として微動だにせず。表皮に直撃した光は、溶け落ちる寸前のキャンドルの灯のように、儚く消え去る。


――そして、巨人は力無く地に伏せた。

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