第16話蛮人カインと淫虐の総督7

握り潰された眼球から飛び散った水晶体の粘液が、カインの鉤爪をぬめつかせる。

激しい激痛がタルスの脳天を直撃した。


巨大な胴体を震わせ、滅茶苦茶にのたうち回るタルス──破壊された床や石柱の破片が辺りに飛散した。


「わしのっ、わしの目がああァっ」


眼窩から潰れた右目を露出させ、タルスが叫び声をあげ続ける。それは獣の断末魔にも似ていた。


カインは横に飛ぶとタルスの残った目も同様に潰した。完全に光を失ったタルス。


「とりあえずはこれでよしとするか」


そう呟くと跳躍したカインが手刀で鎖を断ち切り、ミラを下ろす。

カインはミラを抱き抱えるとその顔を覗いた。


「大丈夫だったか、ミラよ」


「ええ、私なら心配いりませんわ……」


ミラが微笑みながらカインに答える。

だが、ミラは衰弱していた。当たり前だ。ミラはタルスに手酷く痛めつけられていたのだから。


「少し休むが良い、ミラよ」


鉄格子を捻じ曲げ、カインがミラを避難させる。


そして痛みと盲目になった恐怖に暴れまわるタルスヘと近づいていった。

「外道のタルスよ、貴様に相応しい死をくれてやろう」


ぶよついたタルスの肉を鉤爪で引き裂き、カインが拷問を始める。

身体を切り裂かれる度にタルスは呻き声をあげた。肉に鉤爪を喰い込ませ、抉り取る。


だが、決して致命傷は与えない。ミラはその光景を無言で見つめていた。


「殺せ……殺してくれ……」


喘ぐような声でカインに殺してくれと願い出るタルス──残念ながら重ねた罪が深すぎた。


「そう言って懇願してきた相手をお前は殺して楽にしてやったのか、タルスよ?」

「うう……」


今のタルスにとって、変貌した事で得た生命力はむしろ邪魔でしかなかった。

単純に苦痛を長引かせるだけだからだ。


「所詮、お前は生贄を捧げて力を得ただけの存在よ。つまりは他力、偽りの力よ。

そんな貴様がどうやってこの俺に勝とうというのだ。この馬鹿者めが」


タルスの皮をベリベリと剥ぎ取るカイン──滲み出る血液と露出した白黄色の体組織。

今のタルスには最早もがきまわる気力も残ってはいなかった。


ただ、出来るだけ速やかに死が訪れることをタルスは願い続けた。この苦痛から解放されるべく。

しかし、凄惨な拷問が終わるのは、まだ時間が掛かりそうだった。




引き千切ったタルスの生首を腰にぶら下げ、カインはミラと共に城館を脱した。

夜通し早馬を駆り、ふたりが陣営に戻ったのが夜明けだ。


ミラを衛生兵に預けると、カインはすぐにエンリケの待つ幕舎へ行き、タルスの首をテーブルに置いた。

これにはその場に出席していた全員が目を見張った。エンリケひとりを除いて。


「よくやったな、流石はカインだ。悪の総督から姫を救い出してくるとはな。これは国中の吟遊詩人も大喜びするだろう。

犠牲は出たがそれ以上の成果はあったぞ」


「今こそ攻め入る好機だな、エンリケよ。雇い主が討たれた今、イスパーニャの傭兵共は給金の心配をしているだろう。

こっち側に寝返りたい者達も少なくはないはずだ」


「所詮、戦は金次第か。まあ、いいさ。寝返りたいならいくらでも寝返らせてやる」


エンリケが手を叩いて召使に酒を運ばせる。二人は酒を注いだ酒杯を掲げると一気に飲み干した。


「この戦、もはや決まった。イスパーニャは今頃混乱しているだろうな。奴らが体勢を立て直す前にカノダを奪還する」


「俺への褒賞は期待させてもらうぞ、エンリケよ」

そして二人は大声で笑い始めた。




それからは破竹の勢いだった。指揮する者を失った兵士など烏合の衆でしかない。


イスパーニャ側の砦は次々に攻め落とされ、街は奪還されていった。

相手側の傭兵達の士気は酷く下がっていた。それは正規兵も同じだったが。


傭兵達に関して言えば、これは当たり前だ。


誰が報酬すら貰えないような戦で命を賭けて戦うのか。

そして正規兵達は正規兵達で、総督を討たれたと言う失態が、負い目となって響いていた。


戦場に響く罵倒、怒号、叫喚。雨あられと降り注ぐ矢と魔法の洗礼。


ワラギアとカノダの軍勢は、イスパーニャの右翼を取り囲んで側面から潰していった。

端からもぎ取っていくように。斜行戦術だ。


そして一週間もしない内にカノダから、イスパーニャ軍は完全に撤退した。




空に輝く無数の銀色の星々が城を照らしている。

純白の大理石で出来た回廊を渡り、カインはミラの待つ寝室へと足を踏み入れた。


「ああ、カイン、貴方を待っておりました……」


薄紅色に染めたシルクのガウンを着たミラが、カインを出迎える。

「傷の方は大丈夫か、ミラよ?」


「はい、衛生兵の方に治療して頂きましたから傷はすっかり治りましたわ……まだ少しだけ痛みますが……」

長い睫毛を伏せ、ミラが小声で言う。その頬はどこか淡い桜色に染まっている。


「それはいかんな。どれ、俺に見せてみろ」


そういうや、カインがミラのガウンの裾を捲くりあげ、初雪の如き双臀を露にする。


背中から臀部にかけての滑らかな曲線、カインはそっと手を触れた。


白磁器のようなきめ細かい肌触りだ。


「ア……いきなり何を……」


突然の出来事に一瞬、驚きの表情を浮かべるミラ──だが、この少女はどこかで期待していたのかもしれない。


かがみ込んだカインが、ミラの白い肌に口づけする。ミラの唇から漏れる甘い吐息。

臀肉に感じるカインの唇の感触──高鳴る鼓動、ミラは軽い目眩を覚えた。


少女の肌を這う温かな唇と舌。


少女から女へと開花していくミラ、蕾を咲かせるのは野獣の如き蛮人だ。


ミラの雛菊と姫胡桃にカインの熱い舌が滑り込んだ。

「ああ……」


「さあ、力を抜くんだ、ミラよ……」


薔薇色に上気するミラの肌、カインが繊細な舌使いで二つの箇所を弄る。

それからカインは天蓋付きのベッドまでミラを運ぶと、少女を横たわらせた。


ミラの唇に重なるカインの唇──互いに熱い舌を絡ませる。

震えるミラの肢体、潤んだ明眸がカインを見つめ続ける。


「怖くはないか、ミラよ?」


カインの問いかけにミラは首を横に振って答えた。

「いいえ、怖くはありませんわ……」


それから二人は互を愛し合った。

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