第49話「撃滅! 反航空大戦」

 2600年の長き歴史を持つ島国、「天斗(アマト)皇国」は、新興の巨大国家「メリゴ合衆国」と大戦争の只中にあった。

 すでに開戦から3年が過ぎていた。 

 当初こそ優勢であった天斗皇国だが、航空戦力、工業力の不足が災いし、一方的に押される状況となっていた。

 敵の巨大空母群が天斗の本土近くまで迫り、連日、空襲をかけてきている。

 もう一年間、勝った海戦はない。

 こちらの空母は大半が海の底に沈んでしまった。

 戦艦に関しては敵よりも強力な、世界最強の戦艦部隊をそろえているが、航空機の発達した現代には、すでに戦艦は役に立たない。

 外洋に出ようものなら、たちまち敵空母に沈められてしまうだろう。

 天斗皇国は風前の灯火であった。


 しかし……

 役に立たないはずの巨大戦艦、「アマト」「ムシャカゼ」の二隻が、8万トンになんなんとする鋼鉄の巨躯をうならせ、波を蹴立てて出撃した。

 戦艦アマトの艦橋には、皇国の誇る天才科学者・神宮寺博士がすっくと立っていた。

 博士こそが、否、博士の発見した「ある粒子」こそ、皇国最後の希望なのである。


「博士、発生装置が不調ということだが、なんとか直りそうかね!?」


 アマトの艦長が青い顔で尋ねる。


「頼むよ、君の発明だけが頼りなのだ」


 真っ白い軍服の男、艦隊司令長官が言う。


「任せてください。粒子発生装置は確かに繊細で扱いが難しいですが、私がつきっきりで調整すれば動きます。必ずや、わが発明で戦局をひっくり返して見せましょう」

 神宮寺博士は汚れた白衣を身にまとい、目をらんらんと輝かせている。助手を連れて不眠不休で装置をいじっているが、いささかも疲れた様子が見えない。


 そのとき、艦橋のレーダー手が、


「前方50カイリ、高速で接近する敵影多数! 空襲です!」


 天斗の近海を我が物で遊弋している敵空母部隊が、すぐに攻撃隊を送り込んできたのだ。

 実に300機以上だ。

 こちらは戦艦と、巡洋艦が数隻のみ。

 航空援護を持たない状態で、本来ならば瞬く間に沈められてしまう。


 戦艦アマトの巨大な主砲、世界最大の49センチ砲。三連装砲塔が三基、合計九門が旋回し、天高く砲身を掲げた。

 

「ジ号粒子、充填完了! 電磁封入、漏出なし!」

「特殊対空主砲弾、装填よし!」

「方位120、仰角40!」

「撃て!」


 戦艦二隻の主砲が咆哮した。

 普通、戦艦主砲は飛行機相手には効果を発揮しない。

 徹甲弾はもちろん、空中で炸裂して散弾をまき散らす対空砲弾でさえも、ほとんど命中せず、気休め程度のものでしかない。

 だが……今回ばかりは違った。

 主砲弾が敵編隊の近くで弾け、「ある粒子」をまき散らす。

 二隻合わせて十八門の巨砲がうなり、「ある粒子」をひたすらにばらまく。

 すると……

 敵機が、とつぜん、翼をもぎ取られたように墜落しはじめた。

 一機だけではない。何十機もまとめてだ。

 巨大な魚雷を抱えた雷撃機も、素晴らしい運動性能を誇る急降下爆撃機も、すべて。

 まったくの操縦不能になって、真っ逆さまに海に叩きつけられた。

 襲い掛かってきた300機の編隊は、全滅である。


「バンザーイ!」「バンザーイ!!」


 戦艦アマトの艦橋は歓喜の叫びに包まれていた。


「博士! 博士! あなたを信じてよかった!」

「素晴らしい発明だ!」

「なに、大したことはありません、理論通りの出来事が起こっただけです」


 神宮寺博士は、数か月前、まったく未知の粒子を発見した。

 仮に「ジ号粒子」と呼ばれているその粒子は、なんと、物体の揚力をゼロにする作用があるのだ。

 もし、その粒子を大量生産して散布できれば、あらゆる飛行機は無力化できる!

