無双の武者 八

金属を道具として利用する歴史と合金には切っても切れない深いつながりがある。

金属というのは精錬をすることで不純物を排し、その金属元素のみで構成された純金属に近付けることが可能だ。

しかし、実際の製品において純金属がそのまま使われることは稀で、大体は何かと何かの合金になっている。


例えば大雑把に「鉄製品」と呼んでいるものは大概が炭素を含んだ鋼鉄であるし、用途に応じてクロムやモリブデンなどが加えられている。

いかにも金属そのままの「アルミ缶」も厳密には「アルミニウム合金」であり、マンガンとマグネシウムを1%程度含むことで強度を大きく増している。

現代地球の日常生活の中で純金属そのままの製品など、アルミ箔や銅線、後は電子分品で使われる金ぐらいしか無いのではないだろうか。

さらに言えば、地球上で最初に実用化した金属器は恐らく「青銅」であり、これは銅と錫の合金であった。


さて、この「始まりの合金」である青銅。

確かに冶金の始まりになるのも頷ける幾つもの特徴を持っている。

銅単体での融点は1085度で錫は232度。

普通に考えればこれを混ぜ合わせるためには1100度ぐらいの高温を出さなければ行けないように思えるが、実際に混合鉱石を熱すると700度程度から融解が始まる。

鉄と炭素の合金である鋼もそうだったが、合金化すると融点が純金属のものより下がることが多いのだ。

加えて、青銅は銅単体・錫単体より強度や耐腐食性に優れて、よく伸びて加工性も良かったため、古代において重宝された。

純銅ではあまりに柔らかすぎて装飾品に使うぐらいしかなかったものが、青銅という合金の出現で銅は金属材料の主役に躍り出たのだ。

時代が下るとより高温を出す技術が発達していき、鉄を都合の良い炭素量に調整することが可能になっていったので、強度に劣り産出量が少ない青銅は金属器の主役の座を降りるのだが、そこで培われた冶金技術の基礎はそれ以降の金属利用を支えていくことになる。


