第26話蛮勇カインと拳者の石10

「なるほどな」


「所で何かわかったのか?」と、衛兵がカインを横目で見た。


「灰色ブロブは、少なくとも二体いるということはわかった」


「二体か。だが、モンスター学者の話では、ブロブは原則として単独で行動すると聞いているぞ。

ブロブは共食いもするからとな」


衛兵の言葉に対し、カインは手を振って否定した。


「確かに基本はそうだが、何事にも例外はある。

灰色ブロブは、食欲だけで生きている他のブロブに比べて、多少は知恵が回るぞ。

二体で協力して獲物を狩る個体がいても不思議ではあるまい」


「言われてみればそうかもしれんな」


「さて、俺達は準備のために引き上げるとする。所で名前がまだだったな。俺はカインという」


「俺はビッカー、この街で生まれ育った衛兵だ」


「ビッカーか。良い名前だな。ではサラバだ。機会があればまた会おう」






借りてきた荷車を引き、表店にある調味料屋へとカイン達が訪れる。目的は塩の購入だ。

その際の値引き交渉には、セルフマンが出た。


「いやあ、質の良い塩ですね。やはり噂通りの塩ですよ。それに店の雰囲気も好みだ。特にこの店の柱も立派なものですね」


猫撫で声で店の主におべっかを使い始めるセルフマン、店主はお世辞とわかっていても嬉しいのか、

頬を緩ませている。


人当たりの良いタイプなのかもしれない。商売の基本は相手を気持ちよくさせることだ。

特に言葉で酔わせることが出来れば、もう言うことはない。


お世辞を言うだけならタダだからである。


「ただ、余りにも良い塩なので、お値段の方もお高そうですね。いや、安物買いの銭失いといいますから、

少々値が張っても良いものを買ったほうが、結局は巡り巡って得をするわけですが」


そこで店主の方から、セルフマンに切り出した。


「どれほどご入り用なんですか?」


「一荷(約六十キロ)で十袋ばかり頂こうと思うのですが、その場合はいくらまで値引きしていただけますか?」


「そうですねえ……」


弾いたアバカスをセルフマンに見せながら、このくらいでどうでしょうかと店主が訊ねる。


アバカスとは針金に珠を通した計算器具のことで、ワラギアの商人であれば誰もが持っている道具だ。


「もう少しまけては頂けませんか?二十袋買いますので。お願いします」


店主に深々と頭を下げるセルフマン、店主が困り気味に鼻先をポリポリと掻ぐ。


そこに店主の背後から誰かが声をかけてきた。


「まけてやったらどうですか、ガービンさん。商売は損して得取れだ。良い常連さんになってくれるかもしれませんよ」


「おや、これはタッソーさん」


店主が少しばかり頭髪の薄くなりかけた男に向かって会釈する。

髪は薄いが身なりは良い男だ。


店主の態度から、相手はこの店の大事なお得意様だなと、セルフマンは見て取った。


「タッソーさんがそう言うならまけないこともありませんがね。

ただ、これだけの塩を何に使うおつもりなんですか?」


店主がセルフマンに向き直り、大量の塩の使い道を聞いてくる。


「話をお聞かせしたら、もう少し値引きしてもらえますか?」


「話の内容にもよりますね」


「分かりました。大量の塩が入用なのは、人食いの化物を退治するためなんですよ」


「それは新聞に載っていた人食いブロブのことですか?」


店主とタッソーの瞳に興味の色が浮かぶのをセルフマンは見た。


「ええ、そうです。ブロブというモンスターは塩が苦手のようでしてね。

だから退治するための塩が必要なんです。

所で店主さん、この店の塩でブロブが退治されたとなれば、ちょっとした評判になるとは思いませんか?」


セルフマンの後押しをするようにタッソーがそうだなと頷く。


「確かにこの人の言うように、この店の塩を使ってブロブ退治をしたとなれば、良い宣伝になるでしょうな」


腕を組んで唸る店主。何かを考え込んでいるようだ。


「そういうことであれば、当方でももっと安くしてお譲りしましょう。面白い話も聞けましたし」


店主は店主で塩の売り文句や口上を捻って、ブロブ退治をネタに商売をする気なのだろう。

こういうことは商売敵より先に始めるのが重要だ。


出遅れれば、それだけ儲け損なう。


「お互いに良い取引ができて嬉しい限りですね」


セルフマンが店主ににこりと笑って頭を下げた。


「いやあ、本当に良い商売ができましたよ」


クスクスと笑い始める三人。そこでタッソーがセルフマンに耳打ちした。


「所でカインさんはお元気ですか?」


「おや、確かタッソーさんと言いましたね?カインさんをご存知なんですか?」


「いやいや、ただ、私は牡牛の骨抜き亭の常連でしてね。いやあ、あの晩は驚きましたよ。

なんせ、天井を突き破って落ちてくるんですからね。あれには本当にびっくりさせられましたよ」


「おや、タッソーさんもお好きな方なんですか、自分も嫌いではないんですが?」

と、小指を立てるセルフマン。


そこから店主も混ざり、酒場や商売女についての雑談が始まったのだった。

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