第20話蛮勇カインと拳者の石4

村人達に走る緊張感──筋骨隆々とした長身の男が長剣を構えたのだから、ただの村人達ならば怯えぬ方がおかしい。

蛮人がその身に纏う野生の猛虎の如き威圧感が、村人達に伸し掛ってくる。


すると村人達の間から、一人の男が名乗り出てきた。初老の男だ。この村の名主である。

「わしがこの村の名主だ」


「おお、お主が長か。俺はカイン、見ての通りのバーバリアンだ。この村には偶然立ち寄ったのだが、

その時に鬼火やら悪霊やらに襲われてな。土蔵に逃げ込んでみれば顎を割られた旅人が転がっておるし。

それでこの洞窟を村はずれの老婆から聞き及んだので、お前達からも事情が聞きたくて、こうしてやって来たのだ」


「それならば大体の事情は察しているはずだ。わしらから話すようなことはない。

それよりもこの村の秘密を知られたのであれば、生かして返すことはできん……」


その名主の言葉にカインが、歯を剥きだしながら笑みを浮かべた。いや、笑みというには余りにも獰猛だ。

猛獣が獲物に対して見せる威嚇のそれに近いだろう。


「貴様ら如きがこの俺を相手に一体どうしようというのだ。貴様らではこの俺に指一本触れることはできんだろう。

だが、俺は貴様達全員を叩き斬ることができるぞ。出なければノコノコとここまでやっては来ぬわ」


カインの言葉に逡巡するする名主──確かにあの鬼火や悪霊などのアンデッドから逃れて来たのだから、

戦士としてはそれなりの腕はあるはずだ。


村の人間全員が一丸となって掛かっていっても無傷では済むまい。


加えてこの洞窟内でやり合うのは得策とは言えないだろう。

狭い通路内で戦うことにでもなれば、数の利が生かせなくなる。



そんな事を考えている名主の胸裡を読み取ったのか、カインは長剣を車にし、

刃を素早く回転させていくと、洞窟の壁目掛けて剛剣を振るった。


そのカインの動きを捉えられた村人たちはいなかった。誰ひとりとして。

斜め一文字に切り裂かれた花崗岩の壁──これぞ紫電一閃の妙技だ。


「さあ、どうする。それとも命を賭けて俺とやりあってみるか。

だが、この狭い洞窟ではいくら数が多くても無駄に犠牲者を出すだけだぞ」


「……何が望みじゃ?」


「その前にまずお前たちから話を聞きたい。望みはそれから考えるとしよう」


鞘に長剣を収めながらカインが言う。そこに酔っ払った老婆がやって来てカインに掌を突き出した。

「ほら、嘘は言ってなかっただろう。約束の銀貨をおくれ」


「うむ」


カインは約束通りに老婆の掌に銀貨を二枚ばかり落としてやった。

「へへ、まいどあり」




洞窟の裂け目から差し込む青褪めた月の明り、その下で熾火を囲む村人達をカインは眺めた。


「それでお前達は何故、セルフマンの兄を生贄に捧げたんだ。聞く所によればただの旅の行商人というではないか。

それとも何かこの村で悪さでもしたのか?」


酒の詰まった革袋を左手に握ったカインが、名主に対して訪ねた。

「……最初は盗人だと思った。村の畑をウロウロしていたから作物荒らしかと思ったんじゃ」


「それでどうした?」

木箱に腰掛け、俯いている名主にカインは急かすように再び聞いた。


「わしらも普段の生贄選びは、それなりに考えてやっておる。世間に害を為す者、あるいは何の役にも立たぬ者、

盗人や追い剥ぎ強盗、村を荒らす与太者、物乞いの流れ者、そういった連中を捕まえて捧げておった」


「なるほど、所で生贄を捧げる理由はなんだ?」


「それは勿論、この村を災厄や悪霊から守るため……だが、それだけではない。

生贄を捧げねば姫御前は村を祟るが、逆に捧げれば村を栄えさせてくれるのじゃ。

近隣の村々で疫病が発生したり、凶作が起こってもこの村は無事じゃったからな。

むしろ生贄を捧げるようになってから、この村は常に大豊作よ」


「大豊作か、悪くない話だな。それで先ほどの話に戻るがセルフマンの兄はどうなった?」


「……村の若い者が泥棒と間違えて後ろから殴りつけてのう。それからは大喧嘩よ。

それで騒ぎが大きくなっていって他の村人が喧嘩に加勢し、結局はその行商人を袋叩きにした。

丁度生贄が必要だと思っておったしのう……」


「それで生贄に捧げたのか?」


名主は片眉をつり上げながらカインを見やり、軽く頷いた。


「みんな頭に血が昇っておったからのう。行商人の男、中々どうして力が強く、手痛い反撃を食らった者もおった。

それですぐに簀巻きにして土蔵の中に放り込んだんじゃ。夜更けになってから、男は姫御前に生贄として連れて行かれた。

その翌朝になって畑を見に行ったら作物は荒らされてはおらんかったがな。だが、分かった所で後の祭りよ」


「ふむ、所でその姫御前というのは何者だ?」


「……事の始まりは今から五十年ほど前、わしがまだ小さな童だった頃の話じゃ。この村に大凶作が襲いかかってな。

日照りが続いて川の水も干上がり、村からは何人もの餓死者が出た。

それで雨乞いの為に生贄を捧げ、儀式を執り行ったのじゃ。その時に選ばれたのが、村はずれに住んでおった姉妹よ。

元々は流れの人足が連れておった子供達だったがな。

それで村はずれに住み着いて、村の手伝いなんぞをして食いつないでおったんじゃが、

大凶作に見舞われたせいで食うものも食えず、父親のほうは弱っていって結局はくたばった。

子供達に自分の食い扶持まで回していたんだろうな。

姉のほうは知恵足らずの厄介者だったが、妹の方は利発で気品があり、何より美しかった。似てもにつかん姉妹だったよ。

その理由ものちのちにわかったがな」


「姉とはあの老婆のことか?」


「そうじゃ、それで村の者達は妹のほうを生贄にすることにしたのよ。

それで雨乞いの儀式を行い、村は救われた。だが、それからじゃ。

村でその妹……姫御前の亡霊が出没するようになったのは。

これも後から知ったんじゃが、姫御膳はあの老婆の本当の妹ではなかった。

元はどこかの貴族の落胤だったそうじゃ、名前はエリッサと言ったかのう。

それからよ、この村で生贄を度々捧げるようになったのは。姫御前を鎮めるためにのう」

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