一章【ヒーロー&ニューワールド】ー1

                 ◇


 まずは大前提から語るとしよう。

 世界は一度、完膚なきまでに消滅している。

 それは比喩でも何でも無い。文字通り、世界は一度消えたのだ。

 【大非在化ランダマイザ】と呼称される、人類史上最大の超大規模災害によって。

 ビルも、山も、鳥も街も人も――人工自然有形無形、あらゆるものが逃れられず溶けた。

 実在の根源たる存在率を突き崩されて、幻の存在へと雲散し霧消した。

 原因はとある科学組織の実験の失敗によるものとも、とある宗教団体が悪魔を呼び出してしまったせいだとも、とある魔術結社が大儀式をしくじってしまったせいだとも、SFともオカルトともはっきりしない風説や珍説が流言飛語として流布しているが閑話休題。


 実体のあるものに限らず、物理法則すら溶け崩れて変化してしまった世界。

 生き残った僅かな人間は、長い長い時間をかけて文明を復興していった。

 崩れ果てた物理すら操る術を得て、旧世界ではなし得なかった数々の奇跡を実現して。


「そうして我々人類は、大非在化で消えた人々を呼び戻すことも出来るようになったのさ」


 三ヶ月前、目覚めて間もない私に向けて、私の祖父はそう言った。


「……良く解らない」


 悪戯の成功した子供のような笑顔を浮かべる祖父に対して、確かそういう趣旨の言葉を返したように思う。


「そうか……解らないか……僕に似て好奇心旺盛な子に育ったと思ってたんだが……」


 それを聞いた祖父は、誕生日ケーキを床にぶちまけた時のように意気消沈して、


「ちょ、お爺ちゃん? すねるのはともかく壁にいきなり円周率書き始めるのは待って」


 何時でも子供のような言動をする人だった。至極真面目な人間である私と本当に血がつながっているのか疑うぐらいに突拍子もないことをする人だった。思えば私は物心ついたときから、この祖父のことを反面教師としていたような記憶がある。そもそもこの祖父、異端の理論を提唱した科学者だなんて、漫画の悪役みたいな職業の人だし。


「第一消えてしまった人を『呼び戻す』ってどういう事? ここにいる私は幽霊かゾンビ?」

「それは違うさ。全然違う。【大非在化】というのはね、例えるならば眠りなのさ。ありとあらゆるものが非在という眠りについてしまった大事件。僕たちは虚無と言う茨姫の城に踏み込んで、知り合いに声をかけて叩き起こしているにすぎないのさ」


「もっと訳分からないよ」


 比喩を使うのが大好きな祖父だった。説明をする事そのものが趣味で、だけど相手に理解させるつもりがあるのかどうかさっぱり解らないというのが悪癖だった。

 今度は壁にマクローリン展開を書き始めていた祖父は、五項ぐらい書いた辺りで振り返り、


「それはともかく、君にとっては一週間ぶりの、僕にとっては数年越しの、世界にとっては数百数千数万年ぶりの再会だ。この程度の驚きは、単なるプロローグにすらほど遠い」


 そして何時もの、子供のような表情を浮かべて笑うのだ。


「この世界はきっと、君に色々なものを見せてくれると思う」


 そう言った祖父は姿を消して、今になるまで帰ってこない。

 

                 ◇


 時乃琉香トキノ・ルカが目を覚ました時、最初に視界に入ったのは天井だった。

 白地に斑の化粧天井。学校の一室を思わせる。

 蛍光灯に目をくらませながら、彼女はゆっくりと身を起こした。

 体にかけられていた毛布がずり落ちたことで、自分がベッドに寝かされていた事に気付く。

 ……病院?

