第2話 ピーターパン症候群の女

 薄紅色をした満月がこの世の終わりを連想させる今日この頃。

 俺は馬乗りになっていた少女に手を引かれて夜空を舞っている。


 冬の空は皮膚がボロボロと零れ落ちてしまうにではないかと思うほど痛く、冷たく、親戚の伯母さんに「サトル君のまつ毛は女の子みたいに長いね」と言われていて自身のチャームポイントになっていたまつ毛も今じゃ凍結してしまい見るも無惨な状態。


 「☆◆9j... ...」


 空を飛びながら少女が何か俺に言っているが風の音で上手く聞き取れない。

 そうこうしているうちに少女は先ほどよりもスピードを上げ、遂には呼吸することもままならないまでに陥って、内心、死を覚悟した。


 少女は俺の事を大柄の家畜のように思っているのか定かでないが、そんな状態の俺を気に掛ける事無く、ひたすら前を向き、雲の中を弾丸のように突き進む。

 薄れ行く意識の中、雲の中を進んでいるときはまるで水の中にいるような不思議な感覚になった。


「そろそろ、雲を抜けるよ!」


 少女は後ろを振り返り、満面の笑みを見せた。


 はっ?

 こいつ、俺を攫っておいて何ニヤニヤしてんだよ。

 ピーターパン気取りの小娘に心底苛立つ。


 灰色の景色が続く中、僅かだが月明かりのような光が見え、少女はその光を目指すように進んで行っているよう。

 近づくにつれ、光は段々と強まり、ある一定の距離で眩しさから瞼を閉じる。

 すると、瞼を閉じて数秒後「ぼふっ」と耳に空気が入り込み音を立て、雲を抜けた。


 ゆっくりと目を開けると下には何処までも続く雲海。

 上を見れば幾千の輝く星々。

 世の権力者が思いをはせる光景に俺は他力本願ながら辿り着いた。


「どう? 美しいでしょう? これは私が一番大切にしているものなの」


 少女は悦に浸った面持ちで雄弁に語る。


 しかし、名も知らぬ少女の宝物をいきなり見せられても反応に困る。

 大抵の人間は「はあ... ...」「... ...すごいね」くらいしか言えない。


 俺も、右へ習えではないが「はあ... ...」とため息交じりに応えようとしたが空を高速移動した事により、唇が凍結していた。

 

 ... ...そういえば、先ほどから手や足の感覚がない。

 聴覚と視覚以外の五感を失っている事に今気が付いた。


 少女はぼそぼそと何か言った直後に俺の手を離す。

 空気の抵抗なのか、落とされる瞬間、フワッと浮き上がるように感じた。

 そして、ウオータースライダーでの基本姿勢のような態勢で地球の引力とやらに引っ張られる。


 ニュートンが生きていたら俺を羨ましがるだろうか。

 

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