ではここで、鋼治の目論見に戻ろう。

恐ろしく強度に優れると同時に恐ろしく加工が困難な黒龍の鱗。

単体だと黒龍自身の炎でも溶かせないこれを粉末状態で鋼と混ぜ込めば、或いは融点低下が起きるのではないか。

そして合金化の結果、基材となる鋼の方が多少でも強度向上してくれれば光明が見えてくる。


それでは早速実験だ。

まずは少量の試料を作成しようということで、黒龍に鋼を一握りちぎり取ってもらい、合わせて黒龍鱗の粉をまぶしながら炎の吐息で柔らかくして練り合わせていく。


「どう?何か感触は変わった?」


鋼治が問うと


「何やら粘るようになってきたのう…。」


と黒龍。

早速物性に違いが出てきてる!と鋼治は目を輝かせる。

もっと温度を上げてみてもらえるかと言えば、それならと黒龍は試料を半分かじり取って口の中に放り込み、火を吹きながらモゴモゴとやりだす。

鋼を作ったときと同じ要領だ。

そうしてしばし咀嚼をした後、ぺっと吐き出した鉄塊は、柔らかくはありつつも固形のままだ。


「鋼と違うて、口の中でも溶けなくなっとるの。」


なるほど、少なくとも融点は上昇してるということか。

炭素が抜けてる分を差し引いても、ここまで変化はしないはず。

であるなら、黒龍鱗粉の影響と考えるのが妥当だろう。

なら次は常温での特性だ。


「それじゃ、三つぐらいに分けてもらって…一つはこの灰の中に突っ込んどいて。もう一つはそのまま置いといて、最後のはこっち」


そう言って用意するのはぬるま湯。

そこに最後の一塊を入れると、ジュワッと音を立てて湯気が吹き上げる。

焼きなまし、自然冷却、焼入れでどう変化するかの試しだ。


まずは焼入れした材を鉄床に置いて叩いてみるが、鋼治はその感触に目を見張る。

硬い、恐ろしく硬い。

高炭素鋼であるということを抜いて考えてもなお凄まじい硬さだ。

しかし、耐衝撃性はどうだと言うことで、なるべく端に力がかかるようにして、思い切り叩いてみる…が、割れや欠けが生じずほんの僅かに曲がる程度。

凄まじい弾性と硬度が両立している。

いやはや、多少なり強度が増せばと期待していたが、真逆ここまでとは。

鋼治は自分の常識が通用しない現象に、半ば気が遠くなるのを感じる。


そうして鋼治が呆然としていると、自然冷却させておいた試料を弄びながら黒龍が言う。


「面白いのう…この鋼、妾と同じ呪い(まじない)が付いておる。」

「まじない?」

「薄っすらとじゃがな。妾は大地の化身じゃ。誰も大地を打ち砕くことなど出来ぬ故に妾を打ち砕くことも出来ぬ。多少削るのが精々よ。それと同じことがこの鋼にも弱くだが起きておる。鱗が縁を作ったのかのう。」


なるほど、それは自分の知識では全くわからぬわけだと鋼治は嘆息する。

瘴気や眷属、そもそも地球の物理では測れぬような巨大な龍が自由自在に動き回っている時点で、自分の知る法則とは違うものが動いていることを薄々は感じていたが、今回のこれも其の類いなのだろう。

だが一方で、自分の経験や知識が活かせる部分も有る。

摩訶不思議では有るのだが幸い鋼治は現場で働く技術者であったので、「それはそういうものなのだろう」と受け入れる素地が有った。

少なくとも今この瞬間は、自分の知識が通用しきらぬ口惜しさよりも、未知の分野に触れている興奮が上回っていた。


兎に角に、恐ろしい強度の鋼材を得る希望が出てきたということで、自然冷却しておいたもの、焼きなまししておいたものも順次試していく。

これも実に面白いことに、三者の硬度・弾性には大きな差が出ないという結果が出る。

いや、正確には鋼材としての熱処理挙動が、「まじない」に覆い隠されてしまっているのだろう。

そしていずれも、加熱による可塑性が低下しているということも分かった。

要するに、黒龍鱗に性質が近づくということだ。


その後もアレコレ配合比率を変えて試してくとさらに色々と判明してくる。

黒龍鱗粉を増やすほど硬くしなやかになっていくが、5%を超えるとほぼ熱軟化しなくなるため鍛造すら不能になった。

この状態ではもう、黒龍がバリバリと噛み砕いて混合粉末に戻すしか処分の方法がないほどだ。

10%まで上げると、材料が結合しなくなり却って脆くなる。

黒龍鱗粉同士はいくら温度を上げてもくっつかないのだろう。

その意味では結局、黒龍鱗粉は溶けずに鋼材の中に散在しているだけとも言える。

合金と呼んでよいかは微妙だが、添加物とは呼べるか。

試行錯誤の結果、「高炭素鋼に3%の黒龍鱗粉を自然冷却」、これが最低限の加工性を維持しつつ権左の剛力に耐えうる物を作れる素材だろうという結論に至る。


龍身の黒龍が材料をモゴモゴと噛み合わせ、「三分黒龍鱗粉鋼」を精製すると、鉄床の上に吐き出していく。

すかさず人身に転じて、赤々と焼けたままの鉄をひっつかみ、ぐいっと引っ張って棒状に伸ばす。

そこに鋼治が加わり相槌を入れる。

何処をどの程度の強さで叩くかの指示を、言葉ではなく鎚の挙動で示すのが相槌だ。

相槌を打たれた箇所に、黒龍が握りこぶしを振り下ろす。

握りはいわゆる「鉄槌」だが素手だ。

ドゴンという音がして鉄床が揺れ、鋼材が圧し曲がり、黒龍の顔が引きつる。

しかし鋼治は動じずに材をヨイショとひっくり返し、曲がりを戻す位置に軽く相槌。

よしわかったと今度は控えめに黒龍が拳を打ち下ろす。

そうして打ちすぎたり戻したりをしつつ、温度が下がると黒龍が吐息を吹きかけて形を打ち出していく。

大まかな形ができれば、最後は細かな成形で鋼治の一人仕事となる。

真剣というより最早周囲のことなど目に入らぬという風で鎚を振るい続ける鋼治。

その横で、顔がニヤけるのを一生懸命こらえながら、指示に応じて炎を吹きかけていく黒龍。


一人と一匹の共同作業は朝から始まり、夜更けまで終わることがなかった。

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