石飛堂-輝石の主が替わる場所-

輝石の主は客を待つ

 世界樹の市場には色々な物が売られている。食材に、服に、雑貨もある。しかしそれらは生活をするための最低限のものである。市場で売っていて、それらに該当しないものもまた、たくさんある。

 希少な素材でできたものはもちろんのこと、発掘数の少ない遺産や、芸術品がそれらにあたる。石から削り出されるきらびやかな宝石も、その例には漏れない。

 売り出されているということは、それらを専門に取り扱う店がある。それほどの価値になると、露店などではなく、一件屋を建てるか買うなりして、店を構えることが多い。

 そんな店が軒を連ねるのは、市場の中でも比較的平らな、世界樹にも近い高値がつく土地だ。そこに現れる客は富豪や商売上手な商人ばかりで、食品も高級な物ばかり。石畳の道端も清掃が行き届いていて、道行く者たちはどこか上品だ。立脚類は背筋を伸ばし、四つ足の者たちはどこか、しゃなりしゃなりと歩いている。

 そんな通りの一角に、少し変わった宝石を取り扱う店がある。石飛堂、と書かれている小さな看板のある店だ。外観は石造りの、大きめである以外は、何の変哲もない一軒家である。

 しんと静まり返る店内へ、ふらりと歩いていた一人の人間が入店した。

 カランカラン、と小さな鐘が店内に木霊した。窓が扉の脇にしかない店内は、天井から吊るされているランプのおかげで思いのほか明るい。黒目黒髪の客を出迎えたのは、大きめのショーケースと、テーブルが一つ。客は数歩進んで、広い店内を見渡した。留守か、と呟いた客はショーケースに並んだ宝石を眺め始める。

 赤に、黄、青から灰に、様々に輝く石が柔らかそうな布の上に鎮座している。ひとつひとつが異なる形に削り出されており、輝き方も明るいものから暗いものまでさまざまだが、ひとつひとつが者々を魅了する。

 じっと見つめていた男は、白い柔らかそうな布に鎮座する宝石たちの向こう側に、宝石とは異なる輝きがあることに気づいた。石とは異なる、生物的な輝きだ。

 ガラス二枚の向こう側で、竜が眠っていた。客から見えるのは、目を閉じ、明るい若葉色の鱗をもっている頭部だけだ。よっぽど熟睡しているのか、あるいはケースが音を防いでいるのか、客の耳に寝息は届いていない。

 コツコツ。客が、ケースを軽く叩いた。一度、二度と繰り返しても、竜は目を覚まさない。三度目、客が叩くと、

「シェーシャ、客だ!」

 とケースの向こう側、店内の奥から一喝の言葉が聞こえた。

 すると、若葉色の竜が黄色い目をわずかに開いて起き上がる。何度か瞬きして、んー、と喉を鳴らす。欠伸を一つした後に、ぎょろりとケース越しに客を認めた竜は、長い首を伸ばしてショーケースの上に顎を乗せた。

「いらっしゃいーませー。何か探してるの?」

 客を見つめるその様は、さながら獲物を見定めるようだ。客は慣れているのか、あるいは知っていたのか、あまり動じることはない。

 店の奥からシェーシャ、と呼ばれていた竜は、ケースの向こう側で、二つの大きな足で床を踏みしめて、尻尾と、丈夫な飛膜のある大きな翼でしっかりとバランスをとって立っていた。

 角などがない代わりに、大地を抉る太い脚には革製のポーチのようなものをつけていて、どことなく無邪気な視線を注ぐ彼女は飛竜と呼ばれている。

 竜の中でも、魔法も使わずに飛べる珍しい種類である。その中でも山飛竜と呼ばれるシェーシャは、この宝石店で売り子をしている。指を持たない竜が、傷を嫌う宝石を取り扱っているということで、見物にくる者も少なくない。

「ああ、いや、ギルはいるか? 少し、話をしたいんだ」

 客は臆することなく、要件を述べる。シェーシャは分かった、と言えば、店の奥へと、彼の名前を呼ぶ。なんだ、と返事が聞こえれば、椅子を引きずる音。かと思えばひたひたと歩く音の後に、立脚類の竜が奥の闇から姿を現す。

 逞しい体は茶色い鱗と白っぽい腹輪で覆われており、口元や手首など身体の一部を布で隠す彼は、シェーシャの隣に立って、空色の目で客人を見下ろす。後頭部あたりにある太い二本の角をいただく頭には、奥で何か作業をしていたのか、目を守るレンズのようなものがついた器具をつけている。

 土竜、と呼ばれている竜である。市場では少なからず見かける種族だ。土竜は崖を掘って宝石を掘り出すことを得意としている。彼らは穴の中で半生を過ごすことが多いのだが、彼は市場で宝石を売っている。

