第31話 王命

 急ぎ着替えた俺たちは、大通りを抜け広場に向かう。

 広場は不安そうな表情をした群衆と、物々しい兵士達......


 兵士達が中央にある噴水に数名集まり、今回何が起こっているのか説明しているようだったので、群衆を掻き分け噴水へなんとか辿り着く。

 兵士達は昨日見たハルバードを持ち金属鎧を着た騎士風の兵士達と違い、皮鎧に街中でも動きやすい片手剣を腰に凪いでいる。

 おそらくこの兵士達は、ジルコニアが抱える警備兵か何かだろう。


 噴水では革鎧の兵士が三名、住民に向かって同じことを連呼している。


「揺れの原因は調査中。港方向から揺れ有り」


 なるほど、港方向からなら海の中が震源地だろうか。


「う!」


 また揺れた。俺は地震には慣れているので多少揺れても冷静さが保てるが、恐らく地震を体験したことがない住民は酷く同様している。


「リ、リベール離さないでくれ」


 ゴルキチも例外じゃなかった! 筋肉質な体を縮こませ必死で俺の手を握ってくる。


 しばらく次の揺れが無いか様子を見ていたが、揺れもなく移動出来そうだったので、ゴルキチの手を引き宿に戻ろうとすると、広場に向かって駆けてくる皮鎧の兵士と金属鎧を着た騎士らしき兵士。

 息を切らせながらも、身軽さからか先に来たのは皮鎧の兵士だった。彼は噴水に着くなり息も整えず大声て叫ぶ。


「大海龍が出た!繰り返す、大海龍が出た!」


 大海龍がこんな陸地付近まで来てるのか。ゲームの大海龍はゲーム内最大サイズのモンスターだった。

 蛇のような見た目に黄金のタテガミと白銀の体躯。普段はトグロを巻いているが、頭から尻尾の先までの体長はなんと三百メートルを超える。

 まさに規格外のモンスターだ。こいつが地面か壁かに体当たりしてるとなると揺れるのも分かる。

 水面まで出てくることは考え難いが、もし出てくれば強力な水流ブレスが街に襲いかかる。そうなれば家屋は崩壊するだろう。まさに大災害だ。


 幸いここにはジルコニアの兵士と、おそらく王直属の金属鎧を着た兵士――騎士が多数防衛に当たるだろうから、少し離れたところで様子を見ていればいいか。


「ゴルキチ、大海龍は知ってるか?」


「名前だけは聞いたことがある。海の主で、その大きさは丘のごとくと」


「安全なところまで引こう。ゴルキチ」


「あ、ああ」


 兵士達を横目に、俺たちはそそくさと安全地帯に逃げようと歩き出した時、噴水にようやく到着したのだろう騎士の声。


「大海龍が出た!勇気あるものは討伐に加わるがいい」


 俺は勇気が無いので迷わず逃げるぞ。こんな時こそ兵士さん達が頑張らないとな!

 さらに騎士の声が続く。


「これは、王命である! 勇気ある者よ、大海龍を討伐せよ」


 騎士の言葉に俺の体が硬直する。そして、脳内にメッセージが表示されたのだった。


<王命を受領しました>


 何だと! 体が意思に反し片膝を勝手に着き、俺は騎士に向かい宣言する。


「王命承りました。このリベール、必ずや王命を果たしましょう」


 待て! 俺の口!

 何ということを口走るんだ。


 俺はゲーム内でリベールを王の騎士という設定で遊んでいた。モンスターを討伐する時にはよく「王命だ!」と言っていたものだ。

 まさかリベールの「蜘蛛嫌い」と同じく「王命」も「設定」として俺を縛っていたのか!


 不味いのは拒否権が無いことだ。今、選択肢が出なかった。ただ「王命を受領しました」と表示されただけなんだ。なら、今後も「王命」と聞くと必ず実行しないといけないということか。

 これは非常に危険だ。命を捨てるような内容であっても、到底受け入れられない要求であっても勝手に受領してしまう。なんとか対策を考えないといけない......今回の「王命」が終わってからすぐにでも。

 「蜘蛛嫌い」より「王命」ははるかにやっかいだぞ。


「リ、リベール、君は」


 後ろからゴルキチの声が聞こえる。ああ、いきなりこんなことになってあきれているんだろう。俺だって想定外なんだ。幸い「大海龍」の討伐なら何とかなると思う。だから、許してくれ!


