29、チェスター・モーティマ

 地上の騒ぎの報告を受けたモーティマ大佐は苛立った。

 久し振りの感情だった。

 ヨーロッパから不死者の上層階級である貴族たちが到着した日に起きた騒ぎだ。

 何としてもうまく処理しなければならない。

 大佐は、屋敷の地下の線路に置かれた客車に乗り込む不死者たちを見た。

 優雅な身のこなしは、品の良さと優雅さを兼ね備えている。吸血鬼になる前からなのか、なった後なのかはわからない。それは、チェスター・モーティマ大佐の憧れるものだった。彼は、ゲティスバーグの戦いにおいて瀕死の状態から吸血鬼として生まれ変わった時から、彼ら不死者の素振り仕草を真似するように極力心がけていた。

 いつか不死者の仲間入りを果たした時、見下されないようにする為に。


「侵入者は何者だ」

「よそ者です。保安官から報告のあった連中のようです」

「なぜ始末できん」

「それが、連中、吸血鬼を一発で仕留める弾を持っていて……しかも射撃が恐ろしく正確な奴らで」

「貴様の持っているそれはなんだ」

 大佐は、部下のホルスターに収められた銃を指差した。

「銃であります」

「射撃の訓練はしたよな」

「はっ」

「だったら成果を示せ。侵入者は必ず殺せ。貴族たちの出発を邪魔させるな」

「分かりました。大佐」

 部下は、敬礼をして去った。


 人間などに簡単に殺されるとは……

 モーティマが憂慮していた事だった。

 部下の兵士たちは人間に対して優位を保てる吸血鬼の時間が長すぎた。その思い上がりが油断を産んだのだ。

 吸血鬼化した兵士を殺せる弾とは恐らく、銀の弾丸か、聖職者か信心深い人間が祈りを捧げたものだろう。銀の弾丸は、弾道がひどく反れる。弾丸としては使い物にならないからたぶん祈りを捧げられた弾、聖弾だ。。

昔、そのような剣を見たことがある。その剣は銀ではなかったが、一撃で吸血鬼を葬り去っていた。

 侵入者も同じような物を使っている。剣から弾丸に置き換えただけだ。

 


「騒がしいわね。何かあったの?」

 いつの間にか背後に少女が立っていた。

「これは、レイミア皇女」

 大佐は、丁重に頭を下げた。

 まったく気配を感じ取れなかった。吸血鬼化した身体は、あらゆる身体能力がましている。特に五感は信じられないほどに感度が鋭くなっていた。

 それなのに、この上位貴族のひとりである少女は、大佐に気配を感じ取らせなかった。

 吸血鬼は、吸血鬼となって生きた年月でその能力の高さは変化すると聞いたが、この目の前の少女は、一体、どのくらいの時を生きているのだろう。

 モーティマ大佐はそう思いながら顔を上げた。

「敷地内に侵入した者がいるようです。只今、部下たちが対処しておりますのでご安心を」

「敵対派?」

「いや、まだわかりませんが、どうやら普通の人間のようです」

「あら、人間が簡単に私たちを殺せるの?」

 この少女は、状況を全て知っている。

 モーティマは思った。

 解っていながら質問をしているのだ。

「どうやら、聖弾を使用しているようです」

「聖弾?」

「神を信じる者が祈りを与えた銃弾です」

「面白いわね」

「どうでしょうか」

「でも、あなた方が対処してくれるのでしょう?」

「はい、もちろんです。その為の我々です」

 大佐は、武器を取り付けた装甲武装列車が連結される様子に視線を向けた。

「あなたご自慢の特別車両ね。大げさよね」

「どのような者が妨害してくるやもしれません。このくらいの装備はしておかないと。これがあれば、いかなる者も列車には近づけさせません」

「そうかもね。でも、まずは屋敷に入ろうとする者の排除が優先です」

「はい、もちろんです」

「私は、先に客室に乗り込んでいるわ。列車の出発時間までには解決なさいな」

「心得ております」

 レイミアは、大佐から背を向けると待たせていたウィンディの方に向かった。


「あの人と何を話していたの? レイミア」

 ウィンディが聞いた。

「列車の出発時間を聞いてきたの。問題があって少し遅れるって」

「そう……でも、あの人、車掌さんには見えないね」

「あの人は列車の護衛する人たちの隊長さんよ。車掌さんの代わりもやってるの。それより、客車に乗りましょう。あるわ。お腹も空いたでしょ?」

「うん、少し」

「じゃあ、行きましょう。おいしい食べ物も用意してあるわ。お菓子もあるわよ」

「本当に?」

「さあ、早く行きましょう。実は、私もお腹がペコペコなの」

 レイミアは、そう言ってウィンディの手を引く客車に向かった。


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