LOVE LOVE LOVE YOU I LOVE YOU3

 私は外に出て思わず「しまった」と思いました。勢いで出てきてしまったもののアコさんを探してないじゃありませんか。でもさっきのグループとまた会ったら気まずいですし……。そう自分に言い訳しながらゲームセンターの横にある細い路地を通りました。私は何か考え事をするときは歩き回る癖があるので、その方向に目的地がなくても足が動いてしまいます。やはり戻るべきでしょうか。でもあの場所にいると決めつけるよりも多くの場所を巡ったほうが効率はいいんじゃないでしょうか。うーん。

 気づいたら道に迷っていました。ここまでどうやってきたのでしょう。自分の不注意さに呆れつつ元の大通りに出る道を探すことにしました。

 人の流れを見つつ、歩いているといろいろな発見がありました。以前来た時は気づかなかった面白そうな店、胡散臭そうな店、もはや看板を見ても何を販売しているのかわからない店、様々でした。アコさんは私の中ではちょっと変わった人間に先程分類されたのでもしかしたらこの辺にいるかもしれませんね。店内に入る気は起きませんが。

 しばらく歩いていると全然人通りのない場所に出てきてしまいました。数メートル前までは色んな店が所狭しと並んでいたのにここは店、というより生物の気配がしません。本当に駅前?と思ってしまうくらいです。歩きすぎたのでしょうか。

 でも今度は先程の道を反対側に進めば駅の方に戻れるでしょう。間違えてもすぐ修正。失敗を糧に人は成長してくのです。私はそう考え、体を回れ右しました。くるりん。すると後ろから方を掴まれた感覚が。ガシッ。はて、さっきまで人はいなかったはずなのに。もしかして変質者?こんな人気のない所では不思議でもありません。私は慌てて振り返りました。


「……ぶ」


「やーい!引っかかった!」


 そこには満面の笑みを浮かべたアコさんが。そんな彼女とは対照的に仏頂面を浮かべる私。振り向いたら待っていたのは彼女の人差し指でそれが私の頬にぐにょん、と食い込みました。勢いよく後ろを向いたので突き刺さった、と言ったほうが適切かもしれません。ちょっと痛いです。それにこんな幼稚なイタズラ、今時小学生でもしませんよ。私は呆れて彼女に小言を言おうと体ごと反転させました。まず何から言ってやりましょうか。心配させるな?何処行ってたの?イタズラすんな?いや、それよりも先に指摘する部分がありますね。


「……随分ボロボロですね。転んだにしては汚れすぎですよ」


「えっ!?あ、ホントだ!いやあ夢中で気付かなかったよ」


 まだ着て一週間と経っていないアコさんの制服は、無残にも袖は縦に少しちぎれていて、スカートには砂埃がこれでもかとついていました。ワイシャツのボタンも幾つかありません。殴り合いでもしたのでしょうか。


「……三日も来なかった理由はそれと関係していますか」


「んー……まぁそうだね。心配させてごめんね」


「……本当ですよ。まぁ無事なら何よりですが」


「あれ?何してたの、とか聞かないの?」


「……仮に聞いたとしても教えてくれるとは思えなかったので。ここであっさり白状したら三日前に濁した意味はなんだったのかと余計に疑問が沸いてしまいます」


「おお。その通りだよワトソンくん。ワケありでね、いくら友達でも内緒にしたいんだ」


「……私の名前はフウカです。別に乱暴されたとかそういうのじゃなければ言わなくて結構です。人には誰にも言えない秘密というのがありますからね」


「意外だね。フウカって躊躇せずにズバッ!と言ってくる時があるから私の口を裂いてでも説明を求めてくると思ってたよ」


「……心外です。人のプライバシーには極力立ち入らない主義なので。あとスカートの糸がほつれて少しだけですが下着が見えてますよ」


「げっ!それズバッと言ってよ!」


「……だから言ったじゃないですか」


「遅いってことだよ!」


 彼女はポケットから髪留めを出すとスカートを破けた部分をイジりながら応急処置を始めました。まぁ今できることなんてそれくらいでしょうし。格好は悪いですが大衆の前で恥を晒すことはなくなったでしょう。

