第51話荒野の狂戦士カインと女騎士5

傭兵隊を置いて一人になったカインは、縦横無尽に原生林を駆け回った。


こういう時はカインひとりのほうが、行動範囲が大きく広がる。


野生の黒豹の如く樹木の間を通り過ぎ、流れの激しい渓流(けいりゅう)を飛び越えていくカイン。


樹梢(じゅしょう)に飛び移ると、別の樹梢を掴んでは移動する。


バーバリアンとは、密林の王者でもあるのだ。


そうしている内にカインは、森林に囲まれた墳墓らしき跡地を発見した。


──これが件の遺跡か。


蔓とシダに覆われた石壁を見回し、カインは遺跡の入口を探し始めた。


しばらくすると、四方が石畳で囲まれた入口を発見した。


入口の奥には、黒々とした闇が広がっている。


カインは入口に向かって雄叫びをあげた。


途端に驚いた蝙蝠達が、外へと飛び出していった。


カインは明かりを点けることもなく、遺跡の内部へと踏み込んだ。


この野生児は夜目が利くのだ。


ジャングルに生息する虎並みに。


砕けた石柱が列をなす、遺跡の通路を渡っている途中、カインはいくつかの部屋を見つけた。


カインは、その部屋を一つずつ丹念に調べ上げていった。


部屋には、儀式に使っていたと思しき短剣や装飾品が転がっており、カインはそれらの品々を頂いていった。


異変が起きたのは、四つ目の部屋に侵入した時だ。


無数の細長い灰色の触手が、侵入者であるこの蛮人の若者目掛けて、突然に躍りかかってきた。


カインは、その触手の群れを次々に斬り払っていった。


だが、いくら斬り払っても触手は決して減ることはなく、その攻撃の手は激しくなっていくばかりだ。


これではいくら触手を斬った所でキリがない。


そう判断したカインは、部屋から飛び出すと、通路から入口へと引き返していった。


遺跡を出てから、その足でキャンプ場へと戻っていくカイン。


空には、すでに黒い夜の帳が降りていた。




イスパーニャの爵位持ち貴族であるロドリーゴは、今回の戦で必ずや手柄を立ててみせるぞと、血気盛んな様子を見せていた。


この男爵という地位は、親から譲り受けたものだ。


しかし、自分は男爵などという地位に甘んじる男ではない。


最低でも伯爵こそ相応しい──イスパーニャ貴族のロドリーゴは、そう考えていた。


ロドリーゴは、出世欲だけは盛んな、イスパーニャを見渡せばどこにでも転がっている貴族の青年だ。


それは要するに青二才ということだった。


自尊心だけは高いのだが、それに能力が伴っていないのである。


もっとも、こんな手合いはどこにでもいる。


魔法や剣、あるいは銃の腕に優れているわけでもなく、見識が深いわけでも人望があるわけでもない。


それでも自信だけは人一倍だ。


絵に描いたような自惚れ屋。


サライを始めとする部下達は、そんな貴族の坊ちゃんに苦笑いを浮かべるだけだ。


機嫌を損ねると困るので、騎士などはそんな事は、おくびにも出さないのだが。


「相変わらず、君は美しいなあ、サライ」


ロドリーゴが、鎧を纏ったサライのつま先から頭の天辺まで舐め回すように見やる。


そして気取ったように香水を振り掛けたハンカチで、自分の首筋を拭った。


「それにしてもアルジャノンの連中と来たら、全く腹立たしくてしょうがない。

おまけにあの蛮人、名前を呼ぶのも汚らわしいが、粗暴なあのバーバリアン、

カインが近くを荒らしまわってるそうじゃないか」


酒の注がれた銀杯を給仕から受け取ったロドリーゴが、一息に中身を飲み干すと、もう一杯注ぐように命じる。


「あの男には煮え湯を飲まされましたからね。先の戦では」


銀杯の酒を次は舐めるように飲みながら、ロドリーゴがサライの言葉に同意してみせる。


「その通りだ。カノダを奪い、総督を殺し、我が国の士官を次々に暗殺したあの怪物。

交渉人まがいの真似をして、捕虜から身代金を取っているようだがな。全く、金に薄汚い輩と見えるね」


「全くです、ロドリーゴ卿」


「だが、我が軍に味方してくれるなら、これほど心強い兵士もいないな。

出自が卑しいだけあって、金と女、それと酒には目がない男だと聞いてるよ。

この際、我が軍に対する無礼な振る舞いには目をつぶって、何とかこちらの陣営に引き込みたいんだがね」


「あの男をですか?」


サライが急に険しい顔つきになった。


なめし革のチョッキの肩を払い、ロドリーゴが頷く。


「そうだとも。この戦、どんな化物を用いても勝ちたいのだよ、この私はね。それが薄汚い蛮人であってもだ。

戦は勝てば官軍、負ければ賊軍だ。勝てばどんな言い訳でも取り繕える。

それに無用になったら殺してしまえばいいのさ」


サライは思った。


このどうしようもない青二才の自惚れ屋は、しかし間違いなく青い血を引いているのだと。


冷酷で計算高く、人を手駒としか考えていないのだと。


それもまた、貴族特有の考え方だ。


「ですが、どうやってあの男と話をするおつもりなのですか。かなり用心深い男のようですが。

ロドリーゴ様が呼び出した所で、ノコノコ現れるとは思えません」


「ふん、そこをどうにかするのが、部下である君たちの役目というものだろう。

何、金と女と酒をぶら下げればいいさ。獣狩りに使う罠と同じだよ」


「……分かりました。ではそのように」


そしてサライはロドリーゴに一礼すると、部屋を後にした。

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