10-4 霧の海

「助けてくれそうなその船……実は、そいつも"幽霊船"と呼ばれているんだから」

 ミランのその言葉がラヴェリテの頭から離れなかった。

 そのせいか弾薬庫で砲弾に魔除けの呪文を描き入れる作業も手が止まりがちだ。

 朝から始めて、まだ2つほどしか済んでいない。


 この海に幽霊船がもう一隻?

 お父様のラングドック号と戦ったのどの幽霊船?


 頭には疑問が浮かんでは消えていく。

 そんな様子のラヴェリテを気にしたサジェスが声をかけてきた。

「船長、手が止まってますよ。魔除けの呪文を描かなけりゃならない砲弾は、まだまだあるんですから」

「うん……」

 ラヴェリテは気のない返事を返す。

「どうしました? 身体でも悪いんですか?」

「え? あ……いや、ふ、船酔い」

「船長なのに?」

「船長だって船酔いになるんだぞ」

「あはは、まあ、甲板に上がって水平線でも見ときなさいな。少しはマシになっていますから」

「ありがとう……でもいいよ。私、ここでまだ作業をする」

「そうですか。なら、アタシは甲板に上がって一休みしてきます。ラヴェリテ船長も気が向いたらどうぞ」

 そう言ってサジェスは、弾薬庫から出ていった。

 弾薬庫に一人残されたラヴェリテは、砲弾詰まった木箱の山を見つめた。

 そして少し考えた後、すくっと立ち上がった。

 書きかけの砲弾が転がっていく。

「うん、考えたってしかたがない! 幽霊船が現れたら戦うだけだ!」

 ラヴェリテは、自分に言い聞かせるように誰もいない弾薬庫の中で声を上げた。

 そのあと、積み上げてあった麻袋の上に仰向けで寝転がる。

 少し休んで、それから仕事だ!

