#45 Under the Sun

「どうだい? 純度最高、太陽光の熱烈歓迎のシャワーは? 実に健康的で気持ちのいいもんだろ? 文字通り、身も心も浄化されるってもんだ。聴いた所、僕達は陽の光に弱いんだってな。せいぜい、小麦色のイイ男になれよ」


 僕の洒落た言葉ひにくが彼に聞こえているのかどうか、そもそも彼の耳に届いたかどうかは、わからない。


「あああああああああがぁあばああああうぁああああくああああああがあかあああがぁああぁあああぁあああぁあぁあああああああう」


「おいおい、どうしたバケモノ? 情け無い悲鳴を上げて。。違うだろ。『僕ら』はそうじゃないだろ? そんなモノではないだろう?」


 僕は嘲笑を込めた微笑を崩さない。

 が、やっぱり僕もキツい。だって…僕も××だから。


 しかしまあ、我ながら薄っぺらい笑顔を張り付けているものだ。虚勢を張るのがやっとの癖によくやるもんだと自画自賛。


「はあっ、タスゥけっ、くレオ。おな…人…間だア…ろはぁ……命ぃ……だっけ…ぁ」

「違うだろ? 僕とお前は人間なんかじゃない。命の灯なんて既に燃え尽きている。そして僕は助けない」


 そうだ。同じものではあるけれど、僕とお前は同じ人間じゃないんだ。同属であっても、同類じゃない。僕とお前の共通項は…


「お前は…、『僕達』は人間なんかじゃない! お前と僕は人間の理から外れた、


 そう。僕らはヒトじゃない。生き物ですらない。一生の内に燃やすべき命はとうに尽きている。


 ここに在るのは思いのままに動いて、人のふりをして、命があるよう見せかけているだけの、生きているように演技をしているだけの異物。


 理から、社会から、人間から、そして世界から『ハズれたもの』。


 僕はかつてあったはずの命の代わりに、その魂ごと文字通り身を燃やしている彼を笑顔で見つめる。ニヒルな演技を続ける。


「タ。す…っひ…ク…レ……さ、くだ…さ…、……すミ…ば、す…ん」


 存在が曖昧になりながらも必死に手を伸ばし――右半身は殆ど消失している(否、僕がフッ飛ばした)ので必然的に左手で――惨めたらしく許しを請い、助けを求める。


 彼が懸命に手を伸ばしても、いくら僕に助けを求めようとも、どれだけその身を焦がしても、その震える手で掴めるものは冷気を帯びた明け方の空気ぐらいのものだ。


 その血に濡れた、罪を重ねすぎた掌にヒトカケラの『救い』のピースが収まることもない。少なくとも僕は絶対にそれを与えない。


 僕による『情け』も『救い』もないと幸せな頭がようやく理解したのか、彼は僕にあらん限りの罵詈雑言をぶつける。


 既に命のない彼を瀕死の状態と言っていいのかは分からないが、とにかくそんな状態で僕を呪い罵る。全くを以て後ろ向きな行為。


 それは人間が最期に自分の存在を残そうとするかのようで。理から『ハズれたもの』による精いっぱいの見苦しい悪あがきの一場面。


「コ…、ひ、と……ごろオ…し…」


 思いもよらない言葉に思わず吹き出した。何を言っているんだ? 言うことが的外れ過ぎて、普通におもしろい。


 何度も繰り返し言っているじゃないか。僕らは人間じゃないんだ。いい加減に理解してくれよ。仏の顔も三度までって言うし、そもそも僕は仏陀かれほど人格者ではない。


 加えて、僕は直接手を出しているわけじゃない。彼を燃やしているのは毎日昇っているお天道様なのに、善意の第三者を責めるのはお門違いってもんだよ。


 まぁ確かにこの状況を創ったのは僕なのだけどさ。あくまで、舞台を整えただけ。


「おいおい、何人も喰ったアンタがそれを言いますか? 言うに事欠いて『人殺し』だって? 相当おもしろいよ。大したユーモアでナイスなジョークだ。生前はお笑い芸人にでも目指していたのかい?」


 アンタの主張は一つ残らず、一切合切的外れだ。あらゆる点でズレてるよ。


「 大体、殺人罪は人が人を殺したときに適応されるものだ。化物が同族を消したら、それはだよ」


 彼はどんどん自然に消えていく。溶けていく。それは僕の所業が多分に含まれている恣意的な現象なのだけど。


 どうやらダメージが元々あった個体は消えるのが早いらしい。

 彼とは違って僕はまだ大丈夫だ。ダメージなんて殆ど受けていないし、何よりもやり残したことがあるからかも知れない。


「でもまぁ…独りで消えるのが寂しいのなら、僕も一緒に逝ってやるよ。まだアンタは満腹じゃないし、小生意気なガキと消えるのは癪だろうけど、僕も出来ることなら全身全霊でご遠慮願いたい所だからさ、お互いトントンの痛み分けってことで手を打とうじゃないか」