 博士は軍の要請を受け、研究を続けてきた。

 ついに今こそ、ジ号粒子の兵器化に成功したのだ。

 

「それより、この機を逃してはなりませんぞ、艦長」

「そうだ。その通りだ、全速前進、敵空母部隊を叩け!」


 戦艦アマト、ムシャカゼは加速し、敵の空母部隊に襲い掛かった。

 空母のまわりは戦艦や巡洋艦が十数隻も連なり、二重の輪のような陣形で取り囲んで、守っている。

 だが、砲撃戦ならばアマトに利がある。

 主砲の威力で上回り、猛訓練で磨き上げた射撃技量で上回る。

 この大戦では飛行機に追い回されるばかりで真価を発揮できなかった、鬱憤を晴らすかのように、アマト、ムシャカゼの砲撃は冴えに冴えを見せた。

 たちまち敵の戦艦に巨弾が命中した。たった一撃で砲塔が誘爆して空中に吹っ飛ぶ。艦がへし折れて沈んでいく。

 向こうの戦艦も撃ち返してくる。アマトの非装甲区画、機銃やアンテナなどが粉々になる。

 だが、主砲や機関部には通じない。舷側装甲420ミリ、砲塔防盾600ミリ。重厚きわまりない装甲が、殺到する敵弾を力強く弾き返した。

 いっぽうアマトの砲撃は敵戦艦の主装甲帯をみごとに貫徹し、大爆発を引き起こす。

 一隻、二隻、三隻……屑鉄と化す。

 メリゴ合衆国の戦艦は主砲を減らして対空砲重視に改装されていたことも弱さの理由だった。

 ついに輪形陣が破れ、空っぽの空母が目の前に。

 航空隊を全部出してしまった空母など、ただの箱だ。恐ろしくもなんともない。

 敵艦隊を全滅させられるかと期待した、その時。


「長官、おかしくはないかね?」

「うむ、おかしいな、急に艦の速度が低下している」

「おい、機関室、なにか異常があったか?」


 アマト艦長と司令長官が不審な顔になる。

 神宮寺博士だけが、「やはり」という顔をしていた。


「このままでは動けなくなります。早く空母を仕留めなければなりません」

「何故だね? 博士には、速力低下の原因がわかるのか?」

「ええ。ジ号粒子の力でしょう。船のスクリューも、揚力を使った機構には違いありません。

 航空隊に向かって散布したジ号粒子が、いまになって海に落ち、海中に混ざって、わが艦のスクリューの推進力を低下させている。さいわいゼロにはなっていないが……希薄だからかな?」

「それは大変だ!」


 そうこうしているうちにも、戦艦アマトの速力は半分以下になってしまった。

 だが、焦る必要はなかった。

 ジ号粒子はかなり広い範囲の海に散らばったらしく、敵艦隊もすべて一緒に遅くなってしまったのだ。

 

「外しようがないぞ! 撃て! 撃て!」


 アマト、ムシャカゼの主砲と、巡洋艦の魚雷を叩きこんで、敵空母もすべて海の藻屑にした。

 その後、しばらくすると船足が回復した。ジ号粒子が海の下に沈んでいったのだろう。


「バンザーイ!」「バンザーイ!」


 戦艦アマトを旗艦とする艦隊は、国民の大歓迎を受けた。

 最近は部隊の転進(撤退)、町を焼かれるばかりで、景気のよい知らせなど久々なのだ。


 しかし、これだけの被害を与えてもなお、メリゴ合衆国は停戦交渉に乗ってこなかった。

 膨大な工業力を持つメリゴにとって、艦隊は「また作れば良いもの」でしかないのだ。


「仕方ない、本土上陸だ」


 天斗皇国軍の大船団が歩兵、砲兵、戦車隊を乗せて、大洋を押しわたる。

 そして激しい抵抗にあいながら上陸し、周辺の都市の制圧を開始した。

 すぐに進撃が停止した。

 天斗皇国が劣っていたのは飛行機ばかりではなかったのだ。

 戦車も砲兵も、敵より小さく弱く、数まで少ない。

 たとえジ号粒子で敵の飛行機を無力化できようとも、この差はいかんともしがたい。

 穴だらけの戦場に、ブリキ缶のように壊れた天斗の戦車が骸をさらして並んだ。

 無論、海軍の誇るアマト、ムシャカゼの二大戦艦は、全力で陸軍を援護した。

 巨砲から鉄の嵐を噴き上げて敵部隊を打ち据えた。

 航空脅威のいなくなった旧式戦艦群が七隻も出てきて、その砲撃に加わる。

 しかしどれほど強烈な砲撃も、海岸から3、40キロメートルしか届かない。

 敵が陣地を内陸に移すだけで、砲撃の効果はなくなってしまった。

 メリゴ合衆国は巨大な大陸だ。敵の薄皮一枚を剥がしたに過ぎない。

 

