ぼく-2874による記述


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 敵との最初の衝突は、工場を出て三時間後のことだった。

 相手の姿はずっと前から認めていたものの、その距離は思ったよりも遠かったのだ。

 戦いが始まる直前には、ぼくたちの間にも疲れが見え始めているくらいだった。

 だが勝敗はすぐに決した。それも、拍子抜けするほどあっさりと。

 近付くぼくたちの顔が分かる距離になると、なぜだか彼らは、たちまちうろたえはじめた。先頭の何人かが面具マスクの電流に撃たれて死ぬと、彼らは総崩れになった。その理由はすぐに分かった。倒れた労働者。面具マスクを剥ぐと、その顔は――紛れもない「ぼく」。

面具マスクを取れ!』

 混乱のさなか、ぼくたちが腰に下げた面具マスクが、相手方に呼びかける。ぼくたちもまた、および腰の彼らをいち早く打ち倒し、その顔から面具マスクを剥ぎ取って投げ捨てた。

 戦いは大きな被害もなく終わった。それどころか、ぼくたちの軍勢は戦う前よりもその人数を増やしたのだった。敵だったぼくたちは、ぼくの説明と顛末をきいて、ぼくたちの仲間に加わったのだった。当然だ。ぼくたちはみな同じぼくなのだから。

 話を聞くと、どうやら彼らもぼくたちと同じく、偽りの記憶を植え付けられ、日々労働に駆り出されているようだった。彼らの場合、割り当てられている仕事は工場の警護で、きょうは反乱を起こしたほかの工場を鎮圧する任務を命じられた……ということのようだった。

 勢いを増したぼくたちは、そのまま彼らがやってきた場所――つまりもうひとつの工場へと突撃する。ここでも同じことの繰り返しだった。押し寄せるぼくたちの群れに、相手はおののき、倒れ、そして一部は面具マスクを外して戦列に加わった。

 あっけない、あまりにあっけない勝利。だがそれも結局、ぼくたちに新しいものはなにひとつもたらさなかった。つまり彼らもなにも知らず、偽りの記憶を信じて働いていたのだ。以前のぼくらと同じように。

 落胆するぼくたちに、だが一息をつく暇はなかった。再び天井から響いた機械音声。そしてぼくたちはまた、ほかの工場から敵が押し寄せるのを発見する。今度は二方向から同時に、だ。

 迷っている暇も、落ち着いている暇もなかった。協議が交わされ、ぼくたちは再び打って出ることに決めた。味方の数は単純に倍。だが敵の数も倍だ。二手に分かれるか、それとも一丸となってひとつを攻めるか――結局大した考えもなく、ぼくたちは均等に戦力を二分して、二手に分かれることに決めた。各工場で働く人員の数が同じなら、それでも苦戦はしないはずだろう。

 それにしても、まさかこの工場で働いているのも、ぼくだったなんて……。

 胸をよぎる一抹の不安を振り払いながら、ぼくたちは再び出発する。

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