 それにしても先程は事情は聞かない、と言いましたが心の中では興味津々でした。何があったらそんな姿になるのでしょう。本人に怪我は無さそうですが気になります。やっぱり口を裂くべきでしたでしょうか。いえ、私の流儀に反します。偉そうなことを言っておいて脳内では「やっぱ聞きなよフウカ!」派と「引っ込んでろ邪フウカ!」派が入り乱れていました。脳内の天使と悪魔を一旦落ち着かせ、思考に集中します。

 やっぱり乱暴されたのでしょうか。言いにくい事といえば言いにくいですが。そういえばここは人気が少ないですしそういった事が行われていても不思議ではありません。用事の途中、無理矢理物陰に連れ込まれ純潔を奪われたのでしょうか。私は性経験はありませんが初めては痛いと聞きます。確かにあそこに男性器が入るなんて想像もできません。やだなぁ。でも初めては好きな人に捧げたいですよね。女性ならみんなそうだと思いますが。

 ……話がそれましたね。失敬。もしそうだとしたら彼女は肉体的にも精神的にも傷を負っていてもおかしくはないはず。しかし服はボロボロですが血どころかかすり傷ひとつありません。そして私を出会い頭にからかって来たときの笑顔は普段のアコさんでした。強姦後にあんなに無邪気に笑えるわけはないでしょう。じゃあこの線はなし。おかしな妄想を見せてしまいすいませんでした。

 じゃあ他に考えられる理由ですか。公園で子供と追いかけっこでもして遊んでいたとか?高校生にもなってそれは、いや、彼女ならありえなくもない話ですね。からかい方といいイタズラといい精神年齢的には小学生くらいでしょう。失礼ですけどよく進学校に進学出来ましたね。それとも天才肌なのでしょうか。それは置いといて、大方の検討はつきましたね。たとえ違っても大した理由ではないでしょう。どうせお菓子が落ちてたから近づいたら落とし穴にハマった、とかそんなんです。


「おーい!さっきから何をブツブツ言いながら歩いてんのさ!待ってってば!」


「……ああ、すいません。それとアコさん、道に落ちている食べ物は食べちゃダメですよ」


「一体何を考えていたのさ……」


 私は彼女と並んで歩き出しました。アコさんは予想通りこのあたりに住んでいるようなので地形にも詳しく、大通りにすぐ戻ることができました。それと後から聞いた話ではあの場所はあまり近づかないほうがいいらしいです。なんででしょうね。私がそのことを質問したら彼女は口ごもって何も言いませんでした。本当は誰かの受け売りだったりして。まぁ用事でもなければこんな辺鄙な場所には着ませんしいいです。

 今日は一日アコさん探しで使おうと思っていたのに割とすんなり見つかってしまったので私は暇になってしまいました。そのことを話すと彼女は「家に来てよ!」と招待してくれました。友達の家に行くのなんて初めてなので私はすぐに首を縦に振りました。

 いやあ人の家って特有の匂いがあっていいですよね。私は好きです。人に個性があるように家にも個性があるんですよ。広かったり、狭かったり、便利だったり、不便だったり。この人はこの空間で育ったんだなぁと考えると面白いです。特に人の部屋はその人の性格というか内面を露骨に表していて、失礼ですがじっくり見て回りたくなります。

 つまり、結論を述べますと、自分の部屋を晒すことはよほど信頼関係が出来上がったんだな。ということです。入学式の日は不安でいっぱいでしたが今は隣にアコさんがいて、なぜか落ち着きます。まるで数年以上の付き合いがあるような感覚です。私が勝手に思ってるだけかもしれませんけど。

 さてさて、突然ですが皆さんは自分の性格についてどう思っていますか。温情溢れていますか?ネガティブですか?神経質ですか?ちなみに私自身の性格は性悪説だと思います。昔から自分以外は信用できなくて、出来ることは何でも一人でやってきました。だから孤立して友達が出来なかったのでしょうが。でもその判断が間違っているとは今でも思っていません。人間は怖い生き物なのです。私は魔女でもないので人の心を読むことはできません。なので人が嘘をついていても気づけないのです。都合の悪いことはなるべく表に出したくないですよね?それに嘘発見器にかけなければ嘘だと見抜くことはできない、だから人間は多かれ少なかれ嘘をつく。私はそれが子供ながら怖かったんだと思います。嘘をついてもバレなければペナルティはありません。そして嘘は『欺く』ためよりも『自分を守るため』に使われることが多いと思います。自己防衛は人間の本能ですからとっさの嘘は仕方ないでしょう。でも私は怖い。とっさに自分以外を騙す嘘をつける人間の脳のメカニズムが怖い。時には自分の脳すら騙してしまう嘘をつける人間は怖い。

 例えば夜中、山の中を歩いていたとしましょう。そこに何か怖いものが通り過ぎました。さて、なにが通ったでしょう?簡単な質問ですよ。気を楽にして答えてください。お化け?非科学的だと言って否定するつもりはありませんが、ちょっと違う気がします。野犬?確かに襲われたら怖いですよね。でももっと怖いものがいるんですよ。

 タイムアップです。それでは私の中の答えを発表します。それは、人間です。

 夜道、誰もいないと思って散歩していたら前から人が通ってきた時を思い出してみてください。人には知性があります。道具を使う技術もあります。そして、動物以上に予想できない行動をとる時があります。そんな生物が目の前にいたら怖くありませんか。性善説の人は「人がそんなことするはずないじゃん」というかもしれません。それはそれで正しいのでしょう。でも私はそう考えることができないのです。ちょっとした人間不信なのかもしれませんね。何もされないのかもしれない。会釈されるのかもしれない。突然殺されるのかもしれない。いろいろ考えられます。今挙げた予想、貴方は完全に否定できますか?できないはず、です。なぜなら人は月までロケットで行ったり、医療で寿命を延ばしたりできる、とても可能性に満ちている生物なのです。人は無限の可能性を秘めている。これは人間なら何が起こってもおかしくはない、と捉えることもできます。人間は優れた生物です。故に恐ろしいのです。発達した知性は平和のために使うことも争いのために使うことも出来てしまいます。ああ怖い。人間怖い。

 でもこんな私でもアコさんは怖くもなんともありません。彼女が嘘をついた時もありましたが恐怖は感じませんでした。理由は不明です。私の中では彼女の魅力がうんたらかんたら、と思っています。彼女といたら今までの自分を変えられるかもしれない、そういった希望も湧いてきます。彼女からは邪気を感じないのです。まるで正気の塊。こんな人間が現代社会にいるとは驚きです。超いい人。たまにからかわれますけど。


「あ、着いたよー!……ほら!着いたってば!」


「……あっ。すいません。またボーッとしてました」


「どうせ変なこと考えていたんでしょ?ガサツだから部屋汚そうだなーとか」


「……違います。とにかくここがアコさんの家ですか」


 見上げるとそこは普通の一軒家。ちょっと大きいくらいですね。家の壁が赤と白の縞々模様とかだったら速攻帰ろうと思っていましたが一安心です。彼女は家の鍵を開けると「何もないけど上がってー」と言い階段を上がって行きました。恐らく自分の部屋に向かったのでしょう。私は靴を揃え、一応アコさんの代わりに鍵をかけてから二階に向かいました。

 そこはごく普通の女の子の部屋でした。ベッドがあり、学習机があり、タンスがあります。壁に飾られているポスターも人気のアイドルのもので特に言及する点はないでしょう。どうやらアコさんの部屋、もとい個性は割と普通でした。以前変わっている女の子だと思いましたが流石に部屋に工具が転がっていたりはしません。衣類などちょっと散らかっていますが。


「ごめんねー!突然だったから部屋片付けてなかったよー!」


「……いえ、大丈夫です」


 私は辛うじて空いているスペースに座りました。座ったはいいですがどうしましょう。普通の女子高生って友達の部屋に来たら何をするものなのでしょう。は、花札とか?

 私は小さい頃は祖母の家で暮らしていて、身近にあったアナログゲームでよく遊んでいました。なのでデジタルゲーム、というよりも電子機器全般が苦手なのです。だから遊ぶとしたらトランプとか、将棋とか、そんなものしか思いつきません。

 あ、そうだ。私には読書という立派な趣味があるじゃないですか。本を話題にしてお喋りすればいいんですよ。脳に稲妻が走った私は彼女の小さめの本棚を見ました。あんまり本は持ってないんですね。背表紙を見る限りアコさんの本棚には漫画、ライトノベルがたくさんありそうでした。困りましたね。小説はともかく漫画なんて滅多に見ないので話が合うか分かりません。でも漫画はゲームセンター同様、ちょっと気になっていたので試しに一冊適当に選んでみましょう。私は表紙に可愛らしい女の子が描かれた漫画を取りました。

 アコさんが机の回転椅子でぐーるぐる回っているのを横目にページをパラパラとめくります。ふーむ。これはどうやら部活に汗を流す青春漫画のようですね。ただ文化部なのでスポ根とはちょっと違いますが。ストーリーは全国大会に出場して、ライバルと戦い、艱難辛苦を乗り越えて優勝を目指すという分かりやすいもの。面白いです。しかし私はメインの大会編ではなく、サブストーリーの友人関係の描写に目を奪われました。

 登場人物は全員女の子。誰もが個性的です。そんな一癖も二癖もある友達に主人公が振り回されるシーンがあるのですがその中に私の理解が追いつかないシーンがありました。主人公が同性の友達に下の名前で呼ばれるコマがあるのです。いえ別に友達同士が名前で呼び合う事に疑問はありません。でもそのシーンでは主人公は頬を染め、心臓が高鳴っている表現が用いられていました。何かに緊張していたのでしょうか。特に張り詰めた雰囲気でもなかったのに。対照実験、もとい比較をするため他の漫画も手に取ってみることにしました。これは、少女漫画のようです。お嬢様の主人公が平民の男の子に恋をする話ですか。身分差というギャップから好意を抱くことはよくあることです。読み進めると一巻の終わりのシーンで男の子が主人公を呼び捨てにするシーンが出てきました。その時、またしても顔を赤らめました。コンボとしてドキドキと分かりやすい効果音も出ています。このシーンの共通点はなんでしょう。確かに好きな相手に下の名前で呼ばれた時を考えると気持ちは分からないでもないですが、先程読んだ漫画はどうなるのでしょう。若年性更年期障害だったのでしょうか。

 私が最初に読み始めた漫画に再び手を伸ばすと、退屈したのかアコさんが話しかけてきました。


「おっ、フウカ随分とそれが気に入ったみたいだね。麻雀好きなの?」


「……えっ。まぁルールは知っていますが、私が注目したのはそこじゃないんです」


「そうなの?」


「……はい。このシーンとこのシーン、性別が違うという以外状況は同じですよね」


「うん」


「……でもこちらは同性相手なのに心拍数の上昇が見られます。何が起こったのでしょう」


「えー……。なんか恋を知らない頭ガチガチ理系みたいな評論されても……」


「……恋?同性同士で?」


「うん。そういうシーンだもん。それとも同性愛って知らない?」


「……聞いたことくらいはあります。でもあまりに唐突だったので分かりませんでした」


「愛ってもんを分かってないねーフウカは。性別、生物の壁なんて関係ないんだよ!文字通り外国には壁と結婚した人もいるんだよ?」


「……そこまで極端な事例を出さないでください。それにしても愛、ですか」


「愛。英語で言うとLOVE。フランス語だとAMOUR」


「…………」


 私は黙ってしまいました。性別の壁なんて関係ないですか。そのセリフに呼応するように私の頭の中に欠片のようなものが集まってきました。私とアコさんの友情、そして友情以外の不思議な感情、愛について。パズルのようにピースを集めてそれらをつなぎ合わせていくと綺麗な一枚の絵が完成しました。その完成形に満足した私は「……そういうことだったんですね」と零しました。


「お?私の高説が通じたのかな?」


「……ふふっ、そんなんじゃありませんよ」


 ああ、一度理解してしまえばなんて単純だったのだろうと呆れてしまいます。これが理解できなくて一週間も心ここにあらずだったのですね。私は初めての友達と一緒にもう一つかけがえのない存在も手に入れていたのでした。今日感じた半身のような感覚もあながち間違いではなかったのです。私はおもむろに立ち上がりアコさんの前に立つと彼女の手を握りました。初めて会ったあの日のように。突然の事に困惑する彼女を無視して私は自分の気持ちを伝えることにしました。大丈夫。実はもうシュミレーションしてました。後は勇気だけ。私は声が震えないよう生唾を飲み込むと、意を決して告白しました。


「……私、アコさんのことが好きみたい」

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