第5話 鏡の前に立ってはいけません

 緊張感で眠れないかもしれないと思っていたが、ベットに入るとすぐに寝入ってしまった......。 よほど精神的な疲れが溜まっていたのかと自分で分析してみるものの、意味のないことだとすぐ取りやめる。


 布団をめくり、起き上がると自然とペタン座りをしていた自分に驚愕しため息をついてしまう俺。男の時にこの座り方は痛くてやろうとも思わなかったが、リベールになると自然にペタン座りをしている。

 頭を振り、あぐらをかく姿勢に座り直してみたものの、今更感がありすぐに立ち上がる。

 意識しては心が乱される。自分にはそんな暇はないんだと言い聞かせたが、ついつい古ぼけた鏡の前に立ってしまった。いや、決して変な気持ちで立つわけじゃないんだ。


 鏡を通じて自分の顔をまじまじと見つめてみると、なるほどゲームで俺が作成したキャラクターの特徴にそっくりだ。

 少し釣り目がちで、黒い瞳にキリリとした細い眉。少し丸みを帯びた輪郭に長い茶色の髪。顔のつくりはクールな印象を与える。

 体型はスレンダー。胸はぺったんこ。実はぺったんこにするつもりはなかったのだが、胸の設定をし忘れてしまいこうなった。何もここのリベールまでぺったんこじゃなくてもいいのに。

 少し胸に触れ、膨らみがないことをついつい再度確認してしまった。


 しかし、リベールのイメージに合わないパジャマだなあ。昨日のパジャマはピンクの地にウサギ柄のパジャマ。今日は猫の絵が描かれたワンピース風のパジャマで、色はクリーム色。リベールのクールな雰囲気にそぐわないと自身で思う。


「リベール?起きたか?」


 ゴルキチが呼ぶ声に、ドキリとする。鏡の前に立ってるところを見られたくない。慌てて「今行く」と返事をし、俺は扉を開ける。



「昨日街の工房へ手紙を出したら、こちらに来てくれるそうだ」


 朝食のパンにスープを浸しながらゴルキチは工房のことを話してくれる。手紙は家のポストに投函すると、距離を超え相手のポストに届くのだそうだ。どういう仕組みになってるのか突っ込みたかったが、まあそういうものと思うことにした。

 なんかこう、剣やモンスターと言いながら、所々で俺の住む現在の地球に近い便利さがある。どんな文明の発達をしたのか非常に疑問だ。街に行ってみたかったところだが、無駄な時間を浪費しなくていいのは幸いと言える。


「ゴルキチ。昨日はちゃんと寝れたのか?」


 俺はゴルキチの目が赤くなっていることに気がついていたので、ゴルキチに問いかけると、少し驚いた様子で「大丈夫だ」と一言だけ返すゴルキチ。

 ゴルキチに倒れられては「天空王」の討伐がさらに難しくなる。彼には悪いが体調管理はしっかり行って欲しいものだ。俺はスープをすすりながら切に思う。


「親方は今日の昼にはここにつくそうだ」


 気を取り直した様子でゴルキチは工房の親方について説明し始めた。親方は両手槍と両手斧を複数馬車に積んで来てくれる、とのことだ。

 リベールが扱えるものがあればいいのだが。俺は祈る気持ちで親方の到着を待つことにしたが、昼までの時間が勿体無い。


「この家には馬車は見当たらなかったが、移動はどうするんだ?」


 昨日ログハウスの周辺を見学したところ、馬も馬車も存在しなかった。


「ああ、街にデイノニクスと馬車は預けている。すぐに取りに行ける距離だ」


「デイノニクス?」


 確かゲーム内でもデイノニクスという乗り物はあった。これは馬ほどのサイズの二足歩行する恐竜だ。

 長い足に短い手、皮膚からは羽毛が生える。羽毛の色が多種多様で、自分の気に入った色を集めるのが人気だったはず。


「馬の代わりに使える小型の竜になる。馬より扱いやすいぞ」


 なるほど。ゲームのデイノニクスに近い存在か。食性もフルーツ食だし、従順で大人しい種族だ。その割に力持ちなので馬車を引くこともできる。


「天空王に挑むために、もう一つやらなければいけないことがある」


「ほう」


 ゴルキチは襟首を正し、俺の言葉を待つ。


「この体でモンスターと戦えるか、試さないといけない」


「戦うのか。君は怪我することが許されない状況なのは分かっているか?」


 生贄に傷がはいったら困るか。確かに理解はできるが、ぶっつけ本番で「天空王」と戦うことはリスクが高すぎる。

 俺がここに持ち込んだ技術――戦闘用AIは敵もゲームと同じ動きを取るので無ければ使えないんだ。

 もう一つ、戦闘用AIがちゃんと動くのかも確かめないといけない。


「ああ、言いたいことはわかる。まずは気がつかれないところからモンスターを観察する。行けそうなら戦ってみる」


「どうしても戦うのか」


 ため息を付き肩を竦めるゴルキチだったが、俺に譲る気がないことは分かったようで、諦めたような渋い表情をしている。


「今から言うモンスターが近くにいるか教えて欲しい。キラープラント、紅亀、トレント、蜂蜜熊」


「どれもそう遠くないところにいる。ここは森の近くだからな。紅亀は馬車で三時間ほど行けば会えるだろう」


「どいつもいるのか。武器次第だが、第一候補は蜂蜜熊だ。武器がなければキラープラントに行ってみようと思う」


 蜂蜜熊は万が一の時に、名前にもなっている「蜂蜜」の入ったツボを投げつけて逃走すれば、蜂蜜に夢中になるはずなので逃げることが可能だ。

 蜂蜜熊に挑める武器は両手槍。キラープラントは捕まると脱出が困難ではあるが、この中では最も弱いモンスターになる上に、草刈鎌で相手ができる。


「しかし正気か?君は。キラープラントはともかく、蜂蜜熊は熟練した戦士でようやく一人で戦える強さだぞ」


 信じられないといった態度を崩さないゴルキチが警告してくるが、俺は話半分にしかゴルキチの言葉を聞いていなかった。俺の思考は、蜂蜜熊のことで占められていたからだ。

 確かに初見ならよっぽど熟練していないと不可能だろう。リベールはゲーム内だが、蜂蜜熊との戦闘回数は優に三百を超える。討伐数も百はくだらない。最も蜂蜜熊用の戦闘用AIを作り出すのに費やした回数も、相当なものではあったが。


「蜂蜜熊の生息地まで明日案内してくれ。徒歩で行けるんだろ? もう一つ、ハチミツが入ったツボを準備して欲しい。万が一の時のためだ」


 有無を言わさぬ俺の強引な態度にゴルキチは頷くしか無いようだ。できる限り協力すると言った手前、ゴルキチには断りずらいのだろう。

 さらに俺の推測が正しければ、ゴルキチは不可能なこと以外ならほとんど言うことを聞いてくれるはずだ。


「ゴルキチ、俺はリベールの体に眠るある技術を使うことができる。その技術を使えば特定状況下ではあるが、ほぼ無敵になる。いずれ詳しく話すよ」


 ずっと驚嘆で体が硬くなっているゴルキチを安心させるように、俺は自分に無敵になる技術があると説明するものの、逆に不信感を煽ってしまう結果になってしまう。

 これは実際に見せるしかないだろう。使えるかどうかもまだ不明だが。蜂蜜熊と戦闘用AIのことを考え、俺は肩を竦めた。


 昼までまだ時間があった二人は、幸いにも蜂蜜が家の中にあったので、蜂蜜の入った壺を二つ分準備し、腰に装着できる様にベルトを取り付ける。

 次に蜂蜜熊について情報交換をしようとした時に工房の親方が到着する。




「こんにちは」


 工房の親方は、茶色の髭を顎から口元まで生やしたガタイのいい中年男性だった。頭の毛と髭が繋がり、まるで熊のようだ。無骨な印象を受けるものの、挨拶する声と仕草は気さくなものだった。


「親方殿、御足労いただき痛み入る」


 ゴルキチが迎え入れているが、俺は早速武器を拝見することにした。

 親方の馬車には、両手槍と両手斧がそれぞれ五本準備されていたが、微妙にサイズが違う。どれか一つ当たりが来てくれと、祈るような気持ちで俺は一番サイズの小さい両手槍を手にとった。

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