 陸軍司令官は、カーキ色の軍服姿で腕組みして、部下の将軍たちと暗い顔で会議をしていた。


「どうしたものか……」


 打開案は出ない。

 そこに、制止の声を振り切って、白衣姿の男が乱入した。


「神宮寺博士!?」

「やはり上陸部隊は苦戦しているようですな?」


 不躾な問いだが、博士は救国の英雄である。陸軍総司令官すら、むげにはできず、ばつが悪そうにうなずいた。


「うむ。海軍の勝利を生かせず、済まないとは思っている。……しかし、近代戦は飛行機さえ無力化すれば勝てるような甘いものではなかったのだ……」

「そうであろうと考えておりました。ジ号粒子の、新たな利用法を試しましょう。対空砲だけでなく、通常の榴弾砲、戦車の砲にもすべて、ジ号粒子を詰めて撃つのです。

 それも徹底的に、狭い場所に集中して撃ち込むのです。飛行機を落とすときのような低密度ではなく高密度。そうすれば恐るべき戦果、いや素晴らしい戦果が期待できましょう!」


 博士の指示に従い、ジ号粒子は、敵の地上部隊にも撃ち込まれるようになった。

 

 飛んできた砲弾が、近くの岩に当たって潰れ、それだけで止まった。

 陣地の中のメリゴ兵は不思議に思った。

 爆発しない? なんだ? 不発か? まさかガス弾? しかし毒ガスらしきものも噴き出してこない。

 同じような、爆発しない砲弾が次々に飛んできた。


「……!! ……っ!!!」


 メリゴ兵は急に、すさまじい息の苦しさに襲われた。

 喉をかきむしる。口がパクパクと動く。息が全くできない。

 なにも行動できないまま、頑丈な陣地に守られていたはずの彼は死んだ。

 同じ怪現象がいたるところで起こっていた。爆発しない謎砲弾を撃ち込まれると、必ず、近くにいる兵士がバタバタ死んでしまうのだ。

 音も臭いもなく、どんな毒ガスよりも確実に、「見えざる死」は兵士たちを襲った。

 土の塹壕の中でも。

 コンクリートのトーチカの中でも。

 重戦車の中ですら、「見えざる死」からは逃れられなかった。 

 兵士たちはパニックに陥った。


 前線からの報告文を読んで、陸軍司令官はうめいた。


「博士、これは一体……??」

「気体と液体では性質が違うように、ジ号粒子を一か所に凝集させることで新しい作用を引き出せるかもしれない。そう思って実験してみたのです。

 その結果わかったのが、『高密度のジ号粒子は、揚力だけでなく、あらゆる流体力学的作用を停止させる』ということでした」

「あらゆる流体力学!? わしには理解しかねる」

「人間の肺が空気を吸い込む。これも流体力学です」

「!!」


 陸軍司令官たちは目を見張った。

  

「つまり高濃度ならば呼吸もできない。毒ガスと同じ、いや、もっと強力な効果があるのです。ジ号粒子はガスマスクも壁も完全に透過しますので、防御不能」

「なるほど……陸戦でも絶大な効果があるのは分かった。しかし博士、我が国は化学兵器の禁止条約に加盟しているのだ。国際的に大問題となる」

「問題ありません、条文は確認しました。禁止されているのは『毒性、びらん性、窒息性の気体、液体』です。ジ号粒子は気体とも液体とも異なる物性を持つ。条約には触れないのです。そもそもジ号粒子が人を死なせるのは『化学反応』によるものではないので、『化学兵器』では有り得ない」

「もう一つ問題があるぞ博士。あらゆる人間を窒息させるような粒子で土地を汚染したら、そこを占領できない。よしんば占領できたところで利用価値がゼロになってしまう」

「それも問題ありません。ジ号粒子はあらゆる物質を透過すると申し上げたはずです。敵兵を殺した後、地面を浸透して地底深くに沈んでいくので、残留しないのです」

「ぬぬぬ……!!」


 陸軍司令官は青くなったり赤くなったりして、大いに唸った。

 殺傷力抜群。ガスマスクで防御不能。国際条約で禁止されていない。残留せず土地の価値に影響を与えない。

 完璧な兵器としか言いようがない。


「しかしだな、条約上問題がないとはいえ……あまりに非人道的な……」


 ためらう司令官に、博士は言った。


「ためらってはなりません。敵が同じことをやってくる前に、やりきるのです」

「なんだと!?」

「メリゴの科学者とて馬鹿ではありません。私は予言しましょう、あと六か月もすれば、メリゴはジ号粒子の正体を解明し、量産できるようになる。同じ条件となれば生産力勝負です、勝てるとお思いですか?」

