第24話 体の秘密

 「紅亀」の討伐に剥ぎ取りと時間をとったため、解散するころには日が暮れ始めていた。ちょうど街道そばまで来ていたので、野営にちょうどいい広場を見つけた俺とゴルキチは、ここで一夜を過ごすことに決めた。

 ゴルキチはジャッカル達が帰って行ってもしばらく不機嫌だったが、夕食を作る頃にようやく機嫌が戻って来たようだ。街に着いたらミルクを飲ませるとご機嫌に戻ってくれるかもしれない。


 いつもの固形燃料らしき四角い箱に火をつけ、その上に鍋を乗せる。材料も限られているため、野営はいつも鍋とパンになる。

 「紅亀」の肉を入れてみようとゴルキチに提案したが、とても嫌そうな顔をされたので、あえなく断念することとなった。

 おいしいかもしれないじゃないか! しかし、ゴルキチには腹を壊すかもしれないから、食べ物があるうちは冒険するなと注意された。あまりに正論だったので言い返せなかった......


 ゴルキチの料理する姿を眺めながら俺はこれまでのことを振り返っていた。

 生贄を無事突破し、リベールを狙う街の人間からも逃亡した。なので、少しこの世界を楽しもうと思っていたら、「天空王」から入れ替わりの謎に迫るきっかけが与えられた。なんかこう恣意的なものを感じるんだけど。

 まあ、考えても仕方ない。


 俺がぼーっと考え事にふけっていると、ゴルキチが出来上がった鍋からお椀に中身を入れてくれた。今日の晩ご飯はポトフのようだ。大きめに切り分けられた人参、ジャガイモ、肉にコンソメのような味がちゃんとついていて美味しい。


「ゴルキチは料理をいつも作っていたのか?」


「15の時、戦士団に入隊してから教えてもらったんだ」


 今何歳か知らないけど、数年は料理作ってるのかな。野営にも慣れてるようだしほんと頼もしい。

 今でこそ見た目は筋肉盛り盛りのハゲだが、中身は年頃の女の子。頼ってるのは見た目少女だが、中身は大人の男......。我ながら情けない。


「今日で俺と変わってから何日になるんだろ?」


 ずいぶん長いことリベールをやっている気がするけど、実際は二週間も経ってないんじゃないんだろうか。


「ん、十二日目くらいだろうか? あまり数えてない。ただ......」


「ただ?」


「もうずいぶん君と一緒に居る気がするな」


「そうか」


「勘違いしてもらっては困るんだが、私は君と一緒にいることは好ましいんだ。義理で付き合っているわけじゃない」


 ゴルキチは本当にこういうところはストレートで恥ずかしくなる。ストレートに言う文化じゃなかった俺には新鮮だけど、ちょっと恥ずかしい。


「お、おれも......」


 ものすごい小声でうつむき、自分の意志を伝えるが、ゴルキチは嫌な笑いを浮かべて俺を見つめてくる。


「聞こえないなあ」


 こいつ! 何かたまに意地悪なんだよな。俺は恥ずかしくなって、ゴルキチの頭をペチペチする。

 ん、待てよ。今更違和感に気が付く。


 俺はゴルキチの頭を確かめるようになでなでした後、さらに口元も撫でる。

 ん、やはり。


「ゴルキチ、髭剃ったことあるか?」


 触られて微妙な顔をしていたゴルキチは、首を横に振る。十日以上たつのに髭を剃ってもいない。まあ、頭の毛は毛根ごとお亡くなりになっていれば剃らずとも生えてはこない。しかし、髭は違うだろう。まさか永久脱毛とかしてるわけでもない。


