第6話 予感
最奥地の大広間。ダルクとパトラの二人は迫りくる魔物たちを次々に倒していってはいた。正直に言ってしまえば歯ごたえがない。それでも『誘引』のせいで群れてやってくる魔物たちは数は多い。
その全てを倒した結果、大広間の一角に魔物の死骸で山ができていた。
「大量、大量っと。これくらい狩れば問題ないわね!」
パトラはとてもうれしそうに討伐証明部位の回収と素材になる部位の解体を行っていた。
横で息を切らせているダルクを尻目に……。
「よくそこまで元気でいられるなあ、パトラ」
ここに出現する魔物はたいしたことがない。倒すのはダルクでも余裕で、急所を見極めて一撃くれてやればそれだけで絶命する相手だ。が、単純な数の暴力の前にスタミナ切れを起こしていたのだ。
『誘引』の効果時間を、パトラが異常に長く設定してしまったことが原因であった。そのせいでかなりの時間ぶっ続けで戦闘する羽目になっていたのである。おそらく、外は夕方になっているだろう。休憩もないことに文句の一つも言ってやろうかと考えたダルクだったが、疲労すら見せていないパトラを前に、何も言えなくなってしまった。こいつはただ自分を基準に考えていただけだと思い知った。
そんなパトラはというと、素材を回収して、値踏みを始めていた。
「うーん、ホーンヘラクレスの甲殻が5体分、イビルモスの羽が4体分、それから討伐証明部位ね。イビルモスの繭が一つとは言え手に入ったのは大きいかもね。これならかなりの値段にはなるでしょ。銀貨30は固いんじゃないかしら。上等ね」
「俺に言わせれば、パトラが素材の値段を大体でも予測できるのが以外なんだが……」
「反省してます、もう許してよ、依頼前のことはさあ」
「先に魔物の死骸を燃やしてくれ、ゴブリンがアンデットになったら面倒だ」
ダルクはパトラを軽く流して、今回の収穫を考える。
ホーンヘラクレスの甲殻やイビルモスの羽は装備品の素材になる。ギルドでも多少の値が付く。そしてイビルモスの繭、これが大きい。この繭は高級布の材料になる。ワームがイビルモスになる前のさなぎの段階で身を守るために作るのだが、イビルモスは羽化するとこの繭を食べてしまう習性がある。さなぎの段階で殺してしまうとその体液で質が大幅に落ちてしまう。そのため、天然ものの上質な繭は偶然羽化に立ち会わねば手に入らない。今回はイビルモスの一体がさなぎを運んできて、それが羽化したために手に入った。運がよかったといえるだろう。
これならあのパーティー相手でもいい勝負ができたと確信を持って言える。一応油断はできないのだが、完敗ということは万が一にもないだろう。
それ以前の問題として、ダルクがこれ以上戦えないということがある。明日の朝までとはいえ、いったん休息をとらなくてはならない。なので、一旦引き返し、あとは入口近くで狩るくらいがいいだろう。
「パトラ、終わったらいったん休息に外に出るぞ」
「あーオッケー。私は満足よ」
ダルクはやっと終わったとばかりに安堵の息を吐いた。勝負がどうなるか、それは明日の朝になるまでわからないが、何とかなると気楽に考えるべきかもしれない。
パトラの魔術による火葬が終了し、一旦の帰路に就くことになる。しかし、部屋を出ようとしたところで、パトラは急に止まった。
「おい、どうした?」
とダルクがパトラのほうを振り返ってみればパトラは壁のほうを見ている。それはさっき見つけた隠し扉の位置であった。
「……いや、『誘引』を使った時に思ったんだけどね。もしこの通路の向こう側に魔物がいたとしたら、『誘引』でこっちに来るはずだよね? なんだけど気配がまるでない」
いわれてみればそうだな、とダルクは感じた。『誘因』なら壁などに関係なく……とまではいかなくとも、若干効果を落とすくらいのはずだ。この向こうにもし魔物がいたなら、この扉は破られていたはずだ。それをパトラがどこまで計算していたかはこの際置いておく。扉の向こうに気配がないということは『誘引』が効いていなかったのだろうか、とパトラは思ったらしい。
「……魔物がいなかったってことじゃないのか?」
誘われる魔物がいなければ何も起こらない。ダルクはそう考えた。しかし、パトラの疑念は晴れていない。暫く扉を見つめてつぶやいた。
「そう思いたいんだけど……嫌な予感がする」
パトラの懸念にダルクは背中に冷たいものを感じた。それは恐怖、パトラの示した得体のしれない何かに対する畏怖の念。こういう時は関わらないに限る。
そもそも、この奥に進んだ奴はいないはずだ。何があるかわからない空間に碌な準備もないまま潜るのはマズイ。広さも未知数、なにがいるかもわからない。そんな場所に今回のクエスト程度の準備では挑めない。初心者でもしないことだろう。
「俺たちで考えても仕方ない。どのみち、ここから先の調査は今回のクエスト内容には含まれていないんだ。無茶する理由はないだろ?」
「……そうね、でも気に留めるくらいはしておくわ」
パトラは歩き出してなお、その扉の向こうを気にしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます