心王王女三女第三に等しく2

 翌日、気まぐれで早起きしてしまったので優等生であるウチはまた学校に向かった。真面目が売りのウチはいつもどうりセンコーを無視し、上履きに履き替え、教室へ行く。いつものメンバーが出迎えてくれるはずだ。教室に入るとサトミ以外のメンバーが普段通り駄弁っていた。

「あれ?サトミは?」「なんか知らないけど家にも帰ってないって」「もしかして昨日のミサキに対抗して夜遊びしてるんじゃない」「絶対それだよそれ!キャハハ!」と皆は話題にして盛り上がっている。まぁ昨日のは彼氏じゃなくて彼女なんだけどね。でもあれから帰ってないなんてらしくないな。駅とは反対の方向に去っていったのに。夜も遅かったし根が真面目なサトミならまっすぐ家に帰ると思ったんだけど。でもそれを指摘して場の雰囲気を乱すのも嫌だしウチも一緒になって笑っとくか。愛想笑いをしながら席に着く。まぁたまにはそういう日もあるでしょ。華の17歳、花も恥じらう乙女なんだし。自分の中で収集がついたのでウチはコンビニで買ってきた菓子パンを齧りながら会話に参加する。結局その日はサトミが来なかったこと以外は平常運転だった。


 しかしサトミが来なくなって一週間後、心の中にモヤが発生したかのごとくウチは落ち着かなかった。わかるでしょ?何もできないのに気持ちだけが逸るやつ。そんな感じの焦燥感?ってやつよ。そんなウチはその嫌なモヤモヤを取り除くべく、放課後にコンビニで立ち読みをしていた。それにしても少年誌ってどうしてこうも展開が似たり寄ったりなんだろうね。王道ってやつ?少しはこっちの意表を突いてきてよ。あーイライラする。ペラペラと流し読みしていると同じく立ち読みをしている、暇そうなサラリーマンの会話が聞こえてきた。

「おい聞いたか?新しい被害者が出たらしいぞ」「被害者ってなんのだよ」「撲殺少女工房に決まってんだろ!すぐ近くの川の土手の下で死体が発見されたらしくてさっき警察が来てたのを見たぜ」「まじか!ちょっと見に行こうかな」死体?そのワードにウチはピクリと反応する。いつもならこの程度の会話は聞き流してジャンプの続きを読んでいたかもしれない。しかしこの時ばかりは嫌な胸騒ぎがしたのでそのサラリーマン達をテコテコと追いかけていった。

 ウチが追いついた頃には既に人だかりが出来ていて背伸びをしても覗けないほど野次馬に溢れていた。ウチは比較的小柄なので野次馬の間をスイスイスイーと抜けると最前列に顔を出した。

 警察がシートのようなもので視界を遮って来たから現場はチラリとしか見えなかった。うわーめっちゃ血出てるよ。あんなに出たら死んじゃうんじゃない?ていうか死んでるよ絶対。救急車も来てるけど助からないって。警察もわかってるんだろうけどさ。地面に広がった血痕に若干引いてると、救急隊員らしき人が担架を持って出てきた。一応運ぶんだ。その光景を眺めていると、興味本位から視線が担架の上に乗せられた物体に移った。死体なんて直視したら気絶しちゃうよ。

 しかしウチは釘付けになった。運ばれていく被害者らしきモノが、ウチの学校の制服を着ていたような気がしたからだ。ウチは背中にゴキブリが入り込んだような、得体の知れない何かがウチの背中をゾワゾワ掻いているような感覚に襲われた。これは、不安?いや、違う。不安っていうのはもっと落ち着かなくて動かなきゃー!ってなるものだ。それとはちょっとだけ違う。じゃあこの感情はなんだろう。この一刻も早くこの場から逃げ出したい、何かに追われているような感覚は。自問自答していると一つの結論にたどり着いた。いや、たどり着いてしまった。これが恐怖なのだと。

 生まれて初めて恐怖という感情を知った。足が竦む。ウチの中に確信に近い、嫌な予感が渦巻いていた。これは知り合いなんじゃないか。まさか。そんなはずはない、と自分に言い聞かせたが震えは止まらない。ウチは何をすればいいか分からなかったから、とりあえずその場からダッシュで立ち去ることにした。そして家の布団に閉じこもり、目を瞑った。夢なら覚めて欲しいと願ったからだ。だけど覚めるどころか一睡もすることができず朝になった。多少睡魔に襲われているせいか昨日の得体の知れない感覚はある程度収まっている。ウチは玄関を出てフラフラとポストに行き、何気なく今日の新聞を手にとった。いつもなら四コマ漫画と番組表しか見ないのに今日は体が勝手に動いて、早く見ろ!と脅迫された感じがしたからだ。ウチは恐る恐るページをめくる。するとそこには大きな見出しでこうあった。


『私立高校の女子生徒が遺体で発見される。撲殺少女工房の仕業か』


「や、やっぱり……」


 ウチは疑念が確信に変わると背中のゾワゾワが更に強くなったように思えた。まるで全身の毛穴から蛆虫が這い出ようとしているみたい。震えて立ち上がることができずついつい新聞に視線が行ってしまう。

『昨日の夕方、河川敷をランニングをしていた主婦から110番通報があり警察が駆けつけたところ雨鳥サトミさん(17)が遺体で発見された。遺体には帝王切開のような跡と至るところにバットのようなもので殴られた傷があり、それによる失血死だと警察は判断した。そして司法解剖の結果、彼女の体内には虫やネズミ、『ボコボコにしてやんよ✩』と書かれたメモが発見されたことから東京の連続殺人鬼の仕業だと判断した』

 ウチはここまで読んで気が狂いそうになる。マジ?サトミがマックに戻ったときに誘拐された?あんな人通りも多い道で?今まで身近な事件とは思わなかった分ダメージも大きく、猛烈な吐き気に襲われる。というか吐いた。新聞紙に。思いっきり。汚物まみれになった新聞紙をクシャクシャぽいーっとゴミ箱に突っ込むとウチは立ち上がり制服に着替え、外に飛び出した。一人でいることが無性に怖くなってきたからだ。周りの人間が物珍しそうに見てくるが気にしない。走って駅まで向かう。駅に着くとちょうど電車が来ていたので飛び乗った。通勤通学の時間帯で混み合っている電車に揺られているとき、一緒に乗っているサラリーマンとか学ランの兄ちゃんが何故か怖かった。何をそこまでビビってるんだウチは。アレはただの一般人じゃないか。しかし顔見知り以外の人間の顔は全てハリボテで作られた嘘のような気がしてならなかった。横浜駅につき、また走ってサエの家に向かった。駅の近くで助かった。多少息を切らしながらインターホンを鳴らすと眠そうなサエが恐る恐るドアを開けてこちらを見てきた。ウチは構うことなくサエを押しのけ部屋に入っていった。


「ど、どうしたのミサキちゃん。様子が変だよ」


「サエ、あんたまだ新聞見てないの」


「えっ新聞?」


 そういって小走りで新聞を取ってくる。そして言われるがままにページをめくり、ウチと同じく腰を抜かした。


「え?嘘でしょ?クラスメイトの雨鳥さんが……」


 どうやらサエも状況を把握したらしい。ウチはため息をついて切り出した。


「やっぱり来てるんだよ……」


「な、なんのこと……?」


「だから!東京からここに来てるんだよ!撲殺少女工房が!」


 ウチは声を荒らげた。なんでもいいからとにかく何かを殴りたい気分だった。また何かに駆り立てられている気分だ。でもこれは恐怖じゃない。きっと不安と怒りの半々な感情がぶつかり合って、混ざり合って、溶けた結果だろう。グチャグチャになったそれはウチの頭ん中に居座り続け、内側からボコボコと暴れだしている。気を抜くと脳みそが穴という穴から吹き出しそうだ。激しい頭痛に襲われながらもサエの顔色を伺う。どうやら珍しいウチの怒声に驚いたのか困惑したのかサエは喋らなくなってしまったようだ。………強く当たりすぎたかな。


「ねえサエ、暫くの間ウチをここに泊めてくれないかな」


「えっと……別に良いけど……どうかしたの?」


「不安なんだよ言わせんな恥ずかしい」


「いいけど……その代わり私と一緒に毎日登校してくれる?私も不安だからさ……」


「うん……」


 ウチはクッションで顔を隠しながらサエの提案を受け入れる。学校に行かなきゃならないのは面倒だけど二人一緒にいれば少しは恐怖から逃れることが出来るだろうと考えたからだ。一人より二人の方がいいよね。孤独ってなんとなく怖いし。まあそのつもりでサエも切り出してきたんだと思うけど。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る