 そう思って目を閉じるてみると思いほか心地よい。

 疲れがたまっていたのか、眠気が一気に訪れてきてラヴェリテは、そのまま寝てしまった。




「起きて……起きて……」

 眠りこんでいたラヴェリテを呼ぶ声が聞こえる。

「起きてよ、ラヴェリテ」

「ん……?」

 目をこすりながら声の主を見ると、月夜に出会ったミラン号の精霊スピリットと名乗る白い髪の少女だ。

「あ……ミラン。どうした?」

 あくびをしながらラヴェリテは尋ねた。

「もう! あんた、何こんなところで呑気に寝てるのよ」

「いや、なんか眠くなっちゃって」

「そんなことより、早く、起きてよ。大変なんだから」

「何かあったのか?」

「どうやら、先に会ったら駄目な方の幽霊船と出くわしたらしいのよ」

「え?」

「まったくもう! 私の予定が台無しだわ!」

 ミランが嘆く。

 ラヴェリテは、急いで弾薬庫から甲板に上がるとあたりは霧で覆われていた。

 何かが聞こえてくる。聞いたことない低い音だ。

 それはミラン号の正面から聞こえてきた。

 やがて霧の中、ミラン号の進路を塞ぐ巨大な黒い影が現れたのだった。



「正面に……正面に幽霊船!」

 見張りに立っていた船員が叫ぶ。

 呆然と黒い船を見上げるミラン号の乗組員たち。その中には胸に十字を切る者さえいた。

「いよいよ、出たな。さあ、どうする? 船長」

 ラヴェリテの横に来たコーレッジが聞いた。

「戦うのか? 逃げるのか?」

 ラヴェリテの拳が固く握られた。

「決まってるだろ! 副長」

 コーレッジはニヤリと笑う。

「よーし、みんな、船長の命令だぞ! 戦闘準備だ! 砲撃戦用意! 大砲に火を入れろ!」

 慌てふためいていた甲板の船員たちがその号令で引き締まった。

「面舵! 敵船の横につけて!」

 ラヴェリテは操舵手に指示を出した。

「わかってるじゃねえか」

 コーレッジがラヴェリテの背中を叩いた。

「と、当然だ! 私は船長だぞ」

「へへ、そうだったな」

 操舵手が右舷みぎげんに舵を切った。ミラン号は幽霊船の横に位置を取っていく。

「狙い定め!」

 左舷ひだりげんに備え付けられた大砲が幽霊船に向けられてた。

「ヴォークランの幽霊船め。こんどのは炸裂弾だぞ」

 大砲を準備していたジョルドゥが幽霊船を睨みつけて言った。

 ミラン号がぴったり横並びになったときラヴェリテは叫んだ。

射て!ファイヤー

 ラヴェリテの号令で幽霊船めがけて9門の大砲が全弾一斉に発射された。

 船体の大きな幽霊船に命中した炸裂弾が爆発を起こした。

「やったーっ!」

 幽霊船の船体から煙があがったが、幽霊船の外装の損傷はほとんどなさそうに見える。

「再装填したら続けて射て!」

 大砲に炸裂弾が込められ次々と発射されていく。

 だが、幽霊船の船体が揺らぐことはなかった。

「炸裂弾使ってんだぞ。くそっ!」

 思うように戦果を上げられない事にコーレッジが苛ついた。

「副長さん、副長さん」

 サジェスがコーレッジに声をかける。

「あの船の装甲されてます。金属ですよ。きっと鉄か鋼鉄です」

「幽霊船に鉄の装甲?」

 霧の中、幽霊船を目を凝らして見直した。確かに船体の表面は金属ようだ。

「どうやら、ただの幽霊船というわけじゃなさそうだな。しかし、鉄を船体に付けた船なんて聞いたことねえぞ」

「いや、俺はあるぜ」

 その声に振り向くと いつの間にかそばにルッティが立っていた。

「装甲艦だ。噂を聞いたことがある。鋼の板を装甲にした新鋭艦だ。しかもそれは海を進むのに帆を使わないって話しだ」

「帆を使わずに、どうやってあの船は海を進むんだよ」

「燃焼機関とかなんとか、よくわからんが、とにかく高い技術の賜物だ」

 眼の前の幽霊船は突如、耳を覆いたくなるような低い音を響かせた。

 中央の円柱の突起部分から煙が勢い良くあがっている。

 船内では金属と鋳造されたセラミック製のエンジンのピストンが動いていた。


 上甲板には不気味な仮面をつけた船員たちがミラン号の様子をうかがっていた。

「連中、このヴァシレフス号の鋼鉄装甲に驚いているな」

 髑髏の仮面をつけた船長が言った。

「それはそうでしょう。装甲戦艦の事を一介の船員どもが知るわけなどない」

 隣にいる副官が言う

「確かにそうだろうな。しかし驚いたのはこちらも同じ。いきなり現れおって。しかも炸裂弾で砲撃までしてくるとは」

 仮面の船長がそう言って望遠鏡でミラン号の船内を見た。するとミラン号の上甲板からも海軍制服を着た男が望遠鏡でこちらを見ている。

「帝国海軍の者が乗っているぞ」

「あれは帝国海軍の船ということですか。だがそれにしては、みすぼらしい」

「どちらにしてもこの船を見てしまった以上、無事に帰すわけにはいかん。かわいそうだが連中には沈んでもらおう。砲撃準備だ」

 ヴァシレフス号の鋼鉄装甲の一部が開き、大砲が突き出された。

「目標! 左舷ひだりげんの船! 射て!」

 ヴァシレフス号の大砲が一斉に発射された。

 奇妙な面をかぶっているとはいえ練度の高い兵士たちの撃った大砲の弾は見事にミラン号に命中した。ミラン号が大きく傾く。

 上甲板にしがみつくラヴェリテに、中甲板で倒れるジョルドゥの姿が目に入った。

「ジョルドゥ!」

「あっ、待て! ラヴェリテ!」

 コーレッジが呼び止めるのも聞かず、ジョルドゥの元に駆けつけようとするラヴェリテだったが、その時、砲撃の第二波が来る!

「きゃあああ!」

 ラヴェリテは、爆風に吹き飛ばされ海に放り出された!

「ラヴェリテ! 船長!」

 コーレッジの悲痛な叫びが霧の海に響いた。


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