第24話蛮勇カインと拳者の石8

「ああ、大丈夫だ。すぐに戻る」

仰向けになった汗だくの女を抱き抱えたまま、階段を上がっていくカイン。


男女の残り香がタッソーの鼻をついた。


奥の席にいた傭兵が、思い出したかのように声を張り上げる。


「そうだっ、俺は以前にチラッと見たことがあるぞっ、あれがタルスを首を刎ねた戦士カインだっ」


すると酒場がどよめきを見せた。


「あれがカインか……噂通りの豪胆な男のようだな……」


「ああ、ありゃ中々できることじゃねえ。並の男なら縮んじまうぜよ」


「英雄、色を好むというが、あっちのほうもかなり強そうだな……」


「あれほど立派なお宝は見たことがないわ……一度でいいからあやかってみたいわねえ……」


と、酒場にいた娼婦と客達が噂話をし始める。いつしか店はざわめきに満たされていった。

タッソーは思った。あれが噂の戦士カインかと。


やはり只者ではなかった。なんせ常人と比べて三倍ほどの大きさの至宝根を持っていたのだ。


男であれば拝まぬわけにはいかなかった。否、それは女も同じである。


と、その時だ。酒場のドアから飛び込んできた男が、血相を変えて、叫び声を上げたのは。


「た、た、大変だぞっ、ひ、人食いの化物が街中に出やがったっ」


その言葉を聞くと店内にいた客達が、飛び込んできた男に一斉に注視した。


部屋へ戻ろうとしていたカインが立ち止まり、女を下ろすと男の方へと向く。


「一大事であれば今すぐ案内しろ」


「わ、わかったっ、こっちだっ」




ひしめき合いながら、野次馬たちが悲鳴や怒鳴り声を発している。


惨たらしい眺めだった。路地に転がったいくつもの亡骸──どれも白骨化していた。

肉がすっかり削げ落ちている。


白骨化した遺体を検分するカイン──血の痕跡や内蔵などは見当たらない。それどころか肉片一つ残ってはいない。

現場にあるのは洗い晒したような真っ白い人骨だけだ。それもあまり散らばらずに地面に横たわった。


「は、灰色のドロドロした液体みたいな化物がよ、そこの川から這いずり出てきて、みんなを襲い始めたんだよっ、

それで逃げ遅れた連中が、化物に飲み込まれていったんだ……」


ガタガタと体を震わせていた案内役の男が、カインにそう告げる。


「なるほどな……お前の話から察するにこれは、灰色ブロブの仕業だろう」


「灰色ブロブってのは?」


着いてきたアルムがカインに訊ねた。


「ああ、歳を得たブロブは灰色に変わる。ブロブにはおよそ知性などというものはないが、

しかし、こいつだけは少々勝手が違うのだ。野生の動物程度には頭が回る。となると、厄介かもな」


「厄介?」と再びアルム。


「ああ、人を食ったせいで人肉の味を覚えただろう。そうなった灰色ブロブは好んで人を襲うようになる。

そして、奴はこの街を餌場だと認識したはずだ。となれば、奴は何度もやってくるだろうな。

それこそ始末でもしない限り」


騒ぎを聞きつけ、衛兵達も現場へと急行してきた。


「一体何があったっ、この転がった白骨死体はなんだっ」


衛兵の一人が、周りに居た住民達に向かって、きつい口調で問いただす。


案内役の男と怪物を見たという目撃者の何人かが、衛兵の質問に答え始めた。


「なるほど、灰色の粘液状のモンスターか……ふむ、恐らくはブロブか何かか」


衛兵の呟きにカインが言う。

「ただのブロブではない。歳を得て多少狡猾になったブロブだ」と。


衛兵がカインを横目でチラリと見た。


「何やらモンスターに詳しい御仁のようだな。

その鍛え抜かれた身体と、背負った長剣から察するに職業は戦士とお見受けするが」


「俺が戦士であることは間違いではない。だが、問題はそこではない。

灰色ブロブは他のブロブとは違って、ある程度は考えることができる。

そして餌場だと思えば、ずっとそこで獲物を狩ろうとする習性がある。

おまけに人の肉の味を覚えた奴は恐ろしく凶暴だぞ」


顎を撫でさすりながら思案げな表情を浮かべる衛兵。


「何やら厄介な話のようだな……他のモンスター研究者などの話を聞いて対策を立てなければならないか……」


「それでは俺達はここらで失礼させてもらうぞ」


衛兵にそう言うと、野次馬を押しのけ、カインは路地から一旦引き上げた。




一夜明けたカルダバの街は、怪物の噂話で持ち切りになっていた。


大通りに立った新聞売り達が、怪物が出たよ、怪物が出たよと騒ぎ立て、客の購買欲をくすぐる。


カインは新聞売りに銅貨を支払い、新聞を受け取った。

広げた新聞を読み始めるカイン──あの灰色ブロブの事が載っていた。


どうやら灰色ブロブには、賞金が掛けられたようだ。


退治した者には金貨二十枚、ただし生け捕りにすれば金貨五十枚を支払うという。

生け捕りにした場合は何かの研究に使うつもりだろうか。


カインは近くの食堂に入るとエールを注文した。

運ばれてきたエールを飲みながら新聞を眺める。


そして新聞を読み終わるとカインは食堂を出て、宿屋へと戻った。


怪物を退治するか、生け捕りにするか、宿屋へと向かう途中でカインはどちらにするか考えた。

つまみ出した銅貨を親指で弾く。表が出たら始末する。裏が出たら生け捕りにする。


迷った時はこうするのがわかりやすくていい。

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