「すまん、ゴルキチ......」


 俺は振り向かずに、「想定外だ」と続けようとすると、ゴルキチは膝を着き騎士のほうに目を向けている俺の前に回り込み、両膝を着くと、両手で俺の肩を掴んでくる。


「リベール! 君は......君こそは英雄だ! 自らの命を顧みず、民の安全を願い、一人向かおうというのか」


 ちょっと! 何か激しく感動しているが、ものすごく勘違いしてるぞ! 

 俺は逃げたいんだ。しかもいつの間に俺一人確定になってんの? 


「え、ええと」


 俺が否定の言葉を紡ぐ前に、前に居た騎士が、革鎧の兵士が、感嘆の声を挙げ、目から光るモノが流れ落ち始めているではないか!

 え! えええ! 待って! この流れ!


「リベール、いや騎士リベール殿、あなたの勇敢さ、高潔さに私は感動いたしました」


 騎士は両膝を着き、俺を仰ぎ見るようにしかと見つめてくる。これは、この流れは、断れない!

 そもそも、王命を受領した限りこなす以外、道はないのだが、何も一人でやることないだろう。おそらくだが、「王命」を受領した俺の体は「王命」から逃げる行為に対して体が拒否するだろう。

 先ほどと同じ、体の硬直がきっと起こるはずだ。さっきからずっと逃げようとしていたんだけど、体が勝手に「受領」の言葉まで口から出ていた。


 「蜘蛛嫌い」の時に「設定」に体が縛られることは気が付いていたから、他の「設定」もあるはずともっと警戒しておくべきだった。しかし、何度も言うがこれは警戒していても回避不可能だった......


 ああ、やればいいんだろ! 一人で! やるよ、やってやるよ! 「大海龍」? そんなものゲーム内で三桁は倒した。やってやるさ。



「わ、分かりました。騎士殿。では戦いに必要な物資の準備をしてよろしいでしょうか?」


 開き直った俺は、目の前の滂沱の涙を流す騎士に声をかける。


「騎士リベール殿。何でも申し付けてください!」


 やたら協力的なのが少し腹が立つ。ここは「私も戦います!」とかじゃないのかよ! ちくしょう。


「では、空気草と出来る限り質のいい両手斧を準備いただけますか? 時間はそうですね。今から二時間以内で」


「承りました! 充分な数の空気草と街一番の両手斧を準備いたします! 今しばらくお待ちください!」


 空気草は水中で戦闘するためには必要なものだ。ゲーム内にあったがここでも同じようにやはりあるらしい。空気草を食べることで、二時間薄い空気の膜が体を覆い水中でも呼吸することが出来る。

 予備の空気草を持っていき、長時間水中で戦い続けることが可能になるわけだ。


 もう一つ、両手斧は宿屋に置いてあるがより質のいいものがあれば、準備してもらったものに交換するつもりだ。先日しゅてるんのおかげで俺は「ベルセルク」になることが出来た。

 ゲーム内の「ベルセルク」は両手斧しか使うことが出来ないが、特技「バーサーク」を使用することが出来る。

 「バーサーク」は一定時間、攻撃力を上昇させ、防御力が下降するスキルだが、効果時間中であっても何度も使用することが出来る。

 「バーサーク」を回避や攻撃の他の動作――モーションと組み合わせることで、攻撃のい隙をつぶしたり、防御から素早く攻撃に移行したりといった動きが可能になる。

 「バーサーク」は上半身を仰け反らせて緑のぼんやりとした光が全身を覆うといったモーションになる。

 一言でゲーム的な言い方をするなら、「バーサーク」を使うことによって、コンボが作れると思ってもらえればいい。


 もちろん戦闘用AIのうち自動操作モードでは、「バーサーク」を利用したモーションの連続した組み合わせ――コンボをふんだんに利用している。

 「大海龍」も「ベルセルク」なら自動操作モードが使えるんだ。本当に「大海龍」であればいいんだけど。

 以前「天空王」と思っていたモンスターが「火炎飛龍」だったことからも、疑ってかかったほうがいい。


「ゴルキチ、準備してもらいたいものがある。手伝ってもらっていいか?」


 俺は騎士と話し始めてやっと離れてくれたゴルキチに声をかける。

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