「十日以上経つのに髭も生えない。少しおかしいとは思わないか?」


「ん? そうなのか? 髭ってそういうものなのか?」


 そうか、髭のことが分からないから、気が付かなかったのか。でも違和感くらい少しは感じてほしい。

 とここまで考えて、そんな余裕も無いだろうなと納得する。これまでは生贄が目の前にあり、自分の体のことに気を払う余裕なぞ無かっただろうから。

 俺も同じだし。


「ん、悪いが上半身少し脱げるか?」


「え、ええええ」


 顔を赤らめるゴルキチ。うわあ。見たくないけど少し可愛いと思ってしまう自分が憎い。


「ま、まあいい」


 俺は自分の脇を触ろうと思ったが、確かわきに毛が生えてなかった。下はどうだ。これまでなるべく見ないようにしてきたが、確か......生えてなかった。

 手をスカートの中に突っ込み、パンツの上から撫でてみる。非常にいやらしい動きだが、スカートに隠れて手は見えないはずだ。


「な、何してんだ! 君は!」


 スカートに手を突っ込む俺を見て、立ち上がるゴルキチ。


「怒らないで聞いてくれよ。これは確認なんだ」


 あらかじめゴルキチに伝えたものの、絶対怒るだろうなあ。遠い目をしながら俺は続ける。


「いいか、ゴルキチ。リベールは下の毛もわきの毛も生えていない」


 ああ、もうすでに顔が真っ赤だ。だから先にゴルキチで確かめようと思ったのに。


「一つ教えてくれ。元から生えてなかったのか? それとも剃っていた?」


「......生えていない」


「わきも?」


「......ああ」


「イチゴとか他の人は生えるものなのか?」


 そう、このことをゴルキチで確かめたかったんだ。全員生えないものなら、ゴルキチに毛のことを聞かずに済んだ。


「......ああ。そうだ。私だけだよ! 悪かったな!」


 開き直ってしまった。大変申し訳ないが、確認したかったんだ。しかし元から生えてないとなると確認できないな。

 リベールの髪を剃るわけにもいかないしなあ。何か確かめる手段はないか......。ああ、あるけど聞きたくないなあ。先に理由を話そうか。


「確かめたかっただけなんだ。怒らせたいわけでも恥ずかしがらせたいわけでもない。俺のほうが恥ずかしいわ」


「......何を確かめたかったんだ?」


 涙目で上目遣いのゴルキチが憮然とした様子で尋ねてくる。


「いいか、ゴルキチ。髭は生えるものなんだ。通常一日でツルツルだったお肌がゾリゾリになる」


「えええ、そうなのか?」


 心底驚かれても困る。まあ、髭に興味なんてないわな。


「髪の毛は元から生えてなかった可能性があるから不明だが、髭が生えないのはおかしいんだ」


「なるほど。言われてみるとおかしいな。まるで体の代謝が止まっているようだ」


「ああ、そうなんだ。ただ俺たち食べるし排泄もするよな。しかし髭が生えてこなかったり、おそらく髪の毛も伸びない」


「ふむ。それで......し......したの毛のことを聞いたんだな。私がそ、剃ってると思って確かめようと」


 ものすごく口ごもるゴルキチに突っ込んだら不味そうなので、何も言わず俺は頷く。


「ゴルキチの体が特殊な状態なのは分かったんだけど、リベールがどうかは分からない。確かめる方法は二つ思いついた」


 ああ、聞きたくないなあ。説明したから分かってくれるだろ。


「ふむ。想像はつく」


 おお。分かってくれたか。それなら俺が言わなくて済む。俺はゴルキチが言葉を続けるのを待つ。


「一つは髪の毛を剃ることだろ。もう一つは......思いついたが言いたくない」


 言ってくれよ! たぶんそれで合ってるから!


「俺はリベールの髪を剃りたくないから、もう一つがいいんだ」


 確認のためとは言え、髪を剃るのはダメだと思う。もしゴルキチと同じ状態なら髪は伸びてこないから。


「私への気遣いは無用だ。剃ってくれてもいい」


「さすがにダメだろう。いずれにしろもう少ししたら分かるはずだから」


「そうか。急がないのならいい」


 あ、聞きたくないことがもう一つあった。遠まわしに聞くか......


「ゴルキチ、リベールは乙女でいいんだよな?」


「何を言ってるんだ! あ、君は! 私が!」


 だから聞きたくなかったんだよ! ゴルキチが怒りのため突進してくる。


「ごめん、ごめんって」


 ものすごい勢いで耳元で叫ぶゴルキチをなだめながら、どうにか落ち着いてもらう。

 一応野営中なので、叫ぶのは辞めたほうがいいと思うぞ。叫ばなければやってられないのは分かったから。


 そう、ゴルキチも俺も口に出せなかったが、生理が来るかで確かめることができると思ったんだ。しかし妊娠してたら生理が来ないから分からない。

 それで「乙女か?」と聞いたんだが、怒らせてしまった......こうして賑やかな夕食が終わった。


※これはひどい。

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