 彼は客を視界に入れるなり、牙を見せつけるように笑った。

「よぉ、デイル騎士団長。宝石でも探しに来たのかよ」

 挑発でもしているかのようなギルの視線に、デイルと呼ばれた客は、肩をすくめて彼らを見上げる。広めの店内で、竜二種が人間一人を見下ろし、客は店員を交互に見つめるという、奇妙な構図ができあがる。

「今回は傭兵の仕事の依頼。頼めるか?」

 ぴくりとギルの目尻が動く。シェーシャは話に興味がないのか、じっとデイルの姿を眺めながら、口を挟むようなことはしない。

「傭兵の依頼、なぁ……そうだな、石一つで、なかったことにできねぇか」

 カン、とショーケースの上に一つの石が鋭い音と共に置かれた。白く濁った輝きを放つ、誰かを魅了するにはあと一歩といったところの宝石だ。同時に先ほどにも増して、ギルの視線が険しくなっていた。デイルはシェーシャへ視線をやるのをやめて、彼と視線をぶつける。

「騎士団からの依頼は、訓練の指揮、および手伝いだ。集団行動をする機会がなかなかできなくてね」

 濁った石が、もう一つ。

「訓練なら、そこらへんの腕っぷしのいいやつがいるだろうが。俺である必要はないな? 樹海にいる竜でも、岩場の洞窟にいるやつらに金をつめばいい。これ、使ってな」

 石が指から離れ、転がる。

 あくまで静かにギルは首を伸ばして、デイルと鼻先を突き合わせるが、団長はひるまない。

「言っとくが、これで八件目だぞ? 団体訓練をするから頭数合わせのためにあちこち回ってるんだ。必要なのは残り一で、頼れそうなのはおまえだけだったんだ」

 あはは、と笑顔を見せる男に対し、ため息をつきながら頬杖をつく店主は、目の前にボッと灯った火に目を丸くする。ふと店番の方を見やると、魔法でそれを作り出した当人はにんまりと笑い、店の奥へ。どこか楽しそうな彼女の姿を首を伸ばして追ってみると、魔法遊びを始めてしまう。

「やっぱり彼女、店番は向いてないんじゃないか? それに、原石加工だって、店番しながらできるだろうに」

 確かにな、と彼女の後ろ姿を横目に見つめるギルが呟き、にこりと笑うデイルがだろう、と言う。

「いっそのこと傭兵に戻ったらどうだ? そしたら、宝石ほど売り上げもぶれないだろうし、こっちだって雇いやすい。そっちの方が楽だろ」

 世界樹の市場はいつでも傭兵のような人手に需要がある。商人や富豪の護衛だったり、傭兵どうしが一時的に協力しあったり、今回のデイルの提案のように一時的に騎士団に加入することもできる。

 また、あちこち出かけることも少なくない上に、貴重なものを手に入れられることも多い。それを売って金に換えてしまう、というのも手である。腕利きならば、アクセサリなどを加工、販売してしまうよりも多く稼げてしまうものである。

「……確かにな。そもそも、俺の仕事は原石の調達、加工だ。傭兵は、身を守るために都合がよかったってだけだ。おかげで原石を集めるのに苦労はしなかったし、原石は加工し放題。これ以上楽なことがあるかってんだ」

 もちろん、傭兵は命を懸けなければ成り立たないものだ。不幸が重なり、亡くなってしまうものも少なくない。

 竜の視線が下へと向いた。そこのショーケースに並んだ宝石も、ギルが傭兵の時代に集めた原石を磨き上げたものだ。

「冗談だ。今の生活が気に入ってるんだろ? だったら俺が口出しするものじゃない」

 にやりと口端を釣り上げた男に、なら帰れ、と睨みつける竜は出していた宝石を掴み、ショーケースに戻した。

「で、仕事の話だが、引き受けてくれるか?」

 同時に話も戻す男の態度に、ため息をつくのはもう間もなくのことである。そんな彼らの死角で、シェーシャは魔法で沸かした白湯に口をつけていた。

 結局、元傭兵は騎士の仕事を引き受けた。元の提示額に加え、指定期間内に再度依頼しないことと、原石の提供を条件に傭兵の仕事を引き受けた。何を言おうとも引き下がらないうえに、話を逸らそうとしても結局その話に戻ってしまうのだから、デイルは話術匠である。

 深い溜息をつくギルを尻目に、日程を述べたデイルは笑顔で立ち去る。その背中を憎らしげに睨みつけたものの、つゆ知らずと外へと消えてしまう。夕日の色が見える外を認めた彼は、仕方ない、と呟いてから、

「シェーシャ、閉店してくれ。もうすぐ夜だ」

 と奥にいる彼女に叫ぶ。元気のいい返事が返ってくると同時に、店内で奇妙なことが起こり始める。

 ガチャリと入口に鍵がかかり、次いでテーブルがふわりと浮かび上がり、扉に蓋となる。ランプがひとつずつひとりでに消える。ギルはそれらを特に気にすることなく奥へとひっこめば、その扉にも鍵がかかる。