 もう殆どが消えてしまった。

 陽はまだ完全には天頂に昇っていないのに、辺りにはまだ暗がりも残っているというのに。余りに呆気ない。


 これが人の世であぶれてしまったものの末路ってわけか…なんだろうなこの気持ち。


「最期の言葉があればご自由にどうぞ。それを聴いてやる位にはいい奴だぜ、僕は。聴くだけ聴いてやるから言ってみろよ…いや、その感じだと無理だろうね。口どころか、もう身体が殆ど残っていない」


 もう何とも呼べない歪な物体。その悲惨な姿に少なからず思う所がある。

 故に―――


「ならば代わりに僕がに一つの言葉を贈ろう」


 僕は軽く瞼のシャッターを閉じ、彼に贈るべき言葉を考える。


 ざまぁねぇな。因果応報だね。自業自得だ。最高だね。当然の帰結だ。仕方ないよ。当然の報いだ。物足りねぇよ。クソッタレが。反吐が出る。カスにピッタリだぜ。ああ満ち足りた。くたばれゲス野郎。ハッピーエンドだ。許せねぇな。生温いよ。同情の余地が無い。地獄に堕ちろ。残当だ。可哀相だね。辛かったね。良い事あるよ。


―――どれも違うな。ストンと腑に落ちない、釈然としない気分が残ってしまう。


 別に恨み言や慰めの言葉なんかを言いたいんじゃないんだ。そんなのもう要らないし、今の彼には言うだけ無駄だろう。


 吸い殻を投げ捨てその灯火を踏み消す。新しいものを咥えて火を点ける。最後の一本は自分の手で。


 紫煙を冬空に溶かし、イメージを固める。


 僕が言うべきなのは、僕が彼に言いたいのは、そう―――


「せいぜい、来世では…仮に、もう一度、何の因果か人間として生を受けることがあるのなら……もっと、その何というか。今回よりもずっと上手くやれよ」


 だってそれはとても他人事とは思えない、世界中にありふれていて、それでも酷く悲しい現実で普遍的な事実だからさ。


「なんか―――所謂一般的な普通の家庭に産まれてさ、話の合ってウマの合う友だちを作って、適度に学校に行ったりして。それで受験勉強とかを程々に頑張って、その中で適当に挫折したり、理不尽に無意味に恨まれたりを経験してだな」


 そんなクソみたいな毎日に、抗って闘えよ。


「色々あったけど、何やかんやで就職して、くだらなくて意味分かんない社会の厳しさなんてのを知ったりして。そんで、傷を伴う甘酸っぱい恋をして…失恋して、そして、真実の愛だかを知って、その果てに運良く結婚したりなんかして。可愛くない子供を作って、反抗する子供に手を焼いて、子供の恋人を認めなかったり、結婚式で似合わない涙を流したりしてさ。もしかしたら孫が産まれたりするかもしれない。そしてその果てに緩やかに穏やかに、暖かく死んでいけよ。出来るだけ普通に生きて、限りなく普通に――――――死んでいけよ」


 既に消えてしまった彼に語りかける。


 その内容は別に正しい訳ではなく、ただ僕の青い独りよがりの理想を押し付けただけの夢見がちな説教だけれど。独善的な願望だけれども。そんなどう仕様も無さを理解していても、僕は言わずにいられなかった。


 もう影も形もないけれど、初めから何もなかったようだけど、確かにここに存在していたんだ。


 なのに、誰も覚えていないのは可哀相だろ。

 不幸だけを残して消滅きえるのは、余りにも報われないだろう。


 だから、この僕が消えるまで、タイムリミット間近ので良ければ、覚えてやってもいい。


 彼には賛同も同情も理解もしないけれど、彼のその手は壊すばかりで何も掴めなかったけど、それくらいの微かな――救いとも呼べない小さな充足程度は良いだろう。、そんな儚い望みをひび割れた掌に置いてやるぐらいはいいだろう。


 あぁあ、本当に馬鹿だよな、僕って。

 それこそ救いようがない位の大馬鹿野郎。


 でもさ、昔から言うだろ? 馬鹿は死んでも治らないってね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る