 そう思い、何故自分がこんな場所にいるのかと己の記憶を遡り、


「――あ」


 思い出す。鋼の巨体の群れ。倒れ伏せた少年。迫る砲撃。紅い少女。

 脳裏によぎるフラッシュバック。

 耳の奥に鳴り響くファントムノイズ。

 脈動を荒げそうになるハートビート。

 思わず毛布を跳ね飛ばし、自分の五体が満足である事を確かめる。

 無事だった事に安堵して、そっと小さな胸を撫で下ろし、


「お早う。気分は。どう?」


 突然にかけられたその声に、自らを覗き込む姿を認識した。

 十七歳程の華奢な少女だ。細い体を包むのはモノトーンカラーのゴシック・ロリータ。

 黒髪はエナメルの輝きを光らせた、鴉の濡れ羽のロングヘア。

 頭部には螺子を模した髪留めが刺さっていて、頸には鍵穴の開いた首輪をつけている。

 感情を見せない双眸は、真紅と漆黒の異色瞳ヘテロクロミア

 左目は硝子玉のように透き通った紅色で、右目は生物らしい濁りを湛えた漆黒色。

 無感動に見える白い貌には、左目の傍を縦断するように切り込みのラインが走っていて、彼女が自動人形オートマータであることを示していた。


 右胸についた職員名札にはこうある。

 『世界政府上級職員・傑戦機関補佐役・乙女井熾遠オトメイ・シオン』。

 混乱から醒めたばかりの上手く働いていない頭で、そこまでの情報を確認して、


「あ……はい」


 時乃琉香は我に返った。


「えと、ありがとうございます……?」

「ん。気にしなくて。いいよ。緊張ほぐして。リラックス」


 熾遠は大きく開いた袖口から板状のものを取り出した。大きめのミルク・チョコレート。

 渡されたそれを口にしながら、琉香は自動人形に問いかける。


「ここは一体? 病院……にしては少し狭いですし」

「ん。星輝市の。風紀治安部第九十六支部。そこの。医務室だよ」


 黒衣の少女の返答は、自分が探してた目的地そのものだ。


 【風紀治安部ふうきちあんぶ】。

 復興後の世界を統べる世界政府が有している、二つの治安維持組織の片割れだ。

 言ってしまえば簡易的な警察組織のようなもので、盗難や暴力事案、ストーカー対策や失踪事件、そういった超常技術の絡まないような出来事を解決する、市民自衛の代行組織。

 琉香が探し求めていた「助けてくれるであろう人達」は、しかし彼らでないのだけれど。


「起きた所で。早速だけど。少し質問していいかな」


 熾遠は袖口から一枚のプレートを取り出した。五×七センチ大のそれには、琉香の顔写真が貼付けられている。

個人認識証パーソナルデータカードだ。


「時乃琉香。十五歳。友路高校一年生。現存家族は祖父のみ。……あってる?」


 頷く。肯定の意図を返すと、熾遠は手にした個人認識証を琉香へ渡した。

 硬く温度の無い手の感触に不思議なものを覚えつつ、琉香は渡されたそれを仕舞い込む。


「悪いと思ったけど。荷物。調べさせてもらった。ごめんね」


 ちょっとだけ不服の感情を視線に込めてみるも、熾遠の表情は微動だにしなかった。

 恐らく気付いていない訳ではないのだろう。もはや慣れてしまう程に、仕事として何度も同じ事を繰り返して来たのかもしれない。そう考えると、自分の行動が余りにも大人げなく思えて来て、琉香は自然と視線を下へ向ける。


「怪我とかの心配なら。いらないよ。元々。右足。くじいてただけだし。治療済み」

「……いや、そうじゃなくて」


 首を振る。否定の意図を返して、そこで琉香は思い出した。


「そうだ、あの子! あの時一緒にいた筈の!」

「ん。大丈夫。無事だよ」


 人差し指を一本、琉香の額につきつけて、


「あなたが。頑張ったから」

「…………」


 咄嗟に体が動いてしまっただけだというのに褒められても、琉香としてはどうすればいいか解らない。それも一度は見捨てようとした訳で。ばつが悪そうに両手をもぞもぞさせる。