 店の奥ではシェーシャが一枚の紙を踏みつけて、尻尾を波のようにうねうねと揺らしていた。何の儀式だ、とその姿を目にしたギルは肩をすくめて見せる。

「えー? うーん、イメージは鍵閉めっていうのはどう?」

 あー、そうかそうか。土竜はそう答えるしかできない。謎の儀式を終えると、踏みつけていた紙を口で拾い上げて、脚のポーチへと押し込んだ。グシャ、と紙のつぶれる音が聞こえるが、彼女は気にしない。

 石飛堂の店内の扉の奥、そこは彼らの生活スペースとなっている。外観のわりにかなり広く見える空間は、飛竜が翼を広げてしまえばかなり狭くなるだろう。だからか、当の本人は常に翼を畳んで動き回っている。

 そんな、一部屋しかない空間の四隅には、異なるものが置かれており、埃をかぶっているような場所はない。

 ひとつは、椅子、いくつかの道具の並んだ机、いっぱいの原石の入った麻袋がある場所だ。暖炉のようなものもある。

 もうひとつは台所のような場所である。とはいっても、水の湧き出している流しがあるくらいで、食材を保管するような場所はない。あるとしたら調味料の入った瓶だけだ。

 残りは、寝床と思しき場所だ。一つは立脚類の好むベッドで、もう一つは藁が雑然と敷かれている。

 ギルが向かったのは、椅子。そこに腰かけて、頭にあるレンズを鼻先に乗せて、机の上の、作業途中だったのだろう原石と道具を手に取る。それに釣られてか、シェーシャも少し遅れて彼の背中から覗き込む。

「売れた? 今日は、何個目?」

 大きい眼が赤く、汚く輝く原石を映し出す。

「売れなかった。あいつはコレには興味ねぇからな……三つ目だ」

 細められる瞳が、原石と共に傷つく指先を見つめる。

 ザリザリと原石が削られ始めた。少しの間眺めていたが、間もなく飽きてしまったらしい飛竜は椅子の後ろで、身体を丸めた。さながら獣のように。

「ギル、旅の思い出って、何かある?」

 腹の近くに鼻先をうずめ、翼で軽く隠しながら口を開く。角度を変えながら原石が削れていく様を見つめながら、答えがくる。

「そうだな……ふきっさらしの寒い山の上で数日暮らしたのに、原石のひとつも手に入らなかったことか。折角、岩だらけの山をどうにか登ったってのにな」

 長い溜息に、そうなんだ、と返せば、

「急にどうした。じゃ、おまえが俺と一緒にいて、一番の思い出はなんだ」

 と聞き返される。目の前にあったポーチを開いて、紙を一枚、引っ張り出す。

「えー? ギルが二日酔いって言って、一日中宿に引きこもってたことかなぁ。心配してたんだよ」

 悪かったな、と宝石が回転した。一方、シェーシャが紙を目の前に広げて、少しだけ頭部を表に出す。そして大きく息を吸い込み、ふっと吐き出した。するとどうしたことか、紙の上を通り抜けた吐息はたちまち燃え上がり、炎は暖炉のようなものの中に飛び込んだ。たちまち燃え上がり、部屋の片隅を照らし始める。

 若葉色の飛竜の鱗が橙色を反する。

「あのとき、暇だったんだよー。だから魔法で遊んだりするくらいしかなかったしさー」

 まん丸な眼で暖炉が仕事をし始めたのを見届けると、再び飛竜が頭を隠して、紙をポーチへと押し込む。

「あれは、悪かった。勢いで飲みすぎたんだ。出発の前日だったってのに」

 石へとたどり着いたほのかな光が、透き通るその中を通り抜け妖しい輝きへと化ける。ギルの目に届くものの、冷徹にも近い視線は惑わない。

「ほんとだよー。次の目的地でお祭があるって聞いてたのにさー」

 拗ねているかのように、もぞもぞと動くシェーシャ。

 その日出発すれば、ギリギリ祭に間に合うという日程を組んでいたのだが、結局間に合わなかったのだ。お詫びにギルはシェーシャの望むもの買ってやったのだ。それが彼女の脚にあるポーチ。

「あ、そうだ。明日は森に遊びに行かない? リエードにも会いたいし」

 むくりと長い首を持ち上げたシェーシャの提案に軽く首を傾げた後、

「そう、だな。しばらくぶりだしな。あぁ、トレムも暇なら誘ってみるか」

 と同意するギル。

 明日の予定が決まり、やった、と恐ろしげに見える笑顔を見せた彼女がのそりと立ち上がると、寝床へと移動する。藁の上で再び丸まってしまうと間もなく、寝息を立て始める。

 一方の土竜も、原石をある程度削り終えてからベッドへと向かい、仰向けに寝転がる。尻尾が邪魔そうであったが、彼は特に気にすることなく布団をかぶり、こちらもまたすぐに眠ってしまう。

 間もなく、彼が寝返りを頻繁にうち始めるのは想像に難くはない。

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