#37 Funny Things

 こんなにも簡単なことなのに―――本当、なんで今の今まで気づかなかったんだ。やっぱり僕は頭の出来が良ろしくない。詰まる所が愚鈍な阿呆。


 憎き敵の…憎いカタキの心を殺すのに、言葉なんて曖昧で不完全で、不確かなものだけを武器として使うのは、考えてみれば合理的ではない。

 もっとシンプルに肉体の上から中身を傷つければいいんだ。そちらの方が遥かに効率がいいし、よっぽど楽しい。もっと早く気がつけばよかったのに。


 薄明かりに僕の笑いと彼の絶叫が反響し合い、気味の悪い残響のリバーブ。


「ははぁはっあ、くあ? たまんねぇなオイ。マジでふぅ~あぁあはっ☆」


 僕の攻撃は彼にどんどん突き刺さり、薄い皮を剥いて肉を裂き、彼の心を削ぐ。

 遥か上から一方的に振りかざして、叩きつける。喩えようの無い全能感と高揚感。

 彼には届かない高みから見下ろし、その醜悪が僕の思い通りに崩れていく。

 全てを一撃でなぎ払い、叩き潰す。圧倒的な強者による慈悲無き蹂躙。


「がぁっ…あぁああああああああばああああ…っ」


 殺人鬼の悲鳴は僕のテンションを上げるだけ。


「くはっ。踊れよ踊れっ! オイ、アゲていこうぜっ! もっと動かないと死ぬぞ? 本気でステップ踏んで、ブサイクなダンスを衆目に晒せよ。笑いで手元が狂うかもな。もしくは運よく躱せるかもしれないぜ? まぁ避けさせないけどなっ」


 無駄な肉を裂き、骨を殴打する音が奏でるハーモニー。

 身体が爆ぜ、悲鳴と絶叫がアクセントを加える。


 いいね。どう仕様も無いくらい心地良い。

 こんな極上のメロディがあるなんて思いも寄らなかった。想像だにしなかった。

 世界にはまだまだ未知が溢れていたんだ。


 扉を更にもう一つ。もう戻れない地獄の門。二度とは戻れぬアインズヴァッハ。


 犯罪者の気色と血色の悪い右腕が吹き飛ぶ。


「あああ、あああああがっうあああああきああぎふあくぅああ、あつあこじぃああ」


 続いて不細工な右足。絶叫を繰り返す。

 絶え間ない地獄で悟る。もう駄目だ。ここが境界線だろ。


 勝敗が見えた。彼の攻撃は僕に届かない。僕の攻撃は標的マトを外さない。

 彼は足を削がれ、自力で立つことすら出来ずに、地面を醜く這っている。

 明確に僕の勝ちだ。先の見える勝負には意味が無い。一気に萎えた。

 沸騰した血液が即座に冷めて行く感覚。興醒めだ。

 確かに最高の時間だった。束の間の永遠。



 でも、もういいよ。

 飽きたよオマエ。

 さっさと消えろ――――――





















「雪人っ!」












 誰だよ…これからクライマックス、閉幕の後にカーテンコールの流れだったのに。

 無様な彼によって削がれた興が、更に削がれたじゃないか。


 はぁ、実にくだらない。

 取るに足らない理由で僕の行為を止めたのであれば――サクっと消しちゃうぞ?

 そこんとこをきちんと分かっているのか……なぁシャーロット?



「雪人…貴方何をやっているの? それに、その姿は…」


 怒号に似た詰問。


 いやいやねぇねぇ? 『何をやっている』って? 欠伸が出るほどにシンプルで楽勝な問題。


「何って見て分からないのか? バケモノを消すところだよ。僕を刺し殺して、亜季子を攫った猟奇的な根暗をね」


 軽く彼女に現状説明。相まってクールダウン。

 その際によく見てみれば、シャーロットは誰かを担いでいる。積み荷の正体は見知った少女。


「お、良かった亜季子は無事だったのか。流石僕の下僕モノ主人ぼくに似て有能で優秀だね。手放しで褒めてやる。よくやった」


 これにて亜希子の身柄を無事確保したし、後は汚い大地で無様に這いつくばっているロリコンを抹殺すれば、晴れてハッピーエンドだ。

 誰もが憧れ恋い焦がれる完全なる結末。大多数に望まれたパーフェクトなエンディング。完全なる大団円。


 彼の消滅を以て、この物語に幕を引こうと思う。



 だけど、シャーロット―――君だけが、ただ君だけが、それに水を差す。僕に停滞の冷水を浴びせる。


「下…僕モノ? ちょっと待って――― 貴方は今、私のことをそう称したの?」


 なんだよそれ。今更過ぎる。二時間以上前に済ませたはずの問答。


「オイオイ、忘れたのか? キミが自分で言ったんだぜ? 『私は貴方の剣で盾』だって。つまりは僕の所有物だろ? 嘘だろ、何か間違えているか?」


 変なやつだな。

 でもまあいい、それはさておき、とりあえずどいてろよ。巻き込まれると危ないからな。


「亜季子を助けたご褒美はコイツを消した後に、たっぷりしてやるよ。身体洗って、楽しみにしとけよ?」


 さぁ、これにて閉幕。ご来場の皆さん、拍手と歓声とハンカチの用意はお済みですか?

 稀代の歓喜と稀に見るアホみたいな狂気の物語も、否応がない感動のフィナーレを迎える。アンコールも再演もないので、一生忘れず刻んで欲しい。



 じゃあな、化物。

 今度こそさようなら。































 しかし、物語はまだ終わらない。照明は落ちない。緞帳はまだ降りない。



















 ああ知っていたさ。


      僕の都合で物語セカイは動かない。

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