「ところで。琉香ちゃん。事件前のあなたの行動だけど。ひょっとして。ここを探してた?」


 首肯する。そんな所まで見られていたのかと恥ずかしさを思うものの、相手は警察自衛の代行組織だ。文句を付けるのは筋違いも甚だしい。

 それにこの技術が進んだ幻思論の時代、カメラなどに頼らずとも空間からその場の過去を探る事だって出来たりする。恥ずかしさこそ覚えても、意外さの方はありはしない。

 それに、風紀治安部を探すと言う事は、少なからず問題を抱えていると言う意味だ。

 警察自衛の代行としても、個人の善意と呼ぶものでも、それは見過ごせないだろう。


 黒衣の自動人形は問う。

「だから。教えてもらえるかな。あなたがどうして。ここを。探していたのかを」


                 ◇


「突然だが、君のお爺さんは誘拐された」

 一日前。日暮れも近い黄昏時。

 時乃琉香にその事実を告げに来たのは、奇妙な格好をした女性だった。

 ワインレッドのジャケットに身を包み、長い足を青色のジーンズで覆っているところまでは一般的な服装だ。

 しかし首から上が異様としか表現出来ない。頭には魔女が被るような三角帽が乗っかっていて、右目には時代がかった古めかしい片眼鏡を付けている。髪の毛は深い真紅色に染められていて、腰の辺りまで纏められずに伸ばされていた。

 まるで首から上と下で、生きている世界観がちぐはぐになっているような女性だった。


「……どちら様ですか」


 いぶかしむような半目で琉香は尋ねた。

 この時代、旧世界では不可解や不可能に分類されるファッションも珍しく無い。

 例えば本物の猫の耳や尾を生やしたり、針金でも入っているのかと思うような尖った髪型を維持したり、そう言ったものに比べれば、目の前の女性の格好はまだ比較的普通の範疇に入りそうな気がする。比較対象が悪すぎるだけで、信用に値し辛いのはどちらも大差ないが。


「はっ、知らないか。ははは、そうか私を知らないか! まあ初対面だから仕方あるまいが、ならば覚えておくといい。――私の名前は、我冬市子ガトウ・イチコと言うのだよ」


 風にジャケットと髪の毛をはためかせ、謎の女はそう名乗った。

 聞き覚えの無い名前だった。名前以前にこんな奇抜なスタイルの女性を見たら忘れる事など出来はしないし、この尊大な性格もまた然りだ。つまりは彼女の言う通り、本当の本当に初対面。祖父の知り合いと言うのが真実にせよ虚言にせよ、接点を持ちたいとは思えないような女だった。


「ん、おや、本当に聞き覚えはないのかね? これでも君のお爺さんとはそれなりに親交深い仲なのだが、噂や語りの一つもないと?」

「お爺ちゃんと? 私の?」

「ああ。君のお爺さん――時乃彼岸トキノ・ヒガンは大非在化前からの知己でね。一言で言うなら彼は私の恩師という奴だ」

「……そうですか」


 思わず扉を閉めたくなる衝動を抑え、琉香は眼前の女性を眺めた。

 祖父の弟子。

 成る程、奇抜な格好はその為かと、科学者に偏見を持っている琉香は納得する。

 今までに会った事がある祖父の知り合いと言うのはそう数が多い訳でも無いが、そのどれもが奇人変人狂人の類だった。例えばこの世の哀の全てを一身に背負ったような儚い雰囲気の女性だとか、例えば十秒おきに時計を見ないと落ち着かないと語るような男だとか、科学者のくせに詐欺師を思わせるような作り笑いを常に浮かべている近寄り難い男だとか、真っ当な感性を持っていたら関わり合いになることすら避けたいような連中だ。

 反復した記憶に思わず扉を閉めたくなる衝動が強まったが、祖父の為と思って我慢した。


「誘拐ってどういうことです? うちの祖父を攫った所で大した身代金も出ないと思います」


 それを聞いた我冬は大仰に額を抑えて、わざとらしく溜息をついた。

 学術的価値も解らずに秘宝を盗んだ泥棒を捕らえた後にするような溜息だった。

 何故こんな当然の事も解っていないのかと言うかのような溜息だった。

 扉を閉めたくなる衝動が更に増したが、青筋を浮かべながら我慢した。


「身代金? やはりとは思っていたが。君は自分の祖父の重要性を解っていないのか。家族に解ってもらえないのは先生らしいが、これは一つの悲劇だな! そんなものの為に時乃彼岸を誘拐しようなど、愚行甚だとんでもない!」


