11-4 ラングドッグ号の生存者

「えーっ! エディス殿下!」

 ラヴェリテは思い出した。

 ラングドッグ号の見送り以前に直に会っている。父と一緒にお城の舞踏会へ出かけた時だ。その時、挨拶を交わしただけだったが、とても印象の良い人だった。有能で知的な上、人柄も良い人物だと父や祖父たちのから聞かされている。


「な、な、なんでエディス殿下が幽霊船なんかにいらっしゃるのですか?」

「幽霊船? ああ、この船のことか。確かに風変わりな船ですが幽霊船というわけではないようですよ」

 エディス皇子は、あっけらかんと笑ってみせた。

「セルメント・ローヤルティ中佐のご息女ですね。こんな海の上で再会できるとは驚きです」

「わ、わたしを覚えておいでなのですか?」

「ええ、ラングドッグ号に見送りに来ていらっしゃいましたよね。たしか三年ほど前の舞踏会にも。社交界デビューには少々若かったのでよく覚えていますよ」

「えへへ、あの時はどうしても舞踏会というものに行ってみたくって、無理やり父上にお願いしたのです」

「中佐から聞きましたよ。なんでも一度で飽きてしまったとか」

「あ……それは、なんだか、思ったより窮屈な場所でしたもので……」

「あなたは、社交界などより船乗りに夢中になっているとか」

「はい! 帝国海軍アンゲルン・マリーン初の女性の艦長になるつもりです!」

「それは良い。そうなれば我が帝国の海軍はますます強固なものになるでしょう」

「ありがとうございます!」

 ラヴェリテは、元気よく返事を返した。

「殿下もご無事でよかったです!」

「ありがとう。船の残骸に掴まり、海を漂流しているところをこの船ヴォークランに救われましてね」

「そうでしたか。私も同じです。この船は幽霊船のくせに良い行いをするのですね」

 そうラヴェリテが言った時だった。

「幽霊船ではありません」

 エイクスが口を挟んだ。

「ごめん。の巡洋艦……だっけ?」

エイクス人工知能式管理システムで結構です。キャプテン・ラヴェリテ」

「エイクス?」

 エディス皇子が小首を傾げて聞き返した。

「彼の名前は難しいので、さきほど決めました」

「君たちは仲が良いのですね」

「はい! 彼は新しい友だちです!」

「キャプテン・ラヴェリテ。私は、ミサイル巡洋艦の人工知能式管理システムです。"友だち"という関係性は人間同士に生じるもので……」

「小難しいことを言うな。私は、友達だと思ったんだ。君は私と友達になるのは嫌なのか?」

「そういうことではありませんが」

「では、友達でいいじゃないか。私はエディス殿下を助けて、なおかつ私を助けてくれた君が好きなのだ。それでいいじゃないか」

「あなたが、そうおっしゃるなら新たに"友だち"というカテゴリーを作成して登録いたします」

「素直じゃないなぁ」

 エディス皇子は、ラヴェリテたちのやり取りが可笑しくてクスクスと笑ってしまった。

「このエイクスは、僕らの船が襲われているのに気づき、様子を見に接近してくれたのですよ。おかげで私はこうして生きています」

 大げさな身振り手振りで皇子は説明した。

「確か、海の上に熱源……だっでしたか? エイクス」

「はい、この海域では珍しい熱源を探知しましたので」

「熱源?」

 ラヴェリテは小首を傾げた。

「エイクスは、船に温度の高い部分があると距離が離れていても位置がわかるらしいのですよ」

 エディス皇子が説明した。

「海上に90メートル級の船に動力源らしき熱源を探知したので、確認の為に接近したのです。すると海上では二隻の船が交戦中でした。その時の映像を記録してあります。ご覧になりますか?」