「わ、わかった……国が滅んでは元も子もない。すべての部隊で、ジ号粒子の大量使用だ!」


 こうして腹を括った陸軍は、行く先々でジ号粒子をブチまけ、敵兵を皆殺しにして、無人の荒野を突き進んだ。

 粒子の漏出事故が頻発し、味方の兵士も大量に死なせてしまったが、無視して作戦を続行した。

 メリゴ兵を50万人ほど殺戮し、戦艦の砲撃とジ号粒子の合わせ技で9つの都市を廃墟に変えた。

 ついにメリゴは講和を申し出てきた。


「万歳!」「万歳!」


 戦勝パレードが開かれた。

 天斗皇国の首都で、たくさんの国民が大喜びで旗を振っている。

 その中を、飾り立てられた車の列が走る。

 海軍、陸軍の司令官、そしてもちろん博士も。

 全員、胸を張って国民の喝采を浴びている。


 しかしパレードの最中、突然、凄まじい地響きとともに、大地が激しく揺れだした。

 悲鳴を上げて、ぎっしり並んだ群衆がなぎ倒されていく。

 急停車する車列。止まった車が木の葉のように揺さぶられる。

 あたりの家が潰れ、瓦やレンガがまき散らされた。電信柱や鉄塔が倒れ、火の手が上がる。

 直立していることもできない激震が数十秒続き、ようやく和らいできたと思ったら、


「お、おい、あれを見ろ!」


 陸軍司令官が指さす先には、真っ赤な炎の柱が吹き上がっていた。天斗の誇りと言われた大火山「不死山」が突如として噴火を開始したのだ。


「閣下、大変です、不死山だけではありません、全国、全世界の火山が一斉に噴火したそうです」

「地震も頻発しています! メリゴの西海岸では、陸地が海に根こそぎ沈んでしまったと……!」


 そう言われても、陸軍司令官は茫然とすることしかできない。

 ただ一人博士だけが……


「こうなったか……」

「博士!? 一体何事だね?」

「ジ号粒子で敵兵を窒息させる、ここまでは良い。だが使った後のジ号粒子は地面に沈降し、そのまま地球の奥深くにまで入り込んで、地球内部の運動、マグマの動き、マントル層の対流にまで影響を与えてしまったのです。マグマの流体的抵抗がゼロになり、水のようにサラサラと流れるようになってしまった。すさまじいスピードで……いま地球は、マグマの急激な活性化で、破裂寸前の風船のようなものです……」

「なぜ警告してくれなかったのか!!」

「何万トンの粒子を撒いても、地球の大きさから見ればごくわずか、影響はないというのが私の計算だったのです。しかし実際にはマグマ流動化は起こってしまった。地球内部には私も知らない粒子や力場があり、ジ号粒子の働きを強化しているのかもしれません」

「対策は!? ジ号粒子を回収すればよいのでは?」

「不可能です。はるか何十、何百キロの地底深くにまで潜り込んだものを、回収などできようはずがありません」

「それでは一体、我々は何のために戦争を遂行したのか。手に入れた国の安全も、新たな国土も失われるのか!?」


 司令官が叫ぶと、博士は立ち上る土煙の中、車から降り立った。

 堂々と胸を張り、勢いよく両腕を広げる。その眼はエネルギーに満ち溢れ輝いている。はじめてジ号粒子を実戦使用した、あの時のように。


「まだ手はあります! 

 幸い、私はジ号粒子の副産物として、新型原子力機関の宇宙船を開発しております。それに乗って地球を脱出しましょう。

 いますぐ生き残るべき国民を選別してください。メリゴ抜き、われわれ天斗人だけで新天地に降り立ち、理想の楽土を築くのです!

 災い転じて福となしましょう!」


 もはや博士の言うとおりするしかなかった。

 皇族や技術者、軍人をはじめとする、選ばれた国民を乗せ、博士の宇宙船が離陸する。

 天に向かって銀色の流線形船体が飛び上がっていく。

 まさにその真下で発射台が倒れ、鉄橋が落ち、地が裂け、海が煮えくり返り……


 宇宙船の操縦席で、博士は窓を観ていた。

 分厚いガラスのはめ込まれた窓越しに、真っ赤な天体がある。

 たった数日前まで緑の惑星だった、地球。いまや灼熱のマグマのかたまりだ。


「まるで、天斗の国旗、日の丸です。われわれの前途を祝福しているかのようではありませんか!」

 

 陸軍司令官と海軍司令長官は顔を見合わせた。

 ほんとうに博士についてきて良かったのか。こんな男の発明など採用せず、いっそ戦争に負けたほうが良かったのではないか。

 その思いが喉までこみ上げたが、軍人として、絶対に口にすることはできなかった……

 

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