 演技じみた行動に、琉香は思わずむっとした。

 確かに祖父の仕事については殆ど知らないが、祖父の人格については十分に解っているつもりだ。そんな自分を差し置いて、私こそが真の時乃彼岸の顔を知っているのだと言うような態度をとられるならば、ちょっと黙っている訳にはいかないだろうと琉香は思う。


「悲劇って、うちの祖父について一体何を知っているんですか?」

「何を知っている? はっはっは、それは私が君に聞きたいことだよ。時乃琉香君」


 もったいぶるように間を空けて、我冬市子は答えを言った。


「君のお爺さんはね――現世界政府の重要人物なのだよ」


 世界政府。

 一度滅びた世界を復活させ、作り上げた世界をそのまま支配する巨大組織。

 一般には解放されていない高度な幻思技術を独占し、その研鑽と発展に務める科学集団としての面も持ち、旗下に人間兵器の集団【傑戦機関】を有する事で同時に絶対的武力も併せ持つ、人類史上最大の権力と科学力を一手に所有する、雲の上より遥かに高い天上天下の玉座の王。

 その単語と怪しい科学者である祖父のイメージは、似合うとも似合わないとも言い難く、


「……は?」


 間抜けな声だけが口をついて出た。

「話せば長くなる話だがね。一言で纏めるならば、世界をここまで復興出来たのは彼の理論が根底にあったと言えばいいかな。勿論彼一人の功績と言う訳ではないが、彼がいなければ世界は未だに可能性の虚無に沈んだままだっただろう」


 具体的なことは聞くなよ。全部語れば日が暮れる、と我冬は言い。

 ついていけない琉香は黙ったまま、魔女もどきの言葉を聞き続ける。


「身代金なんて出ないと言ったな? 真面目な話をすれば、彼一人の為に身代金を億単位積んでも構わないと思うような派閥は片手の指では済まないぞ? 何故なら彼を他所の勢力に渡してしまった場合の損害は、百億単位でも済まないだろうからな」


 想像もできない金額に琉香は混乱を起こしそうになった。百億。確かスーパーの傍で売ってた宝くじの一等が二億だったはずから五十回連続当選分かぁと、具体的なようなそうでもないような計算を行い、百億あったら何が出来るかと言う想像が脳裏をめぐる。


 いや、金額の問題では無い。祖父がそういう存在であった事こそがこの場合の驚きだ。

 目を白黒させる琉香を見て、我冬市子は愉悦に笑う。


「その表情だと知らなかったようだな。まあいいさ。世界は変わった。君の知らない間に色々なことが起きていたのさ。これもその中の一つだと思えばいいのだよ」


 世界は変わった。

 便利な言葉だと琉香は思う。

 今の自分は異邦人だからと、全ての無知をそのせいに出来るのは少しだけ楽だ。

 そして寂しい言葉でもあるとも琉香は思う。

 自分の知っている景色はもう何処にも無いのだと、街を歩く度に思い知る。

 感じてしまうセンチメンタル。

 忘れられないノスタルジック。

 切なさと懐古に襲われかけて、琉香の表情が俄に曇る。


 それを思案と捉えたのか、我冬市子はにやりと笑って、

「どうやら理解してくれたようだな、うん。私は嬉しいぞ? ついでだからそんな偉い人の弟子である私の事も尊敬の眼差しで見てくれないか」

「それは嫌です」

 反射的に拒絶した。祖父の偉業を知った所で、目の前のこの魔女帽子が不審人物であることには一切変わりが無いのだし。

 魔術師もどきはショックを受けたように俯いて、しかしすぐに姿勢を戻した。

 三角帽子を被り直して、威圧するように背筋を正す。


「さて、冗談はおいておく事にして――これからが重要な質問だ」


 そして突然真面目な顔になって、我冬市子はそう言った。

 モノクル越しの目が、琉香の顔をじっと見つめる。

 呑み込まれそうな瞳だ、と琉香は思った。


「いいか、時乃琉香君。次の質問には、よく考えて答えてくれ」


 空気が何時の間にか入れ替わっているような錯覚を得て、琉香の心臓がどくりと跳ねた。

 間違いなく、決定的な一言が次で来るのだと直感した。

 その答えで未来全てを変えてしまうかのような、そんな幻想さえ覚えてしまった。

 我冬市子の唇が開く。


「君は――お爺さんの事を助けたいと思うかね?」


 迷う間もなく、頷いた。

 自分の祖父が攫われた。それを聞いて助けたいと思わないのは、そいつか祖父かがよっぽどの人でなしでもなければ有り得ない。自分の知る祖父はどう見ても社会人失格だった気がするが、こんなところで見捨てても心が痛まない程に許されざる人物では無い筈だ。

