世界樹の市場

ラクリエード

紅と青-二人はひとつ屋根の下-

紅竜と青竜

 巨大な樹木が見下ろす樹海の中に、ひとつだけ小屋が建っている。上空から見下ろせば、小屋の周辺の木だけが伐採されており、背の低い草だけが大地を覆っている。

 樹海の小屋は、人が住むには少々大きい、木造の二階建てだ。一階は非常に広く、二階の二倍の広さはあるだろう。金属でできた貯水槽や、薪を作り、保管しておく倉庫なども備え付けられている。

 また、小屋の前には焚火の跡が見受けられる。

 一階の出入り口には暖簾が下げられており、そこから住民が姿を現す。にゅっと頭を出した、青竜族と呼ばれている種族である。少し暗い青色をした鱗に、くりくりとした黄色い瞳、首を守るように生えている棘と、四つ足で歩くことが特徴の竜である。その個体は、帽子のようなものを被っている。皮できた頭部を守る部分に、半透明な堅い素材がついていて、さながら太陽光から目を守るためのもののように見える。

 のしのしと一階の出入り口から這い出た竜は、大きな口をくわりと開き、あくびをする。太い尻尾を引きずりながら、ひとまず朝露にぬれる草の上に腰を落ち着けた。まだ寝起きなのか、動きは鈍いうえに目が今にも閉じてしまいそうである。

 皮の帽子を被った青竜族がのんびりとしていると、小屋から対照的な紅竜族の個体が現れた。黄色い腹鱗と、赤い鱗と瞳を持ち、後頭部あたりに角があり、後ろ脚二本で直立歩行する竜である。その個体は紫色が大半を占めるコートのような構造の布を一枚身に着けている。それは脚を膝のあたりまで隠している。

「リエード、眠いのはいいけど、買い出しに行ってきてよね。当番、あんたなんだし」

 紅竜族が手にある一冊の本をパタパタと鳴らしながら、青竜に近づく。その音にぱちくり目と開く青竜族は近づいてくる同居人におはよう、と力なくいう。

「眠いなら寝床で寝なさいよ。読書の邪魔よ」

 青竜族のリエードはじっと睨みつけてくる紅竜に対し、いいじゃん、と再び寝入ろうとする。

「邪魔しないし。というかさ、ラクリが二階で読んでも問題ないよね、それってさ」

 紅竜のラクリはたしかにね、と答えながら、焚火の前に座り込み、しおりの挟んでいたページを開く。

「けど、あんたが遊んでいるときに、私は邪魔をしないわ。それくらい受け入れてほしいわわね、リエード」

 にこりともしないラクリは紙に書かれている模様を爪で軽くなぞりながら、ぶつぶつと言葉にならない言葉を呟くと、ボッと音を立てて空中に火種が生まれる。それは少しずつ落下していき、しまいには焚火をよみがえらせた。

 リエードはそれを見るなり体を起こして、焚火にあたるために近寄る。青い鱗がほんのりと光を反射する。

「ま、魔法のコントロール失って、あんたに飛び火してもかまわないっていうなら、そこで寝てなさいよ。私は忠告したからね」

 ぺらぺらとページを繰って、彼女は次の魔法を発動させる。空中に水の玉が現れた。ぷかぷかと浮かぶ拳ほどの大きさのそれは、反転している黄色い瞳が水玉の中に映し出す。

「そんなこといってさ、ラクリはそんなに強いの扱えないじゃん。火種を作ったり、水を凝固させるとかくらいじゃん。毎日毎日」

 リエードが水玉ごしに見えるラクリを見つめてから、口を開いてぱくりと水玉を食べてしまう。口の中で球の形を失った水は、喉の奥へと流れていく。

「そうね。けど魔法なんて不安定なものだから、いつ暴発するか分からないのよ? それに、もっともっと魔法を使いこなしたいもの」

 水を嚥下したリエードは、本をにらみつけている彼女に対して、ふーん、と興味なさそうに返事をする。前脚を枕にして、ゆっくりと瞬きをする。

「そんなものより、遺産をいじってる方が楽しいのになー。魔法ってなんかよくわかんないし」

 そうね、とラクリは、

「遺産の方が意味わかんないわよ。何よあれ、いきなり光ったり音が鳴ったり。魔法の方が自由に組み立てられて楽しいわ」

 と反論する。

 そうかなぁ、とリエードが首をかしげるものの、まあいいか、と会話を打ち切る。

「ひとまず、肉と野菜の買い出しか、狩りをよろしくね、リエード」

 うん、と返事をする彼は目を閉じ、間もなく寝入ってしまった。ラクリは本を眺めたり、呟いたりしながら、ゆっくりとした時間を過ごしていた。

「水汲みしなくちゃね……面倒だけど」

 陽が高くなるころ、はたと彼女は視線を上げて、そうつぶやいた。青い彼はいまだに眠っている。焚火はすでに、燃え尽きた。

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