「ん?」

 またもや聞き慣れない単語にラヴェリテは再び戸惑う。すると皇子がまた説明をしてくれた。

「エイクスは、不思議なことに過去に起こった様子を動く絵として記録することができるのですよ」

「すごい! それは魔法じゃないか」

エイクスに言わせると魔法とは違うものらしいよ」

「見たい! 見たい! 早く見たい!」

「でも、ラヴェリテ。これはあまり見ない方が……」

「何故です? 皇子。こんな魔法のような技術は、帝国にもないじゃないですか」

「いや、そういうことではなく……」

「いいよ、エイクス。映像とかいうものを見せてくれ」

 ラヴェリテがそう頼むと目の前の空中に画面が現れ、二隻の戦闘の映像が映し出された。

「うわっ! なんなのだ?」

「大丈夫、ラヴェリテ。これが録画映像というものだから……と言うものの私も初めて見たときは驚いたがね」

「本当に過去に起こったことなのですか? 今、この窓から見えているは本物みたいです」

「ああ、そう思うのは当たり前だね。でもやはりこれは見ない方がいいかも……」

 エディス皇子はそう続けたが映像に夢中なラヴェリテには聞こえない。

 映し出された映像には見ると見覚えのある船の姿が映っていた。それはラングドッグ号だった。

「父上の船だ!」ラヴェリテは、映像を見て言った。

「そのとおり。だが、この先は……」

 映像はラングドッグ号が砲撃により沈む様子を映し出していた。

 唖然としてその様子を見つめるラヴェリテには先程までの気分の高揚はない。

 まるで高い塀を登っていた途中でハシゴを外された気分だった。

 やがて映像は終わった。

 肩を落とすラヴェリテにエディス皇子が優しく声をかけた。

「お父上は残念なことになってしまった」

「は、はい……」

 力なく答えるラヴェリテ。

「私のせいだ。本当にすまない」

「なんでエディス殿下が謝る必要があるのですか? ラングドッグ号は、ヴォークランの幽霊船に沈められたのですよ」

「ヴォークランの幽霊船? 本国では、ラングドック号は幽霊船に沈められたと思われているというのですか?」

「そうです。だから私はヴォークランの幽霊船をやっつけるために海に出たんです!」

 声が荒くなるラヴェリテ。

「しかし我々を襲ったのは幽霊船ではありません」

「えっ?」

「たしかに幽霊船に偽装して霧に紛れての急襲でした。乗組員は、不気味な髑髏の仮面をしていましたが、恐らく装甲戦艦。それも我が国の新造艦によく似た艦でした」

帝国海軍アンゲルン・マリーンの新造艦……?」

「内燃機関というものを動力とした新しい船です。それを使って翼状の回転板を取り付けたシャフトを水面下で回して海を進むことができるのです。大陸から大金を払って買った技術です。 この船は風の力を利用しないでも海の上を進む事ができます。エイクスが気がついた熱源というのは恐らく、この新造艦の内燃機関だったのでしょう」

「でも、なんで……?」

「実は、ラングドック号は、極秘の外交任務で北方王国へいく途中だったのです。この航海は、私は乗っていないことになっているしラングドック号の航海目的も演習航海としてありました。それなのに待ち伏せされた。これは海軍の中に、この外交任務に反対する者たちがいるという事でしょう。それも上層部内に……」

 今まで笑みを絶やさなかったエディス皇子の表情が険しくなっていた。

「今、帝国の中には二つの勢力があるのです。ひとつは北方王国に大海に通ずるバンドネオン海の通行を許し、国家間の緊張状態を緩和しようとする勢力。もうひとつは、バンドネオン海の通行を断固として拒否し、北方王国との開戦も辞さない勢力。私は、前者の側です」

 そう話続けていたエディス皇子は、ラヴェリテが困惑した表情で自分の顔を見つめているのに気がついた。

「あ……いや、子供の君にこのような事を話してもよくわからないですね。気にしないで」

「殿下のお話は、なんとなく分かるような分からないような……でも、父上の仇を討つためにここまで航海して来ました。けれど相手が幽霊船ではなく帝国海軍の船だったなんて……そしてそいつは、私の船まで……」

 その時、ラヴェリテは大事なことを思い出した。

 それは、ミラン号のことだ。

「わたしの……あっ! ミラン号は? 私の船は!」

 ラヴェリテは、思い出したように言った。

「レーダーの記録によると、数時間前の二隻の船が接触しましたが、すぐ離れています。沈んではいない可能性は高いと思われます」

 エイクスが言った。

「ならミラン号は無事なのか?」

「その船の損傷の具合は不明ですが、その時点では沈んではいません」

 ラヴェリテは、ほっと胸をなでおろした。

「君が乗ってきた船は、どうやら幽霊船から逃げおおせたようだね」

 皇子がそう言うとラヴェリテはにっこりと微笑んだ。

「はい! 私の部下たちはとっても優秀ですから!」

 ラヴェリテは嬉しそうに答えた。

「君が船長?」

「はい! ミラン号は私の船です。そして私はキャプテン・ラヴェリテ・ローヤルティです。エイクスもキャプテン・ラヴェリテと呼んでいましたでしょ?」

「い、いや冗談かと思っていたもので。これは失礼しました。ローヤルティ船長は確かに優秀な方だったが、そのご息女もその歳で船長をなされているとは、すごい!」

 皇子に褒められたラヴェリテは、頬を赤くした。

「も。もったいなお言葉です殿下」

「とにかく、君の船……ミラン号は、幽霊船からうまく逃れたようです。であれば、いずれ合流もできましょう」

「はい!」

 ラヴェリテは、力強く答えた。

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