 それを見て、我冬市子は我が意を得たりと唇つりあげ。 


「いい反応だ。だがしかし、君のお爺さんを攫った者達は強敵だぞ? 君の知らない幻思論を操り、魔法じみた業を使う悪なる者共だ。それを敵に回しても助けたいとそう思えるか?」


 もう一度琉香は頷く。さっきよりも強く、強く、諦めたくないと言う意志を込めて。

 出来ないからと言う理由で、人でなしにはなりたく無かったから。


「はははははははは! 面白い! わざわざ会いに来た甲斐があった!」


 呵々大笑しながら我冬が腕を振ると、中空に情報窓が浮かび上がった。

 宙に浮く半実体のディスプレイには、白い封筒が表示されている。

 我冬がそれを引きはがすと、封筒は実体の形を得て彼女の手の中に収まった。


「ほいっと」


 投げられた封筒を、琉香は慌てて走ってキャッチする。掴み取ったそれは少し固く、先程虚空から浮き上がって来たとは思えない感触を伝えて来た。


「その手紙は紹介状だ。同封した地図の場所についたら紅い髪の少女かゴシック服の自動人形に渡すといい。私の名前を出せば、きっと彼らも助けてくれるだろう」


 感謝を言おうと顔を上げると、魔女帽子の姿は幻のように消えていて。

 ただ何処からか、夜を運んでくる風に乗って、静かに声が聞こえて来た。


「君の行く先に、良き物語があらんことを」


                 ◇


「あの。女」

 話し終えると、熾遠は露骨に毒づいた。

 声も表情も変わらないままだったが、言葉に込められた意味が明らかに負のものだ。

 自動人形に感情を求めるのもおかしいが、苛立っているようにも、呆れているようにも、ひょっとしたら喜んでいるかのようにも捕えられる、何とも表現し難い意味に思えて。


「……知り合いなんですね」

「うん。古い。とても古くからの。知り合い」


 声の調子を一切揺らがさないまま、しかし口調に負だけではない何かの意味を込めて。


「あの人はね。良くこういうことをするの。困っている人の前に現れて。私達への紹介状を渡して完全にこっちに解決投げることを」


 強い感情を握りつぶすように、熾遠は右拳に力を入れる。


「例えば。アイドルの護衛だとか。無くなった機密文書の捜索だとか。脱走した生物兵器の打倒だとか。そういう大げさにしたく無い仕事を内密に」


 一つ一つを吐き出す度に、熾遠の顔が段々と俯き加減になっていく。

「そう。いつもいつも。いつもいつも。いつも。こちらの。事情を。一切。考えず。面倒。ばかりを。持ち込んで。来て。その。対処で。私。達。は。毎。回。回。回。回。回」


 握られた拳から、みきみきめしめしという擬音が聞こえてくるかのような錯覚がした。もはや表情も琉香からは見えなくなり、機能不全を起こした歯車の様な声の響きだけが届く。

 無感情に冷えきった声で熾遠は告げる。


「いつか。蜂の巣」


 ついていけずに琉香の表情が引きつった。

 それを心配と捕えたのか、熾遠は握り拳を解いて顔を起こし。


「安心して。貴方の依頼は。きっと上手く行くから」


 開いた拳をもう一度握り、誇らしげにしてガッツポーズを決める。

 そしてその腕を琉香へと伸ばし、手を差し伸べて。


「ん。それじゃあ。改めて挨拶しておくね。

 ようこそ。時乃琉香ちゃん。新しい世界の中心。世界政府オーバーロードへ」


 始まりを告